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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第五章――「梟雄、天下を奪う」

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第2話(後編2)――「西方三城と八人の母」

 387年9月上旬、涇水北岸。


 渡河地点を守る後秦軍が敗れると、秦王田朔(ティエン・シュオ)は周辺の3城へ兵を進めた。川の北岸を押さえたことで、船や兵糧を運ぶ道は確保できた。しかし、その先の街道に後秦の城を残したままでは、運搬の荷車が襲われる恐れがある。


 最初の城主は秦軍の接近を知ると、自ら門外へ出て服属を申し出た。涇水の守備軍が敗れた以上、姚萇の援軍を当てにできなくなったのである。田朔は城主の身分と財産を守ると約束し、兵の指揮権は秦国の軍制へ組み込むよう命じた。


 次の城からも、秦軍が近づく前に使者が来た。城主は以前から帰順を考えており、渡河地点の敗北を知って決心したらしい。


「よし、2城は血を流さずに得た。これなら住民も畑へ戻れる。だが、最後の城はどうしている」


 趙嶽(ジャオ・ユエ)が答えた。


「城門を閉ざしたままでございます。使者にも会おうとせず、姚萇への忠誠を守ると申しているようです」


 3城の中で最も西にある城は、秦軍が近づいても旗を降ろさなかった。田朔は城外の高みから城壁を眺め、無理に正面突破する必要はないと考えた。


 趙嶽の軍を南側へ、段烈(ドゥアン・リエ)の軍を西側へ、裴慎(ペイ・シェン)の軍を北側へ回し、城門からの出入りを監視させる。住民が逃げ出しても傷つけぬよう命じ、守将には改めて降伏を勧める使者を送った。


 しかし、城主は返答を延ばし続けた。城壁には弓兵が並び、秦軍を挑発する声まで聞こえてくる。


「もう十分に機会は与えた。明日は攻めるぞ。ただし、門を開いて降る者を討つ必要はない。最後まで戦う奴だけを相手にしてくれ」


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、秦軍の太鼓が鳴り、各隊が城壁へ進んだ。


 段烈の部隊が西門へ近づくと、城壁の弓兵は一斉に矢を射かけた。盾に矢が刺さり、梯子を担ぐ兵が足を止める。それでも秦軍の弓兵が射返し、歩兵は盾をかざして少しずつ進んだ。


 城主は西側へ守備兵を集めたが、すぐに南から趙嶽が攻めかかり、さらに裴慎が北側から兵を進めた。守備兵は城壁を走り回り、門の守りを厚くすれば別の場所が薄くなる。田朔は各隊から伝令を受け、敵の兵が移動している方向を確かめていた。


「西側の守りが厚いなら、そこへ無理に登るな。南の趙嶽に兵を回して、手薄になった場所を攻めさせろ」


 命令を受けた趙嶽の兵が梯子を運び、盾兵の援護を受けて城壁へ取りついた。最初の兵が上へ登ると守備兵が槍を突き出したが、後続が次々と続く。城壁の一角で足場を得た秦軍は、守備兵を押し退けて内側へ進み、南門の閂を外した。


 昼前、南門が開き、趙嶽の軍が城内へ入った。城主はなお抵抗を命じたが、家臣たちは西門も北側も危ういと訴え、これ以上戦っても住民を巻き込むだけだと進言した。


 城主はついに武器を捨て、秦王の前へ出た。


「姚萇への忠義を捨てられず、最後まで抗いました。これ以上の抵抗はいたしません。どうか住民と兵をお助けください」


 田朔は城主を立たせた。


「守ると決めて戦ったことは分かる。だが、今日からこの城は秦国のものだ。引き続き治めたければ、俺の命令を守ってもらう。城の兵も勝手に動かすなよ」


 城主の職は当面認めたが、秦軍から指揮官を派遣して守備を監督させた。降伏した兵の武器を確認し、城内で略奪する者が出ないよう将軍たちへ厳命する。


 こうして涇水を越えた先の3城は、すべて秦王の支配下に入った。田朔は裴慎に西方の守備を任せ、趙嶽には新たに帰順した兵をまとめさせた。自らは段烈らを伴い、長安へ戻ることにした。


