10話 ~話し合い~
屋敷から脱兎のごとく逃げ出した一行は、丘を下り、すぐ麓に広がるブラックウッド村へと滑り込んだ。
街道沿いには泥の跳ね返りで黒ずんだ石造りの低い家屋が肩を寄せ合うように並び、煙突からは湿った炭の煙が細く立ち上っている。
一行が身を寄せたのは、村にたった一つ存在する古い宿屋だった。軒先で馬を繋ぎ、湿気で軋む階段を上って質素な部屋を借りると、一階の薄暗いダイニングスペースの隅に集まった。
「――さて。これからどうするか、一度話し合おう。内容は言うまでも無く、この後の「盗賊討伐」をどう進めるかだ」
冒険者であり、一行の見守り役でもあるホーチミンがひとりひとりの顔を見ながら言った。
「俺達は学院での正式な手続きを経てここへやって来た。だが、領主の許可が下りない。これは大きな問題だ」
「しかし、一体どうしてだ……? 領主にとっても、自分の土地から盗賊がいなくなるのは願ってもないことのはずじゃないのか?」
三年生のグラディウスが、腕を組みながら素朴な疑問を口にした。
「基本的にはそうなんだが、たまに拒否する領主もいる。その理由は、己の『面子』を守るためだ」
ホーチミンが黒ビールの木樽に視線を落としながら答える。
「面子……?」
「学生に盗賊討伐をしてもらうということは、領主として恥だと考える者が一定数いるんだよ。本来、領地内の治安維持や盗賊討伐は領主の仕事だからな。『学生にでもできることが、大人の領主様にできないのか』と思われるのを嫌うんだ」
「だったら、さっさと自分たちの手で討伐すればいいだろ」
グラディウスが吐き捨てるように言うと、ホーチミンは「現実はそううまくいかないようなんだ」と首を振った。
「盗賊の討伐に領地の兵士を出せば、当然、返り討ちに遭って戦力が減るリスクがある。それだけじゃない。戦死者が出れば、その遺族に対してまとまった補償金の支払い義務も発生するんだ。しかも盗賊というのは逃げ足が速く、潜伏に長けている。重装備の兵士を引き連れて山に入ったところで、空振りに終わることも多々あると聞くからな」
「でもそれって、要するに領主が無能だからですよね?」
話を聞いていたフワリングが、干しブドウの皿をいじりながら、辛辣な意見を挟んだ。
「普段から兵士をちゃんと鍛えていて、作戦をしっかり立てていれば、そんな情けないことにはならないでしょ〜」
「その通りだ。しかし、世の中には案外『無能』が多いものなのだよ。そして無能の多くは、自分が無能だという事実を頑なに認めたがらない」
「クソですね……」
フワリングはクスリと嘲笑すると、ひょいとブドウを一粒つまんで口に放り込んだ。
「まあ、後々の不必要な騒動や領主との決定的な対立を避けたいのなら、ここで引き下がるのが最も堅実な選択だが――」
ホーチミンがそう言って全員の顔を見渡した、その瞬間だった。
「――それは無い」
ゴライアスが、はっきりと言い切った。
「ここまで来るのに、どれだけ苦労したと思っているんだ!手ぶらで帰るなんて、絶対に御免だね!!」
「しかし事情は複雑だぞ」
ホーチミンが念を押すように言ったが、ゴライアスは鼻で笑って一蹴した。
「複雑なもんか。学院から『盗賊を討伐して来い』と言われて引き受けたんだ、僕はそれをただ実行するだけだ。周りの大人の事情なんて知ったこっちゃないね。ひとりでも僕は盗賊を討伐してバッジを持ち帰る」
「ゴライアス君、君の言っていることは確かに正論だとは思うけど……」
フワリングが苦笑いを浮かべる横で、グラディウスが口元に凶悪な笑みを浮かべた。
「同感だな」
グラディウスは腕を組み、力強く頷く。
「俺もこのまま手ぶらで引き下がるのは癪だ。予定通り盗賊は討伐する」
「それじゃあ私もそうしようかな〜。せっかくