7話 ~ひと悶着~
学院の一室。重厚な扉を開けたゴライアスを待っていたのは、風変りな三人だった。
一人目は、顔に痛々しい傷痕を刻む、歴戦の猛者という表現がぴったりでベテランの傭兵と言われても違和感がない。しかし制服を着ていることから上級生だろうと分かる。
二人目は、マッシュルームカットをした長身で細身の男。おしゃれな店のバーテンダーと言われても違和感がない。この人も制服を着ているから、恐らく上級生だろう。
そして三人目は、壁際に腕を組んで佇む男――服装、年齢共に明らかに学院生ではない。かといって教師と言う感じでもない。冒険者か護衛かはたまた傭兵か。いずれにしても現役の戦士だろうと思った。
「やあ、君が三人目の仲間かい? 僕は二年のフワリング、よろしくね〜」
マッシュルームカットの男が軽い調子で握手のための手を差し出してきた。この三人の中では一番接しやすい性格をしているようだ。
(ただ……この男が、三人の中で一番注意すべき相手だな)
ゴライアスは直感的に、このマッシュルームカットの男だけが「貴族」だと確信した。今まで数多くの貴族やその子息を見てきた経験から、身にまとう特有の空気で判別できた。
貴族社会における上下関係は絶対だ。そしてその階級は、学院の学年などよりも遥かに大きな意味を持つ。
それを考慮すると、このフワリングという男は上級生であり、かつ実家の爵位も自分と同等かそれ以上である可能性が高い。
こういうタイプがフレンドリーに接してきたからといって、鵜呑みにして調子に乗るのが一番危険なのだ。それは巧妙な罠であり、一度でも対等な口調や態度のミスを犯せば、後からどんな言いがかりをつけられるか分かったものではない。
ゴライアスは一瞬で警戒レベルを跳ね上げると、極めて慎重かつ隙のない態度を崩さず、
「……よろしくお願いします」
そう静かに告げ、フワリングの手を握り返したのだった。
「フン……ようやく揃ったか。俺は三年のグラディウスだ」
二人の空気を打ち破るように声を出した男の胸元には、すでに最高ランクである『国家貢献学院生認定勲章』の金色のバッジが輝いていた。
「ついでに俺も自己紹介させてもらおうか。俺の名前はホーチミン。学院から依頼を受けて着た冒険者だ。今回のミッションの監視役をさせてもらう」
明らかに学院生ではない男が余裕を感じさせる口ぶりで言った。やはり冒険者か。ゴライアスは自分の予想が当たったことに満足感を覚え、そして安堵した。
最初は三人だけで盗賊狩りに行かせるのかと思っていたが、さすがにそこまで無謀なことは言わないようで、現役の冒険者という保険を用意してくれていた。
これでもし、自分以外の学院生が全くの役立たずだった時にも、何とか対処ができるだろう。
「最初にまず、お前達に言っておきたいことがある………」
胸に金バッジを付けたゴライアスは全員の顔を見渡しながら、はっきりとした口調で言った。
「俺は過去に六度、盗賊討伐をこなしている。子のバッジがその証拠だ。よって、このチームのリーダーは俺がやる。作戦も指示もすべて俺に従ってもらうぞ」
「は〜い、僕はそれでいいよ〜。グラディウス先輩についていきま〜す」
フワリングは即座に両手を挙げて同意した。この二人はすでに知り合いだったのか、あるいはともに盗賊討伐の経験があるのか分からないが、フワリングの言葉はゴライアスにとっては少々意外だった。
貴族は面子を大事にする。子供でも知っているこの世界の当たり前だ。それなのにあっさりとリーダーと言う立場を平民に譲るというのは、普通の貴族であれば考えられない。
それに対しては冒険者ホーチミンも異論はない様子だ。やはり過去の実績からグラディウスが適任だと思っているのか、それともどうでもいいと思っているのか。
ここで空気を読めない人間が口を開いた。
「断る」
故郷では「偉そう」「生意気」などと陰口を叩かれる生まれながらに偉そうな奴こと、ゴライアスだ。
「僕が他人からあれこれ指図されるのは性に合わないんでね。指示なんぞに従う気はない。僕は僕の好き勝手にやらせてもらう」
「……何だと?」
グラディウスの眉間に深いシワが寄り、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
「おい一年……俺が平民だからと言って舐めているのか? 知識もねえ癖に身分だけでイキがる奴は反吐が出る。だから貴族のガキは嫌いなんだ」
