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母さんが苦手だ。
僕のやることなすこと全てに口を出してくる。僕の考えなんて無視して、自分の思い通りに従わせようとする。どうして自分がそんなにも正しいと信じ切れるのか分からなかった。
家を出たい。
それはずっと考えていた。けれど普通に言っても、母さんが納得するわけがない。だから僕は頭をひねって、一つのアイディアを絞り出した。
「王立サンピエトロ学院に行きた」
この国で一番歴史があって格の高い学校。もしここに僕が入学できたら、母さんは近所の人たちに自慢できて鼻が高いはずだ。
父さんと母さんはすごく驚いていた。けど、話が進むにつれて母さんの顔はどんどん笑顔になっていって、最後には「全力で応援するわ!」と言ってくれた。
……ひとまず、作戦成功だ。
だけどそれは同時に、僕が僕にかけた、恐ろしい「呪い」の宣言でもあった。サンピエトロ学院に入学するためには、大勢の志願者の中から選ばれなくてはならない。
努力しなくてはいけなくなる。
サボっていたら、「そんなことじゃ不合格になるわよ!」なんて、ぐちぐち言われるだろうし、不合格だったら「だから言ったじゃない!」なんてことになるだろう。
その後何年経っても「あの時ちゃんと頑張っていれば……」と事あるごとに蒸し返してくるはずだ。母さんは、そういう人間なのだ。
正直、辛い。僕は昔から、努力したり我慢したりするのが大嫌いなんだ。
けれど、そんなことよりも、母さんに一生小言を言われる方が嫌だった。毎日この家で母さんの言いなりになることの方が嫌だった。だから僕はその日から努力をした。
僕からすればこの国がどんな歴史を辿ってきたかとか、昔の王様が何をしたかなんて、1ミリも興味がない。語呂合わせで年号を丸暗記することの、なんと無意味なことか! 大体、授業の内容なんて後から変わるじゃないか。
幸いなことに僕は頭が悪くなかった。やればやった分だけ、知識がすいすい吸い込まれていった。それは悪くない気分だった。
◇
座学のほかには、魔法の授業があった。
この世界には魔法がある。それを初めて知った時は、嬉しさのあまりベッドの上で跳び上がって喜んだものだ。
この国――というかこの世界では昔から、魔法使いは「神様から愛された人」ということになっている。
僕達がいるグレートブリンテン国を作った最初の王様は人々の命を助けるために海を割ったらしい。けれど僕はそれをかなり胡散臭いと思っている。そんなの、いくらでも創作できるじゃないか。
それはさておき、魔法の授業も辛かった。
何故かと言えば、魔法の授業では魔法を一切使わなかったから。それじゃあ何をするのかと言えば、山を走ったり川を泳いだりすること。
魔法使いになるための土台を鍛えるという名目で、運動をさせられるのだ。期待を裏切られた僕は先生に猛抗議したが駄目だった。魔法と言うのは危険なもので、体が出来上がっていない子供の時に使うと、病気になってしまうらしいのだ。
だから僕は仕方なく、走って泳いだ。
それが最悪だったのは山にも川にも虫がいるんだ。しかもこの世界の虫ときたら信じられないくらいデカい。
ある夜、家のベッドで寝ている時に「肌寒いな」と思って、近くにあった毛布を手繰り寄せたら、手の中でやけにモゾモゾと動いた。嫌な予感がして跳び起きて確認してみたら――毛布のような巨大蛾だったのだ!
僕は家中に響き渡るような大声を出して、母さんを叩き起こしてしまった。それからしばらくはそのことで散々笑われたし、近所の人から遠くの親戚にまでその話が広がってしまったのだ。つくづく恐ろしい人である。
頭がパンクするほど勉強して、虫と戦いながら運動をして。それが少しだけ変化したのは、『鑑定の儀』の日からだった。
◇
十二歳になった子供は教会で神様から魔法を授かる。それを『鑑定の儀』と呼ぶ。
僕もようやく十二歳になって、心待ちにしていた『鑑定の儀』これがとにかく最悪だった。
まず、前日の夜から何も食べてはいけない。お腹がペコペコの状態で連れて行かれるのは、お馴染みの教会。そこでくそ固い石の床に座らされ、信じられないほど冷たい水を頭から何度もぶっかけられる。
(こんなにかけられたら息ができないだろ!)
