1話 ~高圧的な君は~
「頑張ってねー!」
「二度と戻って来るなよー!!」
両親と仲間たちに見送られ、生まれ育った村を出て陸路と船を乗り継ぎ、ついにグレートブリンテン国の王都ロドンガの前にたどり着いた。
ゴライアスの胸は緊張と興奮で高鳴っていた。
(念願の一人暮らしが始まる……!)
そんな彼の目の前には巨大な正門と長蛇の列が横たわっていた。
検問だ。普通なら数時間、混雑時には半日近くかかることもあるという。
(よし、ここで一発ガツンと釘を刺しておくか)
これからこの街で暮らしていく以上、ここの兵士達とも何度も顔を合わせることになるだろう。
舐められてはいけない。
「人間は神の下に平等だ」などと寝言をほざき、甘やかしていれば、人はどんどん増長していく。人間とはそういう生き物なのだ。
ゴライアスは胸を張り顎を上げ、堂々とした顔を作り上げると大きな声を発した。
「おい!」
すると周囲の視線が一気に集まった。そして人の列を監視していた武装した兵士の一人が、駆け寄ってきた
「どういったご用件でしょうか?」
「ん……」
ゴライアスが差し出した指先で光っていたのは、特定の貴族家であることを示す印章指輪だった。
「これはこれは……貴族の御子息様でいらっしゃいましたか! どうぞどうぞ、こちらの優先レーンへお進みください!」
もし平民がこんなことをすれば、ぶん殴られても不思議はない。しかしながらこの世界には純然たる身分制度が存在する。平民は貴族に逆らってはいけないのだ。たとえそれが名も知らぬ地方の貴族であっても
「………」
数時間待ちを余儀なくされている平民たちの、嫉妬と恨み節のこもった視線が背中に刺さる。しかしゴライアスはそんなものを一切意に介さず、堂々たる足取りで案内する兵士の後に続いた。
(よしよし、僕の『貴族っぽい演技』もなかなかのものだな……)
ゴライアスは満足そうに頷いたが、普段の彼を知る者なら「いつもと何一つ変わらないじゃないか」と笑った事だろう。彼は普段から相手が誰だろうと、何となく偉そうなのだ。
こうしてゴライアスは順調に新たな居住地である王都の中に入ることとなった。
◇
「ちくしょう………」
その尊大な後ろ姿を見送りながら、若手兵士のザンギが深くため息をついた。
「……先輩。俺、なんか悔しいっすよ。いくら貴族だからって、どうして俺たちがあんなガキにまでへこへこしなくちゃいけないんですか」
先輩兵士のミドロはくすりと笑うと、苦笑交じりにザンギの肩をぽんと叩いた。
「気持ちは分かるよ。だがな、あいつはただの貴族のガキじゃない。『王立サンピエトロ学院』の生徒だ。鞄の中に入ってた制服がそうだった。つまりそれがどういうことか分かるよな?」
「……エリート魔法使い様、ってことっすね」
「そういうことだ。昔は貴族の子息なら馬鹿で無能でも入れたが、今は違う。優秀であれば平民の子でも入ることができる超狭き門だ。むしろ貴族の子弟の方が厳しいって噂まであるくらいだからな。そこを突破したってことは、さっきのガキ……ただの親の七光りじゃなくて、自力でその座を勝ち取った本物の天才ってことだ」
「はぁ……そうっすか……」
ザンギはまだどこか納得いかなさそうな顔をしながらも、渋々といった様子で頷いた。
「それにあいつはなかなか分かってるやつだ」
「賄賂貰えたんですか?」
ミドロは悪い笑顔を浮かべ、ポケットから取り出したものを掲げた。
「どうよ!」
「おー!大銀貨っすか!」
検問といえば賄賂――ひと昔前なら、兵士が通行人から小遣い銭を受け取るなど日常茶飯事であり、ごく当たり前の光景だった。しかし時代は変わり、今や規則は厳格化され、賄賂の授受は固く禁止されている。
その理由は、実に実務的なものだった。賄賂さえ払えばあっさり検問をスルーできたため、街の中で重大な事件を起こす危険人物が紛れ込むようになってしまったからだ。
市民たちにとってみれば喜ぶべきことだろう。――しかし問題は「兵士たちの給料が一切増えていない」ということだった。
臨時収入を断たれた兵士たちが生活に困窮するのは目に見えている。結局、ダメだと頭では分かっていつつも裏で手を出してクビになる者が後を絶たなかった。
しかし、ミドロの持論は少し違った。
(向こうから『どうしても』って渡してくるのを受け取るくらい、少しくらい大目に見てもバチは当たらないだろ)
もちろん、凶悪な犯罪者を街に招き入れるような真似は論外だ。だが――今回の相手は、他ならぬお貴族様である。向こうが好意や心付けとして差し出してきたものを「規則ですから」と無下に突っぱねる方が、よっぽど不敬にあたるのではないか。
そう、自分は決して汚職に手を染めているわけではない。この国の絶対的な『階級社会』という仕組みに対して、最大限の敬意と配慮を払っているだけだ。その結果として、雀の涙くらいの小遣いが増えるのならばこれは歓迎すべきことだ。
「先輩、ごちそうさまでーす!」
「しょうがないな。一杯だけだぞ?」
「さっすが先輩!俺、焼き鳥がいいっす!最近、めちゃくちゃいい店見つけたんすよ。肉の質はそこそこっすけど、酒が安いんですよ。それに店員のねーちゃんも可愛いのが結構そろってるし」
先ほどまでの怒りはどこへやら、すでに後輩は頭を切り替えているようだった。
「しょうがない奴だな。くれぐれも他のやつには言うなよ。分かったらしっかりと検閲をして王都を守るぞ。それが俺たちの仕事だ。分かったな?」
「はいっ!」
二人の兵士は数時間に待っている楽しみの事を考えながら、何とかその日一日の退屈な仕事に耐えることが出来た。
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