 ◇ ◇ ◇


 9月中旬、長安。


 田朔の凱旋を迎えたのは、父の田順(ティエン・シュン)と王后崔玉容(ツイ・ユーロン)だった。


「朔よ、また3つも城を取ったそうじゃな。わしの耳には、このところ勝ち戦の知らせばかり入ってくる。だが、まずは無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」


「父上、まだまだこれからだ。姚萇の土地を取ったら、その先へも進むつもりだからな。ただ、しばらくは家のことも気にしていたい」


 田朔は玉容の部屋へ向かい、以前より大きくなった妻の腹に手を添えた。玉容、許玉蓮(シュイ・ユーリエン)、蘇青蘭(スー・チンラン)、拓跋阿若(トゥオバー・アルオ)の4人は、11月から12月にかけて出産を迎える予定だという。


「その頃にはなるべく長安にいよう。子供が生まれたと聞いて、何日も後から帰るのは嫌だからな」


 隣の部屋から幼い息子の声がした。田朔が顔を出すと、1歳を過ぎた嫡男がよちよちと近づき、父の衣をつかんだ。抱き上げられた子は田朔の髪を引っ張り、得意そうに笑う。玉容はそんな父子を眺め、腹の子が生まれたら、この部屋も一段と賑やかになるだろうと思った。


 夕食には11人の妻たちが集まり、田順も招かれた。玉蓮は生まれる子の衣を縫っていると話し、阿若はいつか子供に馬の乗り方を教えると張り切った。すでに何小玉(ホー・シャオユー)と李麗華(リー・リーホワ)も身重で、出産は翌年になる見込みだった。


 田朔は、まだ子を宿していない蘇瑶(スー・ヤオ)、杜蘭英(ドゥー・ランイン)、杜月華(ドゥー・ユエホワ)、周春華(ジョウ・チュンホワ)、韓淑蘭(ハン・シュウラン)の顔も見渡した。蘇瑶は夫の帰りを待っていたと笑い、田朔はその夜を彼女の部屋で過ごした。翌日以降も蘭英、月華、春華、淑蘭のもとへ順に通った。


 ◇ ◇ ◇


 9月下旬、王后から急ぎの知らせが届いた。


 玉容の部屋では、蘇瑶と春華が並んで待っていた。玉容は夫に2人の懐妊が確認されたことを告げた。これで身重の妻は8人になった。


「蘇瑶も春華もか! 2人ともよく身体を大事にしてくれ。俺も嬉しいぞ」


 蘇瑶は安心したように笑い、春華はこれから赤子のための品を用意するつもりだと話した。田朔は父にも知らせ、家族全員で新しい命を祝った。


 残る蘭英、月華、淑蘭も夫との子を望んでいる。だが、子が授かるかどうかを急かすつもりはなかった。玉容が8人の体調を気にかけ、田順は孫たちの遊び相手になる日を楽しみにしていた。


 翌朝、田朔は将軍たちと再び地図を囲んだ。姚萇はなお西方で兵を集めている。次の遠征では、今回より大きな軍を率いる必要があるだろう。


「俺は長安の城を守って終わるつもりはない。こっちから進み、城を取り、兵を集める。だが帰ってくれば父上も女房たちも子供もいる。そのためにも、次の戦は勝たねばならん」


 将軍たちは命令を受け、軍の再編と兵糧の手配に取りかかった。


 田朔は軍議の後、約束どおり淑蘭の部屋へ向かった。西方の街道では新しい秦王の旗が翻り、後宮では8人の妻が新しい命を宿している。21歳の秦王が目指す天下は、まだその先に広がっていた。

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