殺気立ったグラディウスが、愛用のナイフの柄に手を伸ばす。
しかし、ゴライアスは恐怖で引きつるどころか、心底心外だと言わんばかりに不機嫌そうに言い返した。
「ハッ、自意識過剰だな! 僕はただ、『必要がない限り誰にも従いたくない』と言っているんだ!」
「……あ?」
「そこまでにしてもらおうか。血気盛んなのは結構だが、身内で潰し合われては困る」
通る声で制したのは、ホーチミンだった。
若いながらも引き締まった体躯と、長年の修羅場をくぐってきた男特有の頼もしい佇まいをしている。彼は二人の間に立つと、テーブルの上に数枚の資料を広げた。
「まずは今回のターゲットについて説明する。依頼をよく聞いてから喧嘩でも何でもすればいい」
生徒たちの反応を見て、特に反対意見が無いようなので説明を続ける。
「ターゲットの盗賊組織は『龍の髭』。構成員は八名。王都から徒歩で三日ほどの岩山に潜伏している。主に行っているのは人攫いだ。身代金を要求し、支払わなければ容赦なく殺す凄惨な連中だ」
そこまで言うと、ホーチミンは資料の一角を指で叩いた。
「さらに厄介なことに、奴らは『魔銃』で武装している」
「たしかにそれは厄介だな」
グラディウスが眉をひそめる。魔銃といえば、魔力を弾丸に変えて放つ凶悪な兵器だ。
「そうだ。だから非常に危険な相手と言える。……言っておくが、もし君たち学院生が逆に誘拐されるような事態になれば、学院にとって大恥だ。それが貴族ならなおさらで、一生の笑いものになるだろうな」
ホーチミンは冷徹に現実を突きつける。
「『龍の髭』には百五十万ゴールドの懸賞金が掛けられている。生死は問わない。八人のうち六割以上……つまり五人以上を戦闘不能にすればミッション達成だ」
ホーチミンが淡々と突きつけた冷徹な現実。その言葉を聞いた瞬間、グラディウスは短く鼻で笑った。
「フン……生死不問と言っても、盗賊討伐においてそれは『全員皆殺しにしろ』と言っているのと同義だな」
「ほう?」
「生かして捕らえる方が、殺すよりもはるかに難しい。反撃の危険を残したまま生捕りにする余裕なんて、実戦にはねえよ。手加減して殺されるくらいなら、最初から首を撥ねるのが一番確実で安全だ」
実戦の泥臭さを知り尽くしたグラディウスの言葉に、ホーチミンは満足そうに深く頷いた。
「さすが、六度のミッションを達成しているだけあって良く分かっているじゃないか。その通りだ」
ホーチミンは資料の束をトントンとテーブルに押し当てて整えると、さらに表情を硬くして言葉を続けた――。
テーブルの上には、主要メンバー三人組のリアルな似顔絵と、彼らに惨殺された被害者たちの名前がズラリと並んだ犠牲者リストが置かれていた。
「……」
「……どうした?」
ラディウスが怪訝そうな顔でゴライアスに声をかけた。さっきまでの勢いはどこへやら。日が経った茄子のような顔をして視線を下に向けていた。
「……どうやら、リーダーはグラディウス先輩が最適かもしれないな」
ボソリと漏らしたゴライアスの言葉に、グラディウスはいぶかしげに眉をひそめる。
先の情報によればこの一年坊主は入学試験の戦闘評価で『満点(特A)』を取ったらしい。リーダーを名乗り出た時に真っ先に反発してくるだろうと予想はしていて、実際その通りだったが、まさかこんなにも早く撤回するとは思ってもいなかった。
「なんだ急に……怖気づいたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、嫌な予感がした。盗賊に捕まって泣きべそをかいている情けない自分の姿が、妙にリアルに思い浮かんだというか……。まあ、とにかく頼みましたよ」
ゴライアスは敬語とため口が混ざった、おかしな口調をしている。
「……俺は平民だぞ。それでもいいのか?」
「前にも言ったが、そんなことは関係ない。作戦を成功させる自信があるのなら、君が仕切ればいい。……僕には、どうしてもバッジが必要なんだ」
「いいだろう」
嘘をついているようにも、何かを企んでいるようにも見えなかった。(こいつ、大丈夫か………?)グラディウスは僅かに戸惑いを覗かせながらも、重々しく頷いたのだった。
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