後宮編プロローグ:赤き砂塵の洗礼
ファールス王国の北方に位置する世継ぎの領地、交易都市イスファーン。
バザールの喧騒とスパイスの香りが混じり合い、ミリアム王国とは対極にある、熱狂と欲望が渦巻く巨大都市だった。
アズールが黒馬を駆り、威容を誇る世継ぎの宮殿へと近づくにつれ、沿道に詰めかけた群衆は一斉にその場の空気を凍らせた。
歓喜の雄叫びを上げる者、あるいは恐怖に満ちた目で必死に視線を逸らし、地に平伏す者。
アズールは誰一人として顧みることなく、ただ冷徹な眼差しで、前方の巨大な石門を見据えている。
エメロードは、アズールの広い背中にしがみつき、その圧倒的な熱量に息を呑んだ。
城門を潜り、宮殿の石畳を馬が踏みしめる。
エメロードは、アズールの背中に顔を伏せながら問いかけた。
「……アズール。私を、どうするつもりなの?」
彼女はまだ、目の前の男がファールスの世継ぎだという事実を、どこかで否定したかった。
これが終われば、また以前のように、研究室で静かに毒草を育て、彼が微笑んでくれる日常に戻れると信じたい気持ちでいっぱいだ。
だが、周囲の兵士たちが畏怖の念を込めて彼を「世継ぎの君」と呼び、深々と頭を垂れるたび、その期待は粉々に砕け散る。
そして何より、エメロードの心には、ファールスという国の根底にある一夫多妻制という、ミリアムの宗教的な価値観からすれば背徳的で不浄な制度への嫌悪が渦巻いていた。
彼女にとって、愛とは番であり、一対一の結合であるべきもの。
数多の女を囲い、権力闘争の道具とするこの国の在り方に、彼女はどことはなく生理的な拒絶反応を感じていた。
「……私を、側室のひとりにするの? それとも……」
アズールは手綱を握り直し、宮殿の奥深くに広がる、巨大な後宮の尖塔を見据えた。
三〇〇人の側室が毒と爪を隠して待ちわびる、血の海。
彼にとってそこは、戦場よりもよほど気の重い場所だ。
アズールはしばらく黙り込み、乾いた風が二人の間を通り抜けた。
彼は、背後で震えるエメロードの気配を背中に感じながら、低く冷徹な声で一言だけ告げた。
「……おまえしだいだ」
「……何?」
「俺の所有物として檻の中で腐るか、あるいは……おまえの力で、活きるか」
アズールは馬を止め、振り返ることもせず、宮殿の重厚な扉の向こう側へと視線を向けた。
「その天才的な頭脳を使って、この地獄を塗り替える気があるのなら、俺の背後をおまえに預けてやる…」
アズールは手綱を預け、馬を降りると、地面に足をつけた。
イスファーンの赤土が、エメロードの繊細な靴を汚す。
「ようこそ、イスファーンへ。……ここからは、おまえ自身の才能でこの地獄を生き残れ」
アズールは冷たく言い放ち、エメロードを振り返ることなく、巨大な城門の奥へと足を踏み入れた。
その後ろ姿は、炎の中を悠然と歩む魔王のようであり、同時に、何ものにも頼らずに地獄を生き抜いてきた孤独な亡者のようでもあった。
エメロードは、足元の赤土と、眼前にそびえる巨大な宮殿を見つめ、ただ立ち尽くしていた。
Pomezoも一夫多妻はいや…
でも設定的にアズの年齢で、世継ぎなら正妻も妃も子も普通にいないと、変…悩んだ。
後半、Pomezoの葛藤はエメとアズのジレンマ、溝に変換
いややん、一夫多妻…




