表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/73

ふと浮かんだ疑念

エメロードは、アズールが部屋を出て行ったあとも、しばらくその場に座っていた。

紅茶のカップを両手で包み込み、湯気を見つめながら、先ほどの会話を反芻する。毒は純粋だ、と断言した自分の言葉。アズールの、一瞬だけ苦しげに歪んだ表情。あのときの彼の目は、いつもよりずっと冷たかった。


(……怒らせちゃったかな)


小さな声で呟き、カップを置く。鼻がむずむずして、また「ぐしゅん」とくしゃみが出た。〝強力鼻水枯渇丸EX〟は結局見つからず、仕方なく新しい実験ノートを開く。けれど、文字がうまく頭に入ってこない。

アズールは、いつもならすぐに戻ってきて「おかわり、いりますか」と声をかけてくるのに、今日はなかなか姿を見せない。


――その日から、エメロードは少しだけ、アズールの行動を意識するようになった。

彼は、決して長時間いなくなるわけではない。朝はきちんと紅茶を淹れ、昼過ぎには研究室に顔を出し、夜は静かに部屋へ戻る。表面上は、何も変わっていない。

それでも、やはり時折。


「少し外の空気を吸ってきます」


そう言って出て行ったきり、小一時間ほど姿を消すことがあるのだ。戻ってきたときには、いつもの穏やかな微笑みを浮かべていて、どこかへ行っていた気配すら感じさせない。

靴に泥がついているわけでもなく、服に煙草や香水の匂いが残っているわけでもない。ただ、どこか……視線が、わずかに疲れたように、遠くなっている気がした。


ある午後。

エメロードが新しい毒草の栽培記録をつけていると、アズールが静かに近づいてきた。


「エメ、やはり風邪ですか。さっきから顔色が少し悪いようですね。生姜シロップ入りの紅茶を淹れましょうか?もちろん、砂糖はたっぷりめに。」


「ええ?  大丈夫だよ。ちょっと最近、研究資金が足りなくて……売るための薬を開発してたらさ。寝不足になっちゃって」


彼女は厚底眼鏡を押し上げ、アズールの顔を見上げる。いつもと変わらない優しげな表情。

けれど、その濃青の瞳からエメロードに向けられる視線は前ほど焦点が合わず、声音は少しだけ冷たく感じた。


「……アズール」


「はい」


「最近、よく出かけるわね」


アズールの形の良い眉が、わずかに動いた。すぐに、柔らかく微笑み直す。


「屋敷の周辺を把握しておいた方がいいと思いまして。まだまだ慣れてないので、道に迷わないように」


「ふうん、そうなんだ……」


エメロードは、ペン先でノートの端を軽く叩いた。嘘ではないのだろう。事実、彼は異国人で、この辺りの地理に詳しいはずもない。それでも、何か引っかかる。


(……本当に、それだけ?)


アズールは、彼女の沈黙に含まれる疑念を察したように、少し腰を屈めて目線を合わせた。


「心配させてしまったなら、すみません。これからは、もう少し散策は短くするようにします」


「ううん、心配ってほどじゃないわ。ただ……」


エメロードは言葉を濁し、視線を毒草に戻した。紫がかった葉の銀色のうぶ毛が、差し込む光を受けきらきらと輝いている。


「ただ、急にいなくなると、ちょっとだけ気になるの」


アズールは一瞬だけ、何かを言いかけて口を閉じた。そして、いつもの穏やかな声で続けた。


「わかりました。次からは、行き先を伝えてから出るようにします。それでいいですか?」


「……うん」


エメロードは小さく頷いた。アズールはそれで納得したように一礼し、静かに部屋を出ていく。

彼の背中を見送ったまま、エメロードはしばらく動かなかった。


(行き先を伝えて、か)


先日の毒の話しから、アズールは優しいのにどこか冷たい。ペンを握る手が、わずかに力を込める。

散策?

それなら、それでいい。ただ、もし――本当にただの散歩なら、なぜ、戻ってきたときの彼の目が、時々、こんなにも静かで、冷たいのだろう。

エメロードは眼鏡の位置を直し、再びノートに目を落とした。記録すべき数字が、今日は少しぼやけて見えた。


挿絵(By みてみん)

8/9 挿絵追加


エメは天才です(たぶん)天然で優しいです(お、おそらく)でも、自分の好きな分野に関わると理性が吹っ飛ぶタイプです。

対してアズールは冷静な人です。

自分をひたすら押し殺すことに慣れています。

物語は正反対なふたりが出会うから、感情のぶつかり合いも生まれて楽しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