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後宮編 第37章:雪解けの朝と新年の贈り物

冬至が過ぎ、後宮は凍てつくような寒さの中にありながら、新たな年を迎える高揚感に包まれていた。

それはファールスにとって、単なる暦の切り替わりではない。

冬という死の季節を終え、生命が再び再生の息吹を宿す、一年で最も重要な祭典であった。


妃たちはこぞって部屋の大掃除『ハネル』に勤しみ、新年の瞬間には一族の繁栄を願い、頭文字が「S」で始まる七つの縁起物を食卓に並べる習わしがある。

そして何より、この祭りの要は『贈答』にあった。

愛する者へと、相手が最も欲しがるであろうものを贈り、年越しの瞬間に想いを分かち合う。


乳母であるイザベルは、拗れに拗れた主の恋路を前に、深く溜息をついていた。

アズールのあまりに哀れで不器用な初恋を成就させるべく、彼女は双方をたぶらかすという危険な賭けに出た。


「陛下、エメロード様へ感謝の印を。そしてエメロード様、陛下には真心を。

新年こそ、素直になる好機でございます」


アズールは苦悩の末、最新のミリアム産の研究道具と、エメロードが喉から手が出るほど欲しがっていた伝説の『幻のキノコ』を用意した。

彼は期待していなかった。

どうせ彼女のことだ、トンチンカンな実験器具や、未知の毒草でも贈ってくるに違いない。

一方、エメロードは人生で一番の難題に直面していた。


(アズールの好きなもの……?)


彼女は極めて真剣だった。

イザベルを捕まえ、ダーリャ妃に教えを請い、シファ妃には嫌味を言われながらも聞き取りを行い、あまつさえ幼いジャミール王子にまで「父上の喜ぶもの」を調査した。


年越しの祭りの夜。

離宮に灯された暖炉の火が、寂しげに揺れている。

規則により、新年の夜は正妻であるシファ妃の居住区で過ごさねばならないアズール。

彼は離宮で自分を待つエメロードのことを気にかけながらも、世継ぎという名の重苦しい鎖に縛られていた。 


ファールスの後宮の掟など、エメロードには理解できるはずもなかった。


彼女は夜通し窓辺で月を見つめ、アズールを待ち続けた。

イザベルが「朝まで陛下は戻りませぬ」と諭しても、エメロードは頑なに唇を尖らせ、離宮の扉から視線を外さなかった。

イザベルは自分の余計な差し金が、かえって彼女を追い詰めているのではないかと胸を痛めた。


夜が明け、凍てつくような朝日が差し込む頃。アズールは、シファ妃の元を辞するや否や、誰の目も気にせず離宮へと駆け出した。

室内では、エメロードが疲れ果てた様子で、アズールへのプレゼントが包まれた小箱を抱きしめたまま眠りについていた。

その頬には、待ちわびるあまりに垂らした涎が光り、抱きしめられた小箱はしっとりと湿っていた。


「……寝ているのか」


アズールは落胆し、踵を返そうとした。

しかし、背後のイザベルが事の顛末をすべて話し終えると、彼の心臓は強烈に締め付けられた。

この不器用な天才が、一晩中自分を待っていたという事実。

アズールはそっと寝椅子に近づき、彼女の白金の髪を愛おしそうに梳いた。

エメロードがゆっくりと目を開ける。

アズールは苦笑し、手土産の幻のキノコをぶっきらぼうに差し出した。


「ほら、これ。お前が欲しがっていたものだ」


「っ……! 本当に?」


エメロードは悲鳴のような歓声を上げ、飛び起きた。

昨夜までの不機嫌などどこへやら、彼女は無邪気な子犬のようにキノコに飛びついた。

そして、彼女は慌てて涎で湿った箱を差し出した。


「……これ。私の、新年のお祝い」


アズールがそれを開くと、中にはお世辞にも上手とは言えない、歪な剣飾りのビーズ細工が入っていた。

見れば、エメロードの指先は無数に針で突いたような傷跡で覆われている。


「……プッ、何だこれは。あまりに不出来ではないか」


アズールはこらえきれずに吹き出した。


「笑うな! あなたのために一生懸命やったのに!」


エメロードが頬を膨らませて睨みつける。

アズールはその傷だらけの手を優しく包み込み、決して彼女を笑っているわけではないことを伝えようと、強く抱き寄せた。 


二人の間には、初めて平穏な時間が流れていた。朝の柔らかな光の中で、ようやく互いの心に触れられたような錯覚。

アズールは、エメロードの指先の痛々しい針傷を指先でなぞりながら、彼女という人間が持つ不器用で真っ直ぐな心の形を噛み締めていた。


「笑うなと言ったのに、また笑っている」


「……ああ、すまない。あまりに愛おしくてな」


アズールが再び彼女を抱き寄せようとした、その時である。

彼の背後にあった離宮の窓が、風も吹いていないのに小さく震えた。


ちょうどその時刻、後宮の東端。

アズールや正妃シファ妃からも厚い信頼を寄せられていた第四妃の私室では、新年を祝う華やかな装飾が、突如として惨劇の舞台と化していた。

静まり返った部屋の奥で、第四妃が苦しげに喉をかきむしり、その場に崩れ落ちた。続いて上がる、侍女たちの絶望的な悲鳴。

しかし、それは離宮まで届くことはない。

侍女らが泣き崩れ、第四妃の体が冷たくなっていく様子を、開け放たれた窓から冬の冷たい風だけが、無表情に眺めていた。


離宮の暖かな空気の中で、アズールとエメロードが互いの体温を確かめ合っている間にも、後宮という巨大な歯車は、第四妃の死を合図に、その歯を噛み合わせて軋み始めていた。

二人はまだ知らない。

この静かなる死の幕開けが、やがて後宮全体を飲み込む『毒殺劇』のプロローグであることを。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)


相当書き溜めてあるので投稿が一気に


まだまだある…


誤字脱字チェックをしてからの投稿


長年小説を書いてる、職場の友人に手軽に読んで、批評してもらう為の初の小説家になろう使用でした

すごく使いやすい…

もっと早く使えばよかった!

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