第4話(中編1)――「西門に集まる冬の避難民」
387年11月末、長安。
宮城では許玉蓮が産んだ男児の世話が始まり、王后崔玉容の娘もすくすく育っていた。秦王田朔は朝の政務を終えると、まだ出産を控えている妻たちの様子も確かめに行った。
昭容の蘇青蘭の部屋では、小さな産着が畳まれていた。青蘭はそれを見せながら、もうすぐ自分も母になると思うと不思議な気持ちがすると話した。だが、夫に伝えたいことはそれだけではなかった。
「殿下、西方から戻った商人が、気になる話を運んでまいりました。姚萇の軍が退いた村から、家族を連れて長安へ向かう人々がいるそうです。食糧だけでなく、畑を耕す牛まで奪われた村もあると聞きました」
青蘭は以前から各地の商人とつながりがあり、長安へ戻ってからもその消息を聞いていた。田朔は、西方の村を荒らした後秦兵がいる可能性を考えたが、商人の噂だけで決めつけるわけにはいかない。
「知らせてくれて助かった。西門へ来た者の話を調べさせよう。腹が大きいんだから、お前は無理に動かなくていいぞ。今度は俺と役人の仕事だ」
翌朝、陸文昭が西方からの流入者について報告した。幼い子供を連れた家族、荷を背負った老人、農具だけを持ってきた男たちが、西門の外に集まっている。長安に親類がいれば頼れるが、誰も知る者のいない一家も少なくなかった。
「まず何人いるか調べてくれ。食べる物のない者には官倉から渡し、今夜泊まる場所のない者には屋根を用意する。病人や小さな子を抱えた家族は先に休ませろ。その後で、どの村から来たのかを聞こう」
田朔は陸文昭を伴い、西門の外へ向かった。城門の脇に仮の受付が設けられ、役人が名と出身地を聞き取っている。幼い子を背負った女が、疲れた様子で水を受け取っていた。田朔が歩み寄ると、近くにいた農夫が慌てて膝をつこうとしたが、立ったまま話すよう促した。
「村では収穫を終えていたのですが、後秦の兵が通り、蓄えの粟と牛を連れていってしまいました。畑は残っております。でも冬に食べる物がなければ、村へ帰ることもできません」
田朔は男の家族がどこで休むつもりなのか尋ねた。農夫は返事に困り、幼い娘の手を握ったままうつむいた。
「だったらまず飯を食って休め。お前の村は俺の領土になったはずだ。来年そこへ戻り、また畑を耕してもらいたい。村の倉や牛の数も調べるから、今は無理に戻らんでいい」
田朔は役人へ、避難民を一律に長安へ住まわせるのではなく、帰郷を望む者と新しい仕事を探す者に分けて事情を聞くよう命じた。道や水路の修理には人手が必要だが、働けない者にまで労役を課すつもりはない。仕事には給金か食糧を渡し、老人や病人は先に養うことにした。
◇ ◇ ◇
宮城へ戻ると、田朔は馮岳に西方の倉と農地を調べさせた。家を失っていない農夫なら、春には元の畑へ戻れる。しかし種も牛もなければ、土地があっても耕作を再開できない。
「春に種をまけるよう、村ごとに不足を調べてくれ。使える牛が何頭か残っているなら、皆で借りて使えばいい。種は必要な量を貸し、収穫ができてから返させろ。冬を越せない農夫に今すぐ利息を払えと言ったところで、取れるものは何もないからな」
陸文昭は、避難している間に別の者が田畑を占めることのないよう、従来の耕作者の記録を残すべきだと進言した。田朔はこれを認めたが、長安へ移り住みたい者まで無理に帰らせるつもりはなかった。
「俺は人が欲しいんだ。畑を耕す者も、道を直す者も、店で働く者もな。だが、勝手に住む場所を決められて喜ぶ奴はいない。村へ帰る者には帰れるようにしてやれ。長安に残る者には、今の住民と取り合いにならん仕事を探してくれ」
冬の救済に使う穀物は無尽蔵ではない。市場の値を安定させるために放出する分、軍へ送る分、避難民に配る分を分けて管理しなければ、どれかが足りなくなる。田朔は帳簿を3つ並べ、馮岳と陸文昭に毎週残量を報告させることにした。
数日後、西門の脇に臨時の宿舎が整えられ、子供連れの家族から屋内へ移された。仕事を希望した男たちは、街道の補修や冬の倉の管理を手伝うことになった。田朔は改めて西門を訪れ、受け入れが進んでいるのを確かめた。
商人の知らせは、役所の報告より早く届くことがある。田朔は青蘭に経過を伝え、そのつながりをこれからも大切にしてほしいと頼んだ。
「殿下が調べてくださったのなら安心いたしました。私は今、外へ出られませんけれど、知らせを運んでくださった方々にも伝えておきます」
「お前は今、自分と腹の子のことを一番に考えてくれ。春になれば、助けた農夫たちがまた畑へ戻る。そうなれば、俺たちにも来年の飯ができるからな」
青蘭は夫の手を腹に重ねた。外では初冬の風が吹いている。長安の西門では、来年の畑へ帰るための冬が始まっていた。
数日後、田朔は長安へ移ってきた者の名簿にも目を通した。出身地が同じでも、一家の事情はさまざまだった。村に家も畑も残っている者、家を焼かれて戻る場所がない者、仕事があれば長安に住みたい者。その違いを無視して「全員帰せ」と命じれば、せっかく助けた人々をまた街道へ追い立てるだけになる。
陸文昭は、西方の役人に村の耕地と残った家畜を調べさせ、長安の名簿と照らし合わせる案を示した。農夫の申告だけでは畑の広さを確かめにくいが、元の村の役人から記録が届けば、必要な種の量を見積もることができる。田朔はその方針を認めた。
「種を貸しても、種をまく畑がなければ無駄になる。俺が欲しいのは収穫だ。冬の間に何が足りないのか確かめ、春には農夫がすぐ働けるようにしてやれ」
さらに、街道の工事に雇った者への給金についても報告を求めた。支払いが遅れれば避難してきた家族が再び飢える。軍用の道を修理する仕事である以上、軍の荷が通れるようになることを理由に働き手をただで使うつもりはなかった。
夕刻、役人が西門へ運ぶ穀物の受け取り証を持ってきた。田朔は数字を確かめ、救済のための分が市場への販売分と混ざっていないことに安堵した。官倉は同じでも、運ばれる先は違う。守備兵の飯と住民の飯を区別して数えることが、今の秦国を支える仕事になっていた。
その夜、田朔は玉容に避難民の話を伝えた。玉容は、王宮でも赤子のために布と食糧の使い道を分けていると話した。必要な分を確保したうえで、誰がいつ使うのか決めておくことは、家の仕事でも国の仕事でも変わらないらしい。
「それなら、お前が王后でいてくれて助かるよ。俺が役人を何人集めても、後宮の帳面までは見きれんからな」
「殿下はまず、西方の方々が無事に春を迎えられるようお努めください。こちらのことはお任せいただいて構いません」
田朔は安心して自室へ戻った。西方から逃れてきた家族と、宮城の中で生まれようとしている子供たち。冬を越させるために必要なことは違っても、どちらも自分が守るべき暮らしだった。




