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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第四章――「乱世を喰らう」

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第7話(中編)――「関中に名を轟かす」

 (387年1月中旬、関中)


 太鼓が鳴り響き、田家軍が城へ向かって動き始めた。


 田朔の中央軍が南門へ近づくのに合わせ、西では段烈、東では馮岳の軍も前進する。城壁から矢が飛び始めると、田朔は盾兵を前へ出し、その後ろから弓兵に射返させた。


 田朔は中央軍を南門の正面に置きながら、城壁の守りがどこへ動くかを見ていた。賀蘭真と姚虎からも報告が届き、北門から兵が出た形跡はなく、北方にも援軍は見えない。


 西では段烈が城壁へ圧力をかけ、東でも馮岳が弓兵を前へ出した。敵は三方へ兵を分けざるを得ず、南門の上に集まっていた兵も次第に左右へ散っていった。


 田朔はそれを見て、中央軍をさらに前へ出した。


「門を破る。盾を寄せろ」


 兵たちが盾を並べて南門へ進み、その後ろから門を打ち破る兵が続いた。城壁から石や矢が降ってくると、田家軍の弓兵が射返し、顔を出した敵兵を壁の内側へ追い払っていく。


 やがて門へ最初の一撃が加わり、続いて2度、3度と重い音が響いた。


 田朔は後方へ下がらず、南門と左右の城壁を見渡せる位置に馬を置いた。敵が西へ兵を回せば段烈から知らせが届き、東で動きがあれば馮岳の伝令が走ってくる。賀蘭真と姚虎の騎兵も城外を動き続け、北方への警戒を切らしていなかった。


 ほどなく西から伝令が駆けてきた。段烈が兵を寄せたことで、敵は南からさらに守備兵を抜いているという。


 田朔は伝令を馮岳のもとへ走らせ、東からも圧力を強めさせた。


 再び南門を打つ音が響き、門扉が大きく揺れた。


「もう一度だ!」


 兵たちが声を合わせて押し込み、木材の割れる音とともに片側の門扉が内へ傾いた。田家軍から歓声が上がり、敵兵が内側から押さえようと集まってくる。


 田朔は間を置かなかった。


「趙嶽、入れ!」


 趙嶽が先頭の兵を率いて門を押し広げ、その後ろから田家軍が城内へ流れ込んだ。門内では敵兵が大路を塞いでいたが、趙嶽の兵が正面からぶつかる間に後続が左右へ広がり、田朔も馬を進めて城内へ入った。


 田朔の旗が南門を越えると、周囲の兵たちから大きな声が上がった。


 西からは段烈が城内へ入ったとの知らせが届き、少し遅れて東からも馮岳が突破したと伝えられた。三方から田家軍が入ったことで、敵は一か所へ兵を集められなくなった。


「趙嶽はこのまま中央を押せ。西と東には敵を追い回させるな。兵営と倉を先に押さえろ」


 命令を受けた兵たちは城内の大路を押し進んだ。


 なお抵抗する敵兵もいたが、南から田朔、西から段烈、東から馮岳が入り込んだことで、まとまった隊列を作れなくなっている。北門へ向かって逃げる者が増えるにつれて、城内の守りは崩れていった。


 北門の外では賀蘭真が待っていた。


 逃げ出した敵兵を見つけても門前へ騎兵を密集させず、城から離れた者だけを追う。北の街道には斥候を残し、追撃の最中も周囲の動きを見張らせていた。


 田朔が兵営へ向かう途中、大路を敵兵の一団が塞いだ。


 前方の兵が盾を並べ、趙嶽が歩兵を左右へ広げる。敵も槍を構えて踏みとどまったが、背後から段烈の兵が大路へ姿を現した。


 前後を田家軍に挟まれると、敵の中から武器を捨てる者が出始めた。


 田朔は刀を下げた。


「降る者は武器を置け。追わない」


 その声が前列から後ろへ伝わり、槍が地面へ置かれた。続いて剣や弓も捨てられ、最後まで踏みとどまっていた者たちも周囲を見て抵抗をやめた。


 降伏した兵は趙嶽に任せ、田朔は兵営へ向かった。


 途中で西から来た段烈と合流した。倉には火が入っておらず、西側の抵抗もほぼ終わっているという。田朔は馮岳が東を押さえたことを伝え、城門の警備と略奪の禁止を段烈に任せた。


 兵営に残っていた敵兵も間もなく武器を置いた。


 昼から始まった戦いは、日が傾く前に終わった。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、城門の上には田家の旗が立っていた。


 兵営、武器庫、倉は大きく損なわれずに残り、趙嶽は降った兵を分けて経歴を調べていた。馮岳は東側の城壁と門を確認し、段烈は城外へ兵を出して周辺の村と街道を押さえている。


