8話 ~病気~
ブラックウッド村を見下ろす小高い丘の上に建っているのは、この地を納める領主の館。
窓から差し込む朝の光りに照らされる食堂にやって来たのは、悪趣味といえるほどに豪奢な赤のガウンを着た頬肉の垂れさがる初老の男。その顔はどこか蛙の化物に似ていた。
「うっしっし………うまそうだ、実にうまそうだ」
領主ダルマの目の前には、朝食にしては豪華すぎるメニューが並んでいる。
分厚く切られたカリカリの塩豚のベーコンに、肉汁あふれるカンバーランド・ソーセージ。新鮮な卵を使った熱々のスクランブルエッグに、バターで香ばしく炒めたマッシュルームと焼きトマト。さらには、輸入ものの珍しいオレンジ・マーマレードを極厚の焼き立てパンにたっぷりと塗り、あつあつのスコーンには濃厚なクロテッドクリームが添えられている。
「さて、と………どれから食ってやろうか………」
ダルマの涎が真っ白なテーブルクロスに落ちたその時、燕尾服を着た執事が飛び込んできた。
「旦那様!大変で御座います!」
「食事の最中にいきなり入ってくるとは何事だ、コウボウ!」
「申し訳ございません。しかし今、王都の『王立サンピエトロ学院』から派遣された生徒たちが屋敷に到着いたしました。一行はダルマ様との面会を求めていらっしゃいます」
「サンピエトロ学院の生徒だと………?」
ダルマは、皿から目を切ることもなく、面倒そうに鼻を鳴らした。
「追い返せ」
「へ?」
「そんな奴らにかまっている暇はない。追い返せと言っているのだ」
「なっ……! 旦那様、それはいかがなものでしょうか。王立サンピエトロ学院といえば、王都の上流貴族や有力者の子息が多数通う名門中の名門。理由もなく追い返すことは無礼に当たります」
「無礼だと? 人の食事の最中に押し寄せてくる奴らこそ、よっぽど無礼千万ではないか」
「仰ることはごもっともだとは思いますが、彼らは国家のため、遠路はるばる盗賊討伐へと駆けつけてくれたわけです。少しは彼らの面目も立てて差し上げるべきかと……」
「ふん! 何が国家のためだ。奴らはただ、己の売名と名誉のために動いているに過ぎん。盗賊討伐だと? 必要があればそんなものは当家で処理する! ガキのくだらんままごとに付き合わされるこちらの身にもなってみろ、迷惑極まりない!」
「しかし……」
「だったら病で伏せっていることにでもしておけ! それならば角も立たんし、十分な言い訳になるだろう」
「ですが……っ」
「いいからさっさと行って追い返してこい! 本当なら、これくらいの判断は言われる前にお前自身で処理してもらいたいものだな。そのために安くない給金を出しているのだからな。分かったらさっさと行け!」
「……承知いたしました」
コウボウは深いため息をつき、主人の命に従って応接控室へと向かった。
(せっかく村のために遠路はるばる来てくれた生徒たちに嘘をついて追い返すのは辛いな………)
執事であるコウボウは学院生たちを待たせている応接室の扉の前で立ち止まると、ひとつため息をついた。
「お待たせいたしました……」
それでもコウボウは意を決し、うやうやしく控室の重厚な扉を開けた。
そこは豪華絢爛な応接室だった。
磨き上げられたオーク材の壁には金色の額縁に入った油絵が飾られ、足元には毛足の長いペルシャ絨毯が敷き詰められている。そして天井からはクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、棚には銀器や東洋の磁器が所狭しと並べられていた。
――足を踏み入れた瞬間、コウボウの背筋に冷や汗が吹き出した。
(な、なんだ……この殺気は……!?)
部屋にいたのは、四人。
通されたソファに腰掛ける彼らから放たれる雰囲気は、コウボウが想像していた「温室育ちの世間知らずな学生たち」とは根底から異なっていた。
顔に無数の傷痕を刻み、獲物を狙う猛獣のような鋭い目つきでこちらを睨みつける戦士の風貌をした男。
ひょうひょうとしながらも、どこか捉えどころのない薄笑いを浮かべ、獲物の隙をうかがうような雰囲気の男。
学院生たちとは一味違う迫力を持ち、壁際に腕を組み、プロの刺客特有の静かな威圧感を漂わせる男。
そして――深くソファに沈み込み、真っ黒な目ででドス黒いオーラを放っている男。
(こ、これが学院の生徒……!? どう見ても修羅場をくぐり抜けてきた凶賊の類ではないか……!)
コウボウの膝がガクガクと震え出しかけた。
だが、主人であるダルマから叩き込まれた言いつけを思い出し、彼は喉の渇きを覚えて唾を飲み込むと、努めて厳めしい声を絞り出した。
「……ゲホン! えー……当家の主はただいま病床に伏せっておりまして、お目にかかることができません」
虚勢を張るコウボウの言葉が静かな室内に響いた瞬間、殺気はさらに高まった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。




