#13 気付かぬ炎
基地の奥――コンテナをすり抜け、煌真は雷を纏って椎尾を追っていた。
「逃げんなよッ……!」
掌からバチバチと紫電が弾け、金属壁を焦がす。ぎりぎりで背中に追いつけそうな距離――
その瞬間。
ゴォォォォォォ―――ッ!
視界が橙色に染まった。
「……っ!?」
煌真は反射的に足を止めた。
目の前――通路いっぱいに、火が燃え盛っていた。まるで業火の壁。迂回も躱す隙もなく、燃え上がる炎はすでに“前から”燃えていたように、床には焼け焦げ、天井には煤がまとわりついている。
なのに、煌真は――
(……今まで全然気づかなかった……!?)
雷の放電で、感覚が鈍っていたわけではない。目立つ炎だ。普通なら視界の端で気づいているはず――なのに。
観戦ルーム。
「……何にも起きないね。あの人、無能力者なんじゃない?」
千紗が退屈そうに呟く。
だが葵生は、眉を寄せたまま小さく首を振る。
「……もう使ってるよ。あれは――」
陽も、気づき始めていた。
(…そうか。そういう能力か……!)
再びシミュレーター内。
煌真は火の壁の前で足を止めたまま、焦りに歯を食いしばっていた。
「おい!逃げっぱなしとかダセェぞ!」
その声に応えるように、火の向こうから椎尾の声がした。
「……逃げてねぇよ」
その声色は静かなのに、不気味なほど“確信”に満ちていた。
「お前が、勝手に道を間違えただけだ」
煌真が目を細めた瞬間――
背後から、熱風が吹いた。
「――ッ!?」
振り返ると、来た道にも火が走っていた。気づけば、自分は炎に囲まれている。
まるで――
火の迷路に迷い込んだかのように。
炎に囲まれた状態でも、煌真は焦らず腕を組んだ。
「……なるほどな。アンタの能力――炎か?」
その問いに、炎の向こうからくぐもった笑い声が返ってきた。
「はは、マジで言ってんのか、お前」
「これだけ火出してりゃそうだろ!」
「――だったらそれは、大間違いだ」
その声色は笑っているのに、どこか冷たかった。
「ヒントをやるよ」
炎に照らされた椎尾の影が、わずかに揺れる。
「お前は炎を見てから驚いたんじゃねぇ。炎があるのに気づかなかったんだ。鼻が利かねぇわけでもねぇくせにな」
「……!」
煌真の表情が固まる。
(たしかに――)
鼻を鳴らしてみる。
……無臭。
焦げた金属の匂いも、燃えるコンテナの臭気も――何も感じない。
(……さっきまで匂ってたよな。雷で鼻が飛んだわけでもない)
思考が結びついた瞬間――
煌真はニッと笑った。
「へぇ……つまり、嗅覚を奪う能力ってわけか?」
挑発気味に言い放ったその一言に、対する椎尾は――
笑っていなかった。
低く、乾いた声で。
「――それだけで済むなら、俺はとっくに第12班で“無能”扱いされてるだろうが」
その瞬間、ゾクリと背中を冷たいものが走る。
炎の熱気とは別種――“本能”が覚える危険信号。
(……嗅覚だけじゃないのか……?)
煌真の笑みが、静かに消えた。