 賀蘭真と姚虎は夜明け前から北へ出ていた。


 田朔は役所に置かれていた地図を広げ、秦嶺から自分たちが進んできた道を確かめた。関所から関中へ入り、確保した拠点を経て、今いる城まで道が延びている。後方には兵が置かれ、秦嶺を越えて荷駄も入ってきていた。


 昼頃、北へ出ていた姚虎が戻った。


 城が落ちたことはすでに北の集落まで伝わっており、田家軍が秦嶺を越えたという噂に、街道での勝利と城の陥落まで加わっているという。さらに、前秦の軍にいた兵たちが田朔に仕えるため、こちらへ向かっていた。


「最初は十数人でしたが、途中で別の連中も加わっています。戦う様子はありません」


「趙嶽に見てもらおう。使える奴なら受け入れてくれ」


 姚虎が退出して間もなく、賀蘭真も戻ってきた。


 賀蘭真が見てきた北方では、これまでより人馬の動きが増えていた。兵だけでなく荷車や使者も街道を行き交い、田家軍の位置を探っている者もいる。近くに大軍は見当たらないものの、北側の城や集落が田朔の進出を知って動き始めたことは明らかだった。


 賀蘭真は地図の上で、北へ延びるいくつかの道を示した。


「こちらを探っている騎兵もいました。今までより遠くから来ています」


 田朔は長安へ続く方角へ目を移した。


「もっと先まで見てくれ。兵だけじゃなく、食糧を運ぶ道と使者が通る道も知りたい。城同士の連絡もだ」


「分かりました」


 賀蘭真は水と食事を取って馬を替えると、再び北へ出ていった。


 その日の午後には、趙嶽も田朔のもとを訪れた。


 姚虎が連れてきた者の中には、前秦の軍で戦った経験を持つ兵がおり、周辺の道や城に詳しい者もいた。別の場所にも、仕える相手を失った兵が残っているという。


「こちらの勝利が広がれば、さらに来ると思います。腕の立つ者はこちらで選びます」


「頼む。ただ、来たばかりの奴にすぐ武器を渡す必要はない。よく見てから決めてくれ」


 趙嶽が承知して退出すると、田朔は再び地図へ目を落とした。


 城外には、昨日までいなかった者たちが集まり始めている。前秦の兵だった者だけではなく、周辺の村から様子を見に来た者や、食糧を積んだ荷車を連れてきた商人の姿もあった。


 秦嶺を越えたという噂だけだったものが、実際の勝利によって人を動かし始めていた。


 ◇ ◇ ◇


 数日後には、城外の街道を通る人と荷車がさらに増えた。


 趙嶽は兵として使える者を選び、馮岳は城門で武器を預からせ、段烈は周辺から入ってくる道に見張りを置いた。南からは田家軍の荷駄が到着し、北からは商人や前秦の旧兵が訪れるようになっている。


 田朔が城壁からその様子を見ていると、姚虎が北方の偵察から戻ってきた。


「北から来た商人まで田将軍のことを知っていました。秦嶺を越えて関所を取り、止めに出た兵を破って、そのまま城まで落としたと広まっています」


 田朔は眼下の街道を見ながら笑った。


「ずいぶん早いな。俺たちより噂のほうが足が速いじゃないか」


「そのうち、実際より兵が増えていることになりそうです」


「それは訂正しなくていい」


 姚虎が笑ったところへ、城門から一騎の伝令が駆け込んできた。


 賀蘭真が北へ放った斥候からであった。


 伝令は城壁を下りた田朔を役所まで追い、北方でまとまった兵が動き始めたことを報告した。これまで街道で出会った小部隊とは違い、周辺から兵を集めながら南へ向かう準備をしているという。


 田朔はすぐに地図を広げさせ、伝令から見た場所、兵の進路、旗、荷駄の有無を聞き取った。まだ分からないことについては賀蘭真に探らせるよう命じ、段烈、馮岳、趙嶽にも使いを走らせた。


 やがて3人が集まると、田朔は斥候から届いた報告を伝えた。


「北で兵が集まり始めた。まだ数も行き先も全部は分からない。賀蘭真に張りつかせているから、分かるまでは兵を休ませておけ。ただし、いつでも出られるようにしてくれ」


 段烈たちは頷き、それぞれの兵のもとへ戻った。


 田朔は地図の前に残った。


 秦嶺を越えてから、敵を探して北へ進む戦いが続いていた。


 今度は北の軍勢が動いている。


 田朔は斥候から次の報告が届くのを待ちながら、地図の上に置かれた印を見ていた。


 387年1月中旬。


 関中へ入った田家軍を止めるため、北から兵が集まり始めていた。

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