途中で本気で頭にきて、水をかけてくる司祭のジジイをぶん殴ってやろうかと思った。
けれど、すぐ後ろには僕を見守る両親がいる。特に母さんは教会が大好きだから、そんな暴挙を起こしたら後でどんな目に遭うか分かったもんじゃない。だから僕は仕方なく、じっと耐えていたのだ。
ようやく終わったと思ったら、今度は苦くて臭いドロドロした怪しい薬水を飲まされた。これを一気に全部飲み干さないといけないという。
すぐに激しい吐き気が襲ってくる。
吐きたい、けれど吐いたら儀式はやり直しだ。意地で我慢していると、今度は眩暈を起こし始めた。神様の絵が描かれた豪華な教会の天井が、グルグルと輪を描いて回り出す。
そして気がついた時には、僕は冷たい床の上に倒れていた。
そんな僕に対して司祭は助けるどころか、司祭は無理矢理に水瓶を抱かせてきた。それが火傷しそうなくらいに熱いやつだ。グラグラに煮えた熱湯が入っているに違いなかった。
すぐに放り出したかったけれど、そんなに重たいものを動かす力は残っていなかった。
(やばい、僕、本当に死ぬんじゃないか……?)
そう思っているうちに視界が真っ白になり、僕はそのまま完全に気を失った。もうこんな辛い事に耐えなくていいと思うと、少しだけ幸せだった。
◇
目を覚ますと、僕は教会の薄気味悪い小部屋のベッドの上に寝かされていた。
体はひどい風邪を引いた時みたいになっていた。僕がどうやって司祭に仕返しをしてやろうかと考えていたとき、両親と司祭が満面の笑みを浮かべて部屋に入ってきた。司祭の手には、古めかしい掛け軸のような紙が握られている。
そこには、ハッキリとこう書かれていた。
――『取得魔法:水』
あの地獄のような試練の結果、僕には「水」の才能があることが判明したのだ。
みんなが手放しで喜んでいたのは、この国では水・火・土・風の「四大元素」の魔法を使える人間が、特に素晴らしいと持て囃されているからだ。
けれど、正直なところ僕としてはかなりガッカリだった。できれば「相手の魔法を盗む」やつが欲しかったのだ。
だけど、部屋にいる大人たち全員が「なんて素晴らしいんだ!」という顔をしていたので、僕はそれに合わせて「わあ、嬉しいな!」と大喜びしてみせた。
ついでにやけくそで、胸の前で手を合わせて神様に感謝を捧げるポーズまで決めてやった。
案の定、大人たちはそれを見て「なんて信心深く素直な子なんだ」と、さらに大喜びしていたのだった。
それから僕は念願の魔法使いになった。初めて魔法を使った時のことははっきりと覚えている。
最悪だった。
指先から「水の一滴」が出た。たったのそれだけなのに頭はグルグルと回りだし、気分が悪くなった。そしてすぐに、朝ご飯を全部吐き散らかしてしまった。
それをみた魔法の家庭教師は大興奮で大喜びしていた。
僕が吐しゃ物をまき散らしている所を見て喜ぶなんて、こいつはド変態だと思って、近くにあった石で頭を殴りつけてやろうかと思っていたとき、「君は水の天才だ!」と褒められた。
先生は、これまで何人もの水魔法の才能を持つ子供を見てきたけれど、最初の段階では指先が少し湿る程度で終わるのが当たり前らしい。たった一滴とは言え、まさか水を生成することが出来るとは思ってもみなかったという。
嬉しかった。
せっかく魔法が存在する世界に生まれたのだから「すごい魔法使い」にはなってみたかったし、これで目標であるサンピエトロ学院に合格できる可能性がグッと高まったからだ。
それからの毎日は、魔法を使っては吐き、吐いてはまた使うという地獄のような日々だった。けれど、なんとか耐え抜くことができたのは、自分の成長がハッキリと目に見えて分かったからだ。
最初はたった一滴しか出せなかった水が、次の日には三滴に増えた。そしてたった一週間後には、指と指の間に小さな「水の橋」を架けられるようになった。
そうして必死に鍛錬を重ねた三年後――僕はついにサンピエトロ学院の入学試験を受け、見事に一発合格を果たしたのだった。
あの恐ろしい母さんの手元を離れ、念願の一人暮らしがついに始まる。
(やった……! 俺はついに自由になったんだ……ッ!)
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