第5話(中編)――「三軍を動かす」
386年11月中旬。
夜明け前から、田朔の本営には騎兵が出入りしていた。賀蘭真の部下が北から戻り、街道に大きな動きはないと告げると、その直後には東から別の騎兵が到着し、城門の内側で兵が集まり始めたことを報告した。
田朔は焚き火のそばで粟粥を食べながら報告を聞いた。西では姚虎が見張りを続けており、夜のうちに城へ入った荷車はないという。田朔は兵を休ませると、残った粟粥を平らげて立ち上がった。空はすでに白み始め、段烈と馮岳には夜明けとともに前進するよう命令を送ってある。
田朔が馬へ乗った頃、城の方角から太鼓が響いた。
中央軍が野営地を出ると、前方を進んでいた斥候が次々に戻ってきた。城の南門から歩兵が街道へ出ており、東門からも200ほどが姿を現している。門はまだ開いたままで、後続もいるらしい。
「馮岳に伝えろ。東から出た兵は任せる。城まで押し戻せ」
田朔は趙嶽に命じ、そのまま中央軍を北へ進ませた。
やがて街道の先に敵兵が見えてきた。敵は道を塞ぐように兵を並べ、その後ろにも城から出てきた兵が続いている。田朔は隊列を止めて前へ出ると、敵の配置をしばらく眺めてから、弓兵を前へ出して陣を左右へ広げるよう命じた。
太鼓が鳴り、兵が動き始めた。
その間にも敵は城から兵を送り出していた。南へ向けた兵だけではない。東では馮岳に備え、西でも段烈の接近に気づいたらしく、やがて姚虎が馬を飛ばして戻ってきた。
「段烈殿は予定どおり進んでおります。西門からも兵が出ましたが、数はこちらより少ないとのことです」
「なら、そのまま押させろ。西の荷車も止めていい。姚虎、お前は段烈との間を走れ」
命令を受けた姚虎が西へ引き返すと、田朔は正面へ向き直った。敵は南、西、東の3方向へ兵を割いている。田朔は頃合いを見て右手を上げた。
「進め」
太鼓が強く鳴り、中央軍の弓兵が一斉に射かけた。敵も城を背に応射し、矢が飛び交う中を盾兵が進み、その後ろから槍兵が続く。両軍の前列がぶつかったところで、田朔は後方に残していた兵を街道の右へ回し、正面へ集中させなかった。
敵は横へ広がった田家兵を見て、そちらへ兵を寄せた。正面の厚みが減ったのを確かめた田朔は、趙嶽に中央を押させた。
趙嶽の隊が前へ出ると、正面の圧力が一気に増した。敵の前列がじりじりと下がり始める。田朔も馬を進め、兵の怒号や武器のぶつかる音がはっきり聞こえるところまで出た。敵の矢が近くへ落ち、護衛が前へ出ようとしたが、田朔は兵の背中へ向かって声を張った。
「押せ! 城まで戻すぞ!」
前列から声が上がり、田家兵がさらに押し込んだ。趙嶽の隊が中央へ食い込み、右へ回った兵も敵の横へ迫ったことで、敵は両方へ兵を割かなければならなくなった。
ほどなく前列から逃げる者が出た。最初はわずかだったが、それにつられて後ろの兵まで下がり、やがて隊列そのものが崩れて城へ走り始めた。
田朔は待機させていた騎兵をすぐに出した。
「追え。門を閉めさせるな!」
騎兵が逃げる敵の後ろへ食いつき、そのまま南門へ迫った。城壁の上では味方を入れようと声が飛び交い、逃げ込む兵と門を閉じようとする兵が入り乱れている。田朔はその混乱を逃さず、中央軍を一気に前進させた。
そこへ東から使者が駆け込んできた。馮岳が東門から出た敵を破り、そのまま城へ迫っているという。
「入れるなら入れ。無理なら門を押さえろ。俺は南から入る」
使者を返したところへ、西からも段烈が敵を退けたとの知らせが届いた。田朔は3方向すべてで敵が崩れたことを確かめると、まだ開いている南門を見て笑った。
「全部負けたか。行くぞ!」
田朔が馬を走らせ、中央軍もその後へ続いた。
◇ ◇ ◇
南門を抜けた先では、逃げ込んだ敵兵と追ってきた田家兵が入り交じり、街路の奥でも戦いが続いていた。
田朔は馬上から周囲を見渡し、家へ入ろうとしている兵を見つけると、近くの者に引き戻させた。城へ入ったからといって好き勝手にさせるつもりはない。
「門と兵営を押さえろ。家には入るな。倉を先に取れ!」
命令を受けた趙嶽が兵をまとめて兵営へ向かい、別の隊が倉へ走った。田朔は中央軍を率いて街路を進んだが、その先にはまだ武器を捨てていない敵兵がまとまっていたため、いったん兵を止めて隊列を整えた。
敵も田家軍が正面に並び直したのを見て動きを止めた。
田朔は使者を出して降伏を勧めた。返事を待つ間にも、東側から聞こえる戦の音は近づいており、西からも段烈の太鼓が響いている。すでに逃げ道は狭くなっていた。
やがて使者が戻り、敵に降る意思がないことを伝えた。
「なら仕方ない。潰せ」
中央軍が前へ出た。
今度は長くかからなかった。正面から田朔の兵が押し込み、東から城内へ入った馮岳の兵が街路の先へ姿を現すと、敵の隊列はたちまち乱れた。逃げ出す者に続いて武器を捨てる者も増えたため、田朔は降った兵まで攻撃させず、武器を持って抵抗する者だけを相手にさせた。
昼を過ぎる頃には、城内でまとまって戦う敵兵はいなくなっていた。
◇ ◇ ◇
田朔が城の役所へ入ると、腰を下ろす間もなく各所から報告が集まってきた。南門は中央軍が確保し、東門は馮岳、西門は段烈が押さえている。趙嶽は兵営を確保して武器を集め、倉も無事に残った。城内で大きな火災も起きていない。
そこまで聞いてから、田朔はようやく椅子へ腰を下ろした。
ほどなく馮岳が役所へ入ってきた。東側の抵抗は片づき、馮岳自身にも怪我はないという。
「なら西へ回って段烈を手伝え。まだ抵抗している奴がいたら、両側から挟め」
馮岳を送り出してしばらくすると、今度は朝から北を走っていた賀蘭真が戻った。人も馬も泥だらけであったが、北から援軍が来る様子はなく、城を逃れた兵の一部がそのまま北へ向かったという。
「姚虎を連れて追え。武器を捨てた奴は連れて戻せ。まだ逃げるなら、その先まで見てこい」
賀蘭真は水を飲んだだけで再び馬へ乗った。
夕刻には、城内の戦は完全に終わっていた。
段烈が役所へ戻ってきた頃にも、田朔は各隊から上がってくる報告を聞き続けていた。西側もすでに片づいたというので、田朔が遅かったなと笑うと、段烈は「そっちが早すぎるんだ」と返した。
田朔は笑いながら卓上の地図へ目を落とした。
朝まで敵が守っていた城は、日が暮れる前に田家の手へ落ちた。南、西、東の門を押さえ、兵営も倉も焼かずに残している。
「明日は城の外を見るぞ。ここを取っただけで終わりじゃない」
田朔が地図の北へ指を滑らせると、段烈も隣から覗き込んだ。
その夜、北へ敵を追っていた賀蘭真から、新しい使者が到着した。




