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16話

 




 薄暗い朝靄が立ち込め、太陽が昇りきる前の静寂に包まれた明け方のブラックウッド村。


「さあ、いよいよだな。お前たち、準備はいいな?」


 こぢんまりとした古びた宿の前に立ち、凶悪な笑みを浮かべているのは領主のダルマだった。その背後には、重装備で身を固めた十四人の私兵がズラリと隊列をなしている。


「行けッ!」


 ダルマの一声が響くやいなや、私兵たちは怒号を上げて一気に宿へと突入していった。直後、建物の中から乱暴に扉や家具を蹴破る音とともに、寝起きの混乱と戸惑いに満ちた悲鳴が漏れ聞こえてくる。


「よしよしよし……ッ」


 荒らされていく宿の様子を外から眺めながら、ダルマはこみ上げる笑いを抑えきれずにいた。


 さっさとこの村から出て行けという忠告も無視し、挙げ句の果てに自分の身辺を探り始めた愚か者ども。そんな連中が恐怖で顔を歪ませる様を想像するだけで、体に震えが走るほど愉快でたまらなかったのだ。


 しばらくすると、兵士に無理矢理拘束された無様な部外者共が宿から続々と姿を現した。


「おい! これはどういうことだッ!?」


 鋭い怒号と殺気立った視線を向けてきたのは、四人の中で最も年長であり、一番の威圧感を漂わせている男だった。


 ダルマは、こいつが一行の保護者役として付き添ってきたベテラン冒険者、ホーチミンに違いないと確信する。


「あんたが領主ダルマだな!? 我々は王立サンピエトロ学院から正式な許諾を得てこの場にいる! さらに内二人は貴族の子息だぞ! こんな暴挙を働いて、ただで済むと思っているのかッ!?」


 ダルマと視線がぶつかるやいなや、ホーチミンは猛烈な勢いで怒りをぶちまけてきた。


(さすがは保護者として派遣されてきた冒険者だ。なかなかの迫力じゃないか)


 だが、ダルマの余裕の笑みが崩れることはなかった。そんなこと、わざわざ青筋を立てて警告されずとも百も承知なのである。


「この国で最も権威ある学院の生徒だろうが、高貴な貴族のご子息だろうが関係ありませんよ。私はこの地の領主として、そして判事として、重大な犯罪に関与した疑いのある者を野放しにするわけにはいかんのですよ」


「重大な犯罪!?一体何の話だ?」


「しらばっくれるのがお上手だな。冒険者と言うのは嘘を付く特訓もするのですかな?」


 思わず飛び出してしまった挑発に、ホーチミンはあっという間に顔を赤く染めた。普通なら恐ろしいのだろうが、今の自分には魔銃を持った兵士が十四人もいる。


「知らないというのなら教えて差し上げましょう。実は昨夜から、我が屋敷の執事であるコウボウが行方不明になっていましてな。我々としては外部の者による犯罪行為と認識しておるのですよ」


「我々にそんな心当たりはない!」


「どうやら世の中と言うのをご存じないようだ。いいですか?あなた方に覚えがあろうとなかろうと、こちらは捜査をする。それが常識というものです」


「何だその言い方は!」


「やはり冒険者と言うのは屑の集まりだな。下手に出ていればいい気になりおって。口の利き方も知らんか。いまここで撃ち殺してやろうか?あ?!」


「くそっ………」


 ダルマは胸がスカッとする思いだった。感情を高ぶらせた冒険者が屈辱に顔を歪めている。


「………」


 ようやく少しだけ冷静さを取り戻したホーチミンはふと、隣へ目を向けた。


「すぅ………、すぅ………」


 そこに居たのはゴライアスだ。あろうことか彼はこの状況で、立ったまま寝ているのだ。


 たったの数日の事だがホーチミンが知っているこの少年は、とにかくワガママで自己中心的。夜警を命じたのにもかかわらず居眠りをしてチームを危険に晒し、それでもなお自分の非を認めなかった。


(……大物なのか、ただのバカなのか……)


 どうしようもないと言って差支えの無い人間。――それでも彼がなんとかパーティーに容認されていたのは、水魔法の異常な才能があったからだ。


 ゴライアスは、いつでもどこでも新鮮な水をたっぷりと創り出すことができた。


 何も知らない一般人なら「魔法使いなら普通のことだろ」と思うかもしれない。しかし、十五歳から泥に塗れて冒険者を張ってきたホーチミンの常識からすれば、それはあり得ない異能だった。


 本来、魔法使いにとって魔力を行使することは極度の疲労を伴う。限界を超えれば気を失うことすら珍しくないため、「魔力を使って水を出すくらいなら、川まで汲みに行け」と言われるのがこの世界の常識だ。


 だが、ゴライアスにそんな常識は通用しなかった。彼は無駄に水を吹き出させて遊ぶほど魔力に余裕があり、そればかりか、創り出す水はいつも絶妙に冷えていて美味かった。これほどの水魔法使いには、ベテランのホーチミンすらお目にかかったことがない。


 ……だが、命の危険が迫るこの状況で立ったまま寝るというのは、もはや異常としか思えなかった。さらに周囲を見渡せば、グラディウスとフワリングも同じように彼を見て呆れているのが分かる。


 ダルマはそんな一行の様子に気が付いていないようで、高らかに演説を続けた。


「全員、屋敷の地下牢で裁判を待ってもらう! 抵抗したり逃げ出そうとした場合は反逆行為とみなし、即座に発砲する! 連帯責任だ、誰か一人でも身勝手な真似をしてみろ、全員まとめてあの世に――おい貴様!」


 ダルマの目がようやくゴライアスのことを捕らえた。


「寝ている……だと!?舐めやがってぇえええ!!」


 ダルマが隣の兵士から奪った魔銃を空へ向けて発射した。ドォン! と甲高い銃声が朝の空に空しく響き渡る。


「な、なんだと………」


 飛び起きることを予想していたダルマは笑う準備をしていたのだが、その表情は驚愕へと変わった。


 発砲と全く同時。囚われていたはずのゴライアスが、大きく両手を振り、脱兎のごとく駆け出していたからだ。


「う、撃て! 撃ち殺せッ!」


 ダルマが狂乱して叫んだ。


 しかし、周りを取り囲む私兵たちは一瞬戸惑い、銃を構えるのが遅れた。彼らは事前にダルマから「銃を見せて脅すだけにしろ。絶対に撃つな」と強く命じられていたのだ。急に「撃て」と言われても、指示の突飛さに身体が追いつかない。


 彼らがようやく銃口を向けた時には、ゴライアスの背中はすでにはるか遠く、朝靄の彼方へと消えかかっていた。


「れ、連帯責任……って言ってたよね……? え、僕たち終わりなの……?」


 絶望に満ちたフワリングの嘆きが響き渡る中、隣に正座させられたグラディウスは、ただフンと鼻を鳴らすことしかできなかった。





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