後宮編 第40章:琥珀色の死
宦官長らに先導され、アズールとエメロードが第四妃ファルザーネの私室に足を踏み入れたとき、そこにはすでに静かな死が満ちていた。
寝台の上に横たわるファルザーネの身体は、すでに冷たく強ばり始めている。
彼女を慕っていた侍女たちは、皆泣き腫らした瞳で主人の亡骸を見守っていた。
アズールが入室すると、全員が一斉に音を立てて床に跪く。
「……よい。楽にせよ」
アズールの低く冷たい響きに、侍女たちが立ち上がる。
その視線が、アズールの背後に控える白金の髪の女――ミリアムから来た寵姫エメロードへと向けられた。
毒学に長けているという噂は、ダーリャ妃の娘を救ったことで、後宮の端まで届いているらしい。
後ろで囁き合う侍女たちの無礼な声を、侍女長が鋭く睨みつけて黙らせる。
今は帝国の世継ぎであるアズールの寵姫に、粗相など許されるはずもなかった。
「説明を」
アズールの短い命令に、侍女長は肩を震わせながら口を開いた。
「ファルザーネ様は、新年の祝膳を半分ほど口になさり……その後、好物のファールスの紅茶に蜂蜜をたっぷり入れ、少し冷ましてからお飲みになりました。そして……皆に新年の菓子や茶を分けて下りました。
一時間ほど経ち、顔面蒼白になられ…喉や胸を激しく掻きむしり…痙攣しながら悶え苦しんで……」
侍女長はそこで言葉を切り、あまりの惨状を思い出したのか、両手を白くなるまで握りしめて俯いた。
「何を口にしたか、すべて話して」
アズールの背後から、エメロードの可憐だが確固たる声音が響いた。
侍女長が苛立ちを隠せない様子で眉を上げるのを見やり、アズールが小さく「……頼む、話してくれ」と呟くと、彼女は諦めたように語り出す。
「魚とハーブの炊き込みご飯を少し……豆のペーストに、最後に林檎の甘煮を。そして紅茶を。……膳はまだ下げておりません。テーブルにございます」
エメロードは礼も言わずに食卓へと駆け寄った。彼女が食卓の皿や茶器を観察し始めると、ぶつぶつと何やら呟きながら、手帳に細かく書き込んでいく。
その無機質な手つきに、侍女たちは恐怖に近い不気味さを感じていた。
エメロードは宦官長に無表情で命じる。
「この皿から茶器に至るまで、すべてを研究室に移して!」
アズールは重苦しい溜息をついた。
(なぜこうも空気を読まぬのか。
………普段の純真さが、毒に適応されるとどうにも狂気じみてくるのだ……この娘は)
心の中でそんな愚痴が零れるが、エメロードにその気配はない。
彼女はさらに遺体を見ようと寝台へと向かった。
侍女らが立ちはだかり、アズールに縋るように視線を送る。
「どうか、どうかご容赦ください!
ファルザーネ様も、あのような姿を殿下には見られたくないはず……!」
「……見なければ話にならん」
アズールはためらいながらも、寝台を覆う紗のカーテンを勢いよく引き開けた。
そこにいたのは、彼がかつて見知った穏やかな妃の姿ではなかった。
苦悶のあまり引き攣り、極限まで歪んだその顔に、アズールは息を飲んで硬直した。
あの日の記憶。母の最期が、脳裏でフラッシュバックする。
(何故、俺は母の死を美しく記憶していた? 記憶を改竄してまで、自分を守りたかったのか?)
あの時、冷たい鉄の匂いの中で見た母の顔も、まさにこのファルザーネと同じ、地獄の苦痛に満ちた表情だったはずだ。
オレリア母上の最期も、こうして醜く歪んでいたのではないか。
吐き気を抑えながら、アズールが恐る恐るファルザーネの頬に指を伸ばした、その時である。
「だめ! 遺体に触れては!」
エメロードの叱責が飛んだ。
彼女は死に顔の醜さなど意に介さず、冷徹に検分を始めていた。
しばらくして、彼女は静かに寝台から離れると、アズールを見上げて確信に満ちた声で告げた。
「毒殺の可能性がある。だから…触ってはだめ!」
アズールは何も言えず、ただ天を仰いだ。
新年という再生の祝いの日に、過去の亡霊が、最も残酷な形で蘇ったのだ。
後宮の闇が、今まさにアズールの精神を根底から揺らしていた。
悪い子ではないけど空気は読まない
挿絵は順次付けてきます
(別サイトからの貼り付けなんだ…ひと手間かかる)
漫画、アニメ版画像も作ってたら目がチカチカ…




