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19話

 


「おい! あいつらはまだ誓約書にサインをしていないのかッ!?」


 領主ダルマは使用人を怒鳴り散らしたが、期待していた返事は返ってこなかった。


 学院生たちとその保護者である冒険者を地下牢にぶち込んでから、すでに三日が経過している。都会の軟弱なガキなら一日もあれば泣きを入れて簡単に折れるだろう――そんなダルマの予想に反し、誰一人として従おうとする者はいなかった。


 それどころか、彼らを送り出した『王立サンピエトロ学院』からは、連日のように状況の問い合わせと圧力をかける脅しの連絡が届いている。


(こんなはずではなかった……っ)


 思い通りにいかない焦燥感が、ダルマの苛立ちを激しく煽っていた。


「――ゴライアスとかいう生徒に逃げられたのは、明確な失策でしたな」


 傍らに直立していた私兵長テントが、無表情のまま冷ややかに呟いた。あまりに淡々と満足げな雰囲気に水を差され、ダルマは眉をひそめた。


「ふん!奴の足となる馬はこちらで確保しているのだ。徒歩でそう遠くまで逃げられるはずがない。あいつは、ここから一番近い『テノールの町』にいるに決まっている」


「非常に厄介な状況です」


「何を言っている!居場所が分かっているのだから捕まえるのは簡単だろう!それなのにどうして兵は何の連絡も寄越さないのだ!」


 ダルマは咳き込むほど大声で叫んだ。


「事態はそう簡単ではありません。テノールの町には千人ほどの住人がおり、建物も密集しております。ゴライアスというガキが身を隠そうとするのなら、場所はいくらでもあります」


「それを見つけるのがお前達の仕事だろう!」


「もしかすると、今頃はとっくに王都へ向かっているかもしれません」


「あ?」


「先ほど閣下は馬を持っていないから、遠くまでは行けないはずだと、そうおっしゃっていましたが、それならば馬を手に入れればいいだけです。テノールの町にも馬はいますからな」


 ダルマのこめかみに血管が浮かんだ。


 馬鹿にされているように感じたのだ。このテントという私兵長は部下からの人望も経験もあるが、雇い主である自分に対して、時々こういう口の利き方をする。


「それをさせないために、テノールの町へ人を送ったんだろうッ!私は言ったはずだ、逃げられないように手を打てとな! まさか私の命令を無視した訳ではあるまいな!?」


「そのようなことはございません。命令のすぐ後に三名の部下を向かわせています。ですが、今のところ目立った情報は上がってきておりません」


「たったの三人だと!?その程度の人数で探せるはずがないとどうしてわからんのだ! テノールの町がでかいことなど、最初から分かっていたことだろうが!」


「もちろん分かっています」


 ダルマとしては失態を責め立てているつもりだったが、テントの表情は少しも動かなかった。


「しかし、あの街に送れる人数としては三人が限界であると私が判断しました。そしてその判断は間違っていないと今でも考えております」


「なんだと?」


「我々がいる屋敷の周囲には深い深い森が広がっていますね」


「貴様、何の話をしている」


「奴が森に潜み、我々に“奇襲”を仕掛けてくる可能性も、当然考えるべきです」


「き、奇襲だと……!?」


 思いもしなかった泥臭い戦術を突きつけられ、ダルマは思わず仰け反った。


「自らの手で囚われた友人たちを救出しにやって来る――血気盛んな若者が考えそうなことです。その万が一を想定し、この屋敷には相応の兵を残しておかねばなりません」


「何を馬鹿なことを言っている!たった一人のガキに一体何ができるというのだ」


「侮ってはいけません。たった一人とは言っても、向こうは魔法使いです。難関である王立サンピエトロ学院に入学するほどの実力を持った魔法使いです。ただのガキとは訳が違います」


「何のために高い金をかけて兵に魔銃を装備させていると思っているのだ。一発撃てば終わりだろう!」


「魔銃を装備できるのは我々だけではありません。一撃撃てば終わるのはお互い様なのです」


「貴様は馬鹿か!?人数が違うだろうが、人数が!」


「私がガキの立場であれば、マフィアに協力を要請するかもしれませんね。それで人数の差は無くなります」


「なん、だと………マフィアがガキのいう事に従うと本気で思っているのか!?」


「絶対に無いと言い切れますか?」


「そ、それは………」


「事態は閣下が考えていることよりもはるかに複雑です。我々はそういったことも考慮しながら、慎重に行動しなければいけません」


「そんなことは分かっている!」


 ダルマは悔し紛れに言ったが、そこには何の重みも感じれらなかった。


「当然ながら夜襲にも警戒が必要です。その為には兵を交代で見張らせつつ、本陣の警備を強化しなければいけません。従って、テノールの村にこれ以上の人を割くことは出来ません」


 私兵長テントの言葉には一切の迷いがなく、素人の生ぬるい指摘など端から計算済みだと言わんばかりの圧倒的な自信が満ち満ちていた。






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