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後宮編 第1章:紅蓮の檻と沈黙の三ヶ月②

アズールは執務室の深紅の絨毯の上で、重厚な椅子に深く背を預けていた。

窓の外には広大なイスファーンの街が広がる。


「――以上が、この三ヶ月間の国内情勢と、各派閥の動きです」


配下らが告げる、政敵の動きを始めとした重要な事柄を脳内で手早く整理する。

後宮の件については、宦官長の報告を淡々と聞き流すアズール。


彼にとって、後宮の女たちの動きは目に余らねば、そこまで重要ではない。

正妃シファが背後に抱える軍門の勢力、次々と寝室に召し出される側室たちが握る生家の権益。

アズールはそれらをパズルのピースのように組み替え、誰を寵愛し、誰を放り捨てるかを冷静に計算していた。

女たちが競い合う美貌や蠱惑的な肢体など、アズールにとっては権力の重みに比べれば塵に等しい。

しかし、その計算ずくの日常において、唯一、アズールの理性を脅かす存在があった。


(……あのミリアムの令嬢、もう三か月か。

慣れない場所ですぐに弱音を吐くかと思えば…そんな報告も一切ない。

変わった女だ…実に…)


ふと、執務室の窓越しに、後宮の最外縁にある簡素な建物を見つめる。


「……おい」


アズールが低く呼びかけると、子飼いの宦官が現れ跪いた。

「はっ、御意のままに」


「……あのミリアムの令嬢、エメロードの様子はどうだ」


「相変わらず、外へ出ることは稀でございます。夜な夜な地下へ向かうほかは、質素な部屋で薬草の標本を整理し、静かに過ごしております。他の側室たちの嫌がらせにも、ただ淡々と応じるのみで……」


宦官の報告を聞きながら、アズールは指先で椅子の肘掛けを叩いた。

表面上は冷徹な仮面を保っているが、その内心では微かな波紋が広がっていた。


(三ヶ月だ。

政敵の目を逸らすための冷遇とは言え、あまりに簡素すぎるか……)


アズールは、かつて自分が生きた、毒と飢えにまみれた凍てついた日々の記憶と、エメロードの姿を重ねてしまった。


ミリアムの王族の血を引く彼女に、あのような場所は似つかわしくないかもしれない。

駒を傷つけないための戦略だと自分に言い聞かせてはいるが、心の中に巣食う何かが、その言い訳けを突き崩してくる。


「……食事は。栄養は足りているのか」


「はい。毒見も欠かしておりません。ただ……」


宦官が言い淀むのを見て、アズールは鋭く視線を投げた。


「何か隠し事か」


「いえ、ただ、あのお方は非常に質素な暮らしを好んでおられるようで。

殿下より賜る下賜品よりも、勝手に採集している、庭の草や木の実に目を輝かせておいでです」


アズールは、ふと喉の奥で冷笑を噛み殺した。彼女らしい、という感情がよぎる。

政敵らを出し抜くために必要な道具でありながら、その中身は驚くほどに無垢な研究者。


「……ならば、南の庭園に面した離宮の書庫を開放してやれ。

必要な書物や、最高級の研究用具も送っておけ」


「しかし、それは他の側室たちの反感を……」


「目立たぬようにすればよい。」


アズールは立ち上がり、第三妃ミリファを召し出すべく、重厚な扉の方へと歩き出した。

その表情は、いつもの感情を削ぎ落とした冷静なファールスの世継ぎのものだった。

しかし、その濃青の瞳の中には微かな揺らぎが映る。


(あの娘の知恵が、俺の復讐を助けるのだ…ならば、褒美は与えるべきだろう)


その建前の裏側に隠された、わずかな揺らぎ。

アズールはそれに気づかぬように自らに蓋をして、今日も偽りの愛を振る舞うために、赤毛の妃が待つ寝室へとその足を向けた。

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