21話
夜の帳がブラックウッド村を完全に覆い尽くした頃、モース警部が泊まる客室の窓に「コツン」と何かがぶつかる小さな音が響いた。
窓を開け放ち、外の異変を探るように暗闇へ目を凝らすと、森の一部が不自然にざわめき揺れているのが見えた。
「来たか……」
モース警部はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、即座に思考を巡らせた。
(問題は、部屋の扉の外で見張っている兵をどう排除するかだ……)
わずか一分ほどで肚を決めたモース警部は、隣の部屋と接する壁をトントンと指でノックした。
(気づいてくれよ、ヤスリ)
これまで苦楽を共にしてきた優秀な部下の顔を思い浮かべながら待つと、まもなく向こう側の壁からも返答のノックが返ってきた。
「よし……」
モース警部が部屋の扉を開けると、魔銃を抱えた監視の兵士が鋭い視線を向けてくる。
「年を取ると便所が近くなってかなわん……」
いつもより意図して大きめの足音を立てながら兵士の前を通り過ぎた、まさにその瞬間だった。
隣の部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「っ……!?」
兵士が驚いてそちらへ意識を割かれた一瞬の隙を逃さず、モース警部は一気に牙を剥いて飛びかかった。
◇
兵士をシーツでぐるぐる巻きにして部屋の中へ放り込んだモース警部は、久しぶりの自由な空気を噛み締めながら宿を出た。
表で待つことしばし、目的の人物はすぐに姿を現した。
「今日はなかなか良い月が出ているな」
芝居がかった台詞を吐きながら森の影から姿を現したのは――「水の天才」「ワガママ野郎」といった数々の異名を持つ少年、ゴライアスだった。
「――いやあ、無事なお姿を見て安心しましたよ。もしかしたら一人で王都へ逃げ出されてしまったのではないかと、ヒヤヒヤしておりました」
暗がりの中、モース警部は少しだけ冗談交じりに胸を撫で下ろしてみせた。ゴライアスはフンと鼻を鳴らし、呆れたように肩をすくめる。
「逃げるわけないだろ。……『金色バッジ』をゲットする絶好の大チャンスなんだからな」
「おや、捕らえられたご友人方を助けるため、ではなくて?」
モース警部がうっすらと探るような視線を向けると、ゴライアスはあっけらかんと言い放った。
「それほど親しいわけじゃない。あいつらとは数日前に初めて会ったばかりだしな」
「ふむ……まあ、そういうことにしておきましょうか」
モース警部は口元に笑みを浮かべ、それ以上は深追いしなかった。
「さて、現在の状況ですが……順調にいっていれば、今日中には私が要請しておいた増援の警官隊がテノールの町に到着しているはずです」
「奴らに軟禁される前に、王都へ連絡できて良かったな」
「まったく持ってその通りです。やはり仕事というものは、できる限り後回しにせず片付けておくのが鉄則ですな」
ゴライアスはなるほどと頷き、本題へ入るように声をひそめた。
「警察官があいつの屋敷に強制捜査に入って、投獄されてる三人を助け出す……それで本当に大丈夫なんだな?」
「ええ。領主と盗賊団の関係を示す『裏帳簿』さえ見つけることができれば、強制捜査の根拠としては十分すぎます。もっとも……家宅捜索の手続きとしては、順番が多少前後することにはなりますがね」
「もし、その帳簿が見つからなかったら?」
「困りますねぇ」
モース警部は苦笑いを浮かべつつも、その瞳には経験豊かな捜査官としての鋭い光を宿らせた。
「ですが、探し出す自信はありますよ。我々は日々、証拠を必死に隠そうとする犯罪者どもと戦い続けているプロですからね。……それに、もし万が一にも帳簿が見つからなかった場合は、執事コウボウ氏の殺害および死体遺棄事件に容疑を切り替えるまでです」
「死体……」
「裏帳簿は燃やしてしまえば消せますが、死体はそう簡単には消せません。私の長年の勘ですが……死体と裏帳簿は、おそらく同じ場所に隠されているはずです」
モース警部は首に巻いたタオルを整えながら、ふっと深いため息を漏らした。
「……まあ、私にとっても今回は大勝負になりますよ。犯人を手際よく確保できれば昇進も見えてきますが……もし失敗した場合は……ハハ、これ以上言うのは止めておきましょう。悪い予感というものは、口に出した途端に現実になってしまうものですからね」
「クビ、か………」
「言わないようにしていたというのに、どうして言ってしまうのですか!?」
「奥さんは大激怒、娘は進学をあきらめて働きに出なくてはいけなくなるな………」
「あの………私の話を聞いていましたか?」
「いっそ、あのダルマの下で働くというのもいいかもしれんな………」
「全く、貴方と言う人は………」
ため息をつくモース警部の足元から、突然「ぢゅー! ぢゅー!」という甲高い鳴き声が聞こえた。
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