17話
『コウボウ失踪事件』の容疑者たちを拘束し、自邸の地下牢へと収容することに成功した領主ダルマ。
ひとつだけ予想外の計算違いはあったものの、全体としては概ね満足のいく結果となった。最悪の場合、大規模な武力衝突に発展する危険性すら覚悟していただけに、何事もなく事を終えられただけでも儲けものと言えた。
(冷たく湿った独房で過ごす一日が、どれほど精神にこたえるか……。なにせ甘やかされて育った都会のガキどもだ。少し手酷い痛目を見せてやれば、すぐに泣き言を言って折れるに決まっている)
暗く湿った空気が漂う中、ダルマは口元に残酷な笑みを浮かべながら、地下牢へと続く冷たい石段を一段ずつ下りて行ったのだった。
「……フワリング君と言ったか」
ダルマは鉄格子の外から、落ち着いていながらも高圧的な口調で言った。
「どうだ、昨夜はよく眠れたかね?………おい!私の話を聞け!」
器の大きな領主と言う印象を持たせるつもりが、早速声を荒げたのは、フワリングが背を向けたまま格子窓から外を眺めていたからだ。
「ああ………」
振りかえったフワリングは、ダルマがそこに居ることに驚いたような顔をした。
「鳥の声を聞いていましたよ。やはり場所をが変われば住んでいる鳥も違いますからね」
独房の入れられているとは思えないほど優雅な口調に苛立ったが、ダルマは何とか感情を押し殺した。
「執事のコウボウを殺害した容疑だが……治安判事たる私の見解では、君たちの実刑はまず確実だ。……だがね、私は何も君たちの未来を奪いたいわけではないのだよ。もしこれが嫌なら、私と『司法取引』をしようじゃないか」
ダルマは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ちらつかせた。
「誓約書だ。『今後一切、この村には関わらない』『この村で見たことも他言しない』……これにサインをすれば、君への処罰は保留にしたままに解放してやろう」
ダルマは満足気にニヤリと笑った。しかし、フワリングは暗がりの中で呆れたように息を吐き、いつもの軽い調子で肩をすくめた。
「いや〜、お心遣いは嬉しいんですけどね〜。そんなことしたら、戻ってきたゴライアス君に一生バカにされちゃいますよ。『へたれ』ってね」
「何……?」
「それに………」
にやけていたフワリングの表情が一転、引き締まった。
「「処罰を保留」ってことは有罪ってことですよね?だとしたらそんな書類にサインをするわけにはいきませんね。自分から罪を認めることになっちゃうじゃないですか」
ダルマは内心で舌打ちをした。
「一応は貴族社会の端っこで生きている身なんでね。自分の都合で実家の名誉を汚すような真似は、できないんですよ。貴族じゃない人には分からないと思いますけどね……というわけで、お断りしま〜す」
「後悔するぞ」
フワリングは何も答えることなく再び背を向けて、鳥の声を聞き始めた。
(チッ……生意気な小僧め。だが、まだ時間はある。そのうち向こうから助けを求めてくるはずだ)
ダルマは鼻を鳴らすと、踵を返して奥にある別の牢へと向かった。
◇
フワリングの説得に失敗したダルマが、次に向かったのはグラディウスの入っている独房だった。
あらかじめ二人の牢は遠く離れた場所に隔離してある。大声でも張り上げない限り、会話の声が互いに届く心配はなかった。
正直なところ、フワリングよりもこちらの男を屈服させる方が骨が折れるだろうとダルマは踏んでいた。グラディウスはまだ若いものの、明らかに修羅場を幾度もくぐり抜けてきた熟練の戦士の顔つきをしていたからだ。
(だが……それもやり方次第だ)
奥の牢では、グラディウスが壁に背を預け、腕を組んで佇んでいた。ダルマは鉄格子へ歩み寄り、冷酷な笑みを浮かべて言った。
「グラディウス君。……すでにフワリング君の方は賢い選択をしたよ。自分たちの罪を認め、今後一切この村の事には関わらないと約束したんだ。君もさっさとサインしたまえ」
「……」
グラディウスは顔を上げ、冷ややかな視線をダルマへ向けた。そして、鼻で笑うようにフンと息を鳴らした。
「嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をつけ。……フワリングがそんな簡単に折れるわけがねぇだろうが」
「……何だと?」
ハッタリが即座に見破られたことにダルマは動揺を隠せなかった。
「やっぱりな。たった数日の付き合いだが、それでもあいつのことは少しは理解している。一見チャラくて優柔不断だが、自分が譲れないと思ったことに対しては驚くほど頑固だ。罪を認める?そんなことするわけがないな」
囚われの身とは思えないほど堂々とした態度だった。
「言っておくが、お前らはもう終わりだ。あいつは必ずここへ戻ってくる」
「あいつ?戻って来る?何を言っている。ここは私の領土であり、私が判事だ。君を助けに来るものなど誰一人としていないぞ」
「フワリングよりも更に頑固で信じられないほど我儘なあいつが、おめおめと引き下がるわけがない。あいつが何のためにここに来たか知ってるか? ……母親との約束で『金色のバッジ』を手に入れるためだ。これはチャンスだ。必ず戻ってくるさ」
「……フン、強がりを。あんなガキが、一人で何ができるというのだ。いいか?時代はもう魔法使いの者じゃないんだ!魔銃があれば誰でも簡単に人を殺せるんだ。思い上がるのもいい加減にしろ!」
声を荒げてもグラディウスは微動だにしなかった。
「どうやらまだ辛い目に遭いたいようだな。それならそのまま骨になるまでそうしていろ!」
吐き捨てるようにそう言い残し、ダルマは優雅な足取りで地下室の重い鉄扉を抜け、地上へと続く階段を上っていった。
◇
――ガチャリ、と地上へ続く扉が閉まり、手下以外の誰の目も届かない廊下に出た瞬間だった。
「――っ、ふざけやがって!! あのクソガキどもがぁぁぁッ!!!」
先ほどまでの余裕な態度は影も形もなく消え失せ、ダルマは顔を真っ赤に沸騰させて叫び声を上げた。
ドカッ! と廊下に置かれていた高級な花瓶を蹴り飛ばし、激しい破砕音が響き渡る。
「どいつもこいつも舐め腐りおって!なにが金色のバッジだ! 私を甘く見るなよ、考えはあるのだからな。クソッ!!」
地上の静かな廊下に、追い詰められた領主の怒声が響き渡っていた。
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