第5話(前編)――「田朔、出陣」
386年11月上旬。
夜明け前、南鄭の北門が開いた。
最初に出たのは賀蘭真である。騎兵をいくつもの小隊に分け、北へ延びる街道だけでなく、西の山裾や東の川沿いへも散らした。少し遅れて姚虎も出た。
昼を過ぎた頃、最初の騎兵が戻ってきた。
田朔は郡府の広間で報告を聞いた。陸文昭と趙嶽もいる。床に広げた地図には、南鄭から北へ延びる道と、周辺の城や村が記されていた。
「城外で見た兵は?」
「東門から出たのが30ほどです。街道を半里ほど巡って戻りました」
「馬は?」
「見た限りでは6騎です」
「西は見たか」
「まだです」
田朔は地図の西側を指した。
「今夜もう一度行け。城へ近づく必要はない。ここと、ここの道を見てこい。兵だけじゃなく荷車も数えろ」
騎兵が出ていくと、田朔は次の報告を読んだ。
北の村では、数日前に城から来た兵が粟を集めていた。別の村では、最近になって馬の飼葉を大量に求めている。城へ入る荷車を見た者もいた。
趙嶽が地図の北側へ指を置いた。
「こちらにも道があります。細いですが、北へ抜けています」
田朔は少し考え、賀蘭真が戻ったら確かめさせることにした。
その日の夜にも、翌日の朝にも騎兵が戻った。
報告は少しずつ違っていた。
ある者は西門の兵が多いと言い、別の者は東門の出入りが多いと言う。田朔は食い違った場所へもう一度人を送った。
2日目の午後、姚虎が敵の巡回兵を追い払った。
姚虎はそのまま城へ近づかず、わざと街道に姿を見せた。ほどなく城門が開き、新たな兵が出てきた。
少し離れた丘には、賀蘭真の小隊が伏せていた。
姚虎を追ってきた兵の数と、開いた門の内側に残っている兵を確かめると、すぐに馬を返した。
その夜、郡府へ戻った賀蘭真は土埃のついたまま広間へ入った。
「姚虎を追って出てきたのは100に届きません。東門からです。西門は開きませんでした。ただ、西の道を荷車が通っています。今日だけで7台見ました」
田朔は顔を上げた。
「どっちへ向かった」
「城です」
「護衛は?」
「20ほどでした」
「明日は荷車に触るな。どこから来るのか突き止めろ」
賀蘭真はすぐに頷いた。
陸文昭が地図の西側へ木札を置いた。
「ここから先なら、まだ調べていません」
「だから調べる」
田朔はそれ以上言わなかった。
◇ ◇ ◇
翌日の夕刻、西へ出た騎兵が戻った。
荷車は山裾の集落を経て城へ向かっていた。道は狭いが、荷車がすれ違える場所もあり、兵を通せない道ではない。
さらに北へ向かった別の小隊も戻ってきた。
北から大軍が南下している様子はない。街道沿いに小さな警戒隊はいたが、まとまった兵は確認できなかった。
田朔は報告を聞き終えると、趙嶽に敵方の事情を知る者を呼ばせた。
城内の兵について聞き、門の守りについても確かめる。話が一致しないところは無理に決めつけず、地図へ印だけをつけた。
5日目には、城の周囲を走る道のほとんどが埋まった。
賀蘭真が広間へ入ってくると、田朔は水を飲ませてから地図の前へ呼んだ。
「北は?」
「大きな動きはありません」
「西の荷車は?」
「昨日も入りました。来た道も確認しています」
「南側は?」
「城外に兵を伏せている様子はありません」
田朔はそこで初めて陸文昭を見た。
「どう思う」
「こちらが先に動けます」
田朔は頷き、立ち上がった。
「段烈と馮岳を呼べ」
◇ ◇ ◇
その日の夜、諸将が郡府へ集まった。
段烈、馮岳、賀蘭真、姚虎、趙嶽が地図を囲んだ。
田朔は西側の道を指した。
「段烈はこっちだ。西から回れ。城へ近づきすぎるな。俺から使者が行くまで、この辺りで止まっていろ」
次に東側へ指を移した。
「馮岳は東へ出る。向こうが兵を出してきても、追いかけて城へ寄るな。俺と段烈の位置を確かめてから動け」
馮岳が地図を見ながら頷いた。
田朔は賀蘭真へ向き直った。
「お前は一番先だ。明日から北へもっと伸ばせ。姚虎は西を見ろ。何もいなかったという報告でも持ってこい」
「承知しました」
「趙嶽は俺と来い。鄭達は南鄭に残す」
命令を受けた者から退出していった。
最後まで残った陸文昭は、地図の中央を見た。
「田様は、こちらですか」
「ここが一番近い」
田朔が指したのは、南から城へ続く街道だった。
陸文昭は何も言わず、中央に田家の木札を置いた。
◇ ◇ ◇
翌朝、田朔は城外の兵営にいた。
兵たちはすでに支度を終えている。
武器の確認を終えた者から隊列へ入り、荷車も並び始めた。田朔は馬上から列を見ながら進み、遅れている隊があればその場で直させた。
北門の外から騎兵が駆けてきた。
賀蘭真からの使者だった。
「北に動きなし。昨日確認した警戒隊も同じ場所におります」
田朔は使者を休ませず、次の命令を渡した。
「賀蘭真に、そのまま北を見させろ。何か動いたら途中の使者を待たず、馬を潰してでも俺へ知らせろ」
使者が走り去る。
今度は西から姚虎の使いが来た。
敵の荷車が朝から城へ向かっているという。
「段烈に知らせろ。荷車はまだ止めるな」
田朔は隊列の先頭へ戻った。
段烈はすでに西へ出ている。馮岳も東へ向かった。
田朔の前には中央の兵が並んでいた。
北門が開く。
田朔が馬を進めると、兵の列も動き始めた。
午前のうちに最初の休息を取り、斥候からの報告を受けて再び進む。昼を過ぎた頃には、西を進む段烈から予定の場所へ着いたという使者が来た。
田朔は返事を持たせ、今度は馮岳の位置を確認させた。
夕刻前、東からも使者が来た。
馮岳も遅れていない。
田朔は街道脇の高みに馬を上げた。
遠くに城が見えた。
その周囲には、ここ数日で賀蘭真たちが走った道が延びている。西には段烈がおり、東には馮岳がいる。北には賀蘭真の騎兵が出ていた。
城の方角から、小さな騎馬の一団がこちらへ向かってくる。
田朔は目を細めた。
「見つかったな」
趙嶽が隣で敵騎兵を見た。
田朔はすぐに伝令を呼んだ。
「段烈と馮岳に知らせろ。予定どおりだ。明日の朝、俺が動いたら両方とも前へ出ろ」
伝令が左右へ走った。
田朔はもう一度、遠くの城を見た。
「明日取るぞ」
その夜、田家の3軍は城を囲むように野営した。




