後宮編 第21章:冬至の夜の始まり③
冬至の夜、一年で最も長く、最も闇の深いその刻限。
宮殿の喧騒は遠ざかり、離宮という閉鎖された聖域は、ただ二人の荒い息遣いと、蝋燭が蝋を落とす微かな音だけに支配されていた。
アズールはもはや、自分が何者であるかを忘却していた。
政敵との抗争の苛烈さ、統治者としての重圧、そしてこの胸を焼き焦がし、正気を蝕んでいた焦燥――そのすべてを、一刻も早くこの女の中に叩き込み、魂の底から引き剥がしたかった。
彼にとって、今夜のエメは計画のための駒でも、愛でるべき宝飾品でもなく、この苦痛から自分を解き放つ唯一の出口だった。
「……っ、アズール……?」
エメの不安げな声が、静かな部屋に小さく響く。アズールは、戸惑う彼女の華奢な手首を、大きな手でそっと、しかし逃さぬように捕らえた。
青白い指先に唇を寄せ、そのまま距離を零まで縮める。アズールとエメの視線が絡む。
そこにあるのは、かつて冷静さではない。
飢えきった獣が獲物を前にしたときのような、冷徹なまでの欲望と、切実な渇望が混ざり合った濁った火だ。
エメは、自分を覆う男の顔を見て、初めて悟った。
この夜、自分の身に降りかかるのは〝ごっこ遊び〟ではない。
取り返しのつかないものなのだと。
アズールは彼女を強く抱きしめた。
熱い吐息が互いの肌を掠め、エメの細い身体が震える。彼女の声が、離宮の厚い壁に吸い込まれるように消えていく。
外の廊下に控えていた乳母イザベルは、その気配を察した瞬間、ただ黙して目を閉じ、静かに祈るように両手を組んだ。
エメラルドの瞳が限界まで見開かれ、虚空を彷徨う。アズールの逞しい背中に、彼女の爪先がわずかに食い込んだ。
かつてこれほどまでに余裕を失い、相手の痛みすら顧みることなく求めた経験など、傲慢な支配者である彼には存在しなかった。
彼の衝動は、彼女の心には度を超えた熱量だった。
アズールはエメの細い肩を掴むと、彼女の魂を揺さぶるようにその身体を強く抱きしめた。
寝室に響く息遣いは次第に乱れ、やがてただの断続的な吐息へと変わっていく。
一方的な執着。
一方的な充足。
アズールは、自らを焼き尽くす飢えを癒やすために、彼女という存在を強く揺さぶった。
対してエメは、いまだ無意識に仄かな恋慕を抱いていたアズールが何故これほどまで自分を追い詰めるのか、その意味すら理解できぬまま、ただ嵐に飲み込まれる小舟のように揺れ続けた。
夜は更け、激しい熱が二人の間を満たしていく。アズールにとって、それは永劫に続くような渇望の充足であり、エメにとっては、獣性を剥き出しにした男が自分を追い詰めるという、理解不能な苦行の夜だった。
寝室の中には、二人の心身の乖離が重苦しく澱んでいる。
アズールの執着はなお満たされず、エメロードの純粋さは無残に踏み荒らされた。
やがて外が白み始め、夜が終わりを告げても、二人の間に生まれた決定的な溝が埋まることはなかった。
アズールは、自らの理性と引き換えに手に入れた悦楽の余韻に身を任せながら、横たわるエメの姿を満足げに、しかしどこか虚ろな瞳で見つめていた。
その一方で、エメは目覚めることのない悪夢に捕らわれたかのように、ただ静かに唇を噛み締め硬直していた。
冬至の祭りの夜に交わされたのは、愛の誓いではなく、一方的な支配と、それによって引き裂かれた認め難い、あるいは無意識な初恋の終わりの儀式だったのである。
はい…もちろん…こちらも読ませた、グー太郎大先生から大変厳しく叱られました。
なので、何回も書き直してR15バージョンになりました。
「大丈夫。」いただくまで……何回も書き直しました。




