後宮編 第42章:青き蝶と結び目
※本章にはミステリー的な残酷な描写があります。
15歳以下の方は非推奨、及び、残酷な描写が苦手な方は閲覧注意になります
後宮の朝は、魔除けの香木の燻る香りと、清らかな水の音とともに始まるはずだった。
しかし、その日の夜明けは、一人の侍女の引き裂くような絶叫によって惨憺たる幕開けを迎えた。
樹齢数百年の古木。
その枝から、まるで命を終えたばかりの青い蝶が風に弄ばれるかのように、濃青と薄青の衣が灰色の空を舞っていた。
縊死した第三妃ミリファの遺体である。
細い首には太い縄が深く食い込み、折れたように項垂れた頭部からは、かつての美しさは完全に消え失せていた。
駆けつけた宦官たちが、震える手でその身体を地面へと引き下ろし、亡骸に白い布を被せる。
だが、彼らが背筋を凍らせたのは遺体の姿そのものではなかった。
古木の幹には、色鮮やかな濃青の蝶が、無数の銀の釘によって直接打ち付けられていたからだ。
羽は無惨にも引き裂かれ、幹から流れ出る樹液と混じり合っている。
再生と命を象徴する蝶を、あえてこの色合いで、しかも呪うかのように磔にする――それは、何者かによるアズールへの明確かつ悪趣味な宣戦布告に見えた。
騒然とする現場へ、宦官長に引き連れられたシファ妃、そしてアズールが到着する。
シファ妃は青ざめた顔で口元を覆い、言葉を失った。
アズールは無表情のまま、幹に打ち付けられた青い蝶の骸を見つめ、低く呟く。
「……ファールスの世継ぎたる俺を、呪うか」
その冷ややかな声が響いた直後、寝ぼけ眼をこすりながら、白金の髪を振り乱したエメロードが現場に現れた。
彼女は周囲の恐怖など意に介さず、遺体の傍らにある縄の端に目を見開く。
「あれ? ねえ、おかしいよ。こんな太い縄、どうしてここに?」
エメロードは不機嫌に呟くと、布で隠されていたはずのミリファ妃の顔を無遠慮に露わにした。
周囲の侍女たちが悲鳴を上げるのを無視し、彼女は妃の口元や襟元に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぎ、その細い指先や掌を貪るように調べ始める。
眠気は完全に消え去り、彼女のエメラルドの瞳には、真実を暴くための鋭い光が宿っていた。
「他殺だよ。あるいは、自殺だとしても協力者がいる。……間違いなくね!」
アズールの背後に立ち、彼女は確信に満ちた声で言い放つ。
「ミリファ妃の細い腕力で、こんな太い縄を結んで高い枝に掛けるなんて不可能だし。それにこの結び目を見て。
軍人特有の、解けないための結び方だよ。
わたしの生家はミリアムの軍務を司っているから、この結び方は見慣れているもの。
高貴な妃が、しかも繊細な南国の王女が、戦場で使うような軍用の結び方をするはずがないし」
彼女が指差す先では、宦官が震える手で木の根元から拾い上げた〝ミリファ妃の遺書〟をアズールに差し出していた。
震えて読みづらい文字で綴られたその内容は、彼女が愛する者の裏切りを嘆き、かつて寵愛し、後に冷遇したアズールへの呪詛で満ちていた。
「自殺にみせかけた殺人鬼か、あるいは自殺の幇助者がこの後宮の深部にいる。……アズ、これは罠だよ。
犯人はあなたを激昂させて撹乱し、後宮を混乱の渦に突き落とそうとしているの」
アズールは差し出された遺書を無言で受け取ると、それをゆっくりと、しかし確実に手の中で握りつぶした。
その眼差しは、蝶の骸から、遠く後宮のどこかへと向けられている。
「……罠か。ならば、その網を自ら手繰り寄せてやろう」
アズールは遺書を懐に収めると、感情を殺した冷徹な表情で、再び白い布が被せられたミリファの遺体を見下ろした。
今、この瞬間から、後宮は犯人を狩るための巨大な狩り場へと変貌したのである。
漫画版とショート動画バージョンをついつい夜中作る癖がついてしまった
ますます目玉がバルスに…




