15話
酒場のいつもの席に腰を下ろし、慣れた手つきでグラスを満たしたウイスキーを喉奥へ流し込むと、コウボウはふっと力なく微笑んだ。
「美味しそうに飲みますね」
モース警部が感心したように呟くと、コウボウはグラスを見つめながら答えた。
「美味しいですねぇ。こんな状況ですから、もしかしたら味がしないかもしれないと思っていましたが……ここ最近飲んだ中で、一番かもしれません」
コウボウは息を静かに吐き出し、真正面に座る刑事へ向き直った。自分はもう終わりだと悟ってしまったせいだろうか、それとも酒の力だろうか。不思議とこの空間にいる誰の事も恐ろしくは思わなかった。
「用件は理解しています。……私の知っていることは、すべてお話ししましょう」
自分が自主的に口を開くまで、急かさずじっと待っていてくれたモース警部の気遣いが、酷く胸に沁みた。
「よろしいのですか?」
「ええ、いつかはこうなるだろうと覚悟はしていました。……罰を受ける覚悟は出来ていますし、実はすでに荷物はまとめていて、いつでもこの村を去る準備が出来ていたんです」
「ほう、それは何とも手際のいいことだ」
「『人生は何事も準備が大切』――母親の口癖だったんですよ」
「素晴らしいお母様だ」
モース警部は手元のエールに軽く口を付け、促すように頷いた。
「酒は絶対に飲むな、そっちの方の口癖も聞いておけばよかったですよ」
コウボウは自嘲気味に笑った。
「本題に入りましょうか……せっかく待ってもらって申し訳ないですが、私自身、大して重要なことを知っているわけではありませんがね。ご存じかもしれませんが、私が働き始めてから、ようやく三か月が経ったくらいです。執事とは名ばかりで、実際の仕事といえば雑用と、領主様に怒鳴られることくらいでしたから」
「……領主のダルマが、盗賊団と裏で繋がりがあることは知っていますね?」
「はい……。実を言うと、あそこで働き始める前から、そんな噂は耳にしていました」
「そこまで知っていて、どうしてそんな危険な職に?」
「……金ですよ、それ以外ないじゃありませんか。私くらいの年齢の力仕事の出来ない男を雇ってくれるところは滅多くありません。だから同じような人間が殺到します。私が選ばれたのはただの偶然です、実力じゃない。だから辞めるに辞めれないのです」
自嘲気味に笑った。
「……簡潔に伺います。あなたは領主が盗賊との取引内容を記録した、裏帳簿の存在について何か知っていますか?内容だとか、あるいはそれの隠し場所だとか」
「いいえ……残念ながら」
コウボウは首を横に振ったが、何かを思い出すように少しの間を置いた。
「さっきも言った通り、私が働き始めて三か月です。いくらなんでもそれくらいの人間にそれほど重要なものは任せないでしょう。ですが……隠し場所と言われて思いついたことはあります」
「それはどこです?」
モース警部が乗り出すように身を乗り出し、眼光を鋭くした。
「屋敷の二階、一番奥にある部屋です。そこは常に厳重な鍵がかかっていて、メイドにも掃除をさせない場所でしてね。……もし裏帳簿を隠しているとすれば、あの部屋だと思います」
「正直言って驚きました。どうしてそんなにも我々に協力してくれるのですか?」
「諦め、ですかね。先ほど声をかけられた時、私は全てを諦めてしまったのです。これからどうなるかは分かりませんが、今は悪くない気分です」
コウボウはグラスに入った酒を一気に飲み干した。
「いやー、それにしても今日は酒が美味い!」
「ご協力ありがとうございます。もしこのまま順調に捜査が進んでコウボウさんの協力が認められれば、共謀罪が適応された場合でもいくらか減刑があるかもしれません」
「本当ですか!?」
「ハッキリとしたことは言えませんが………」
「あまり期待せずに待ちましょう。私にはもう怖いものは無いのですからね」
薄暗い酒場の中で遠い目をしたコウボウは柔らかく微笑んだ。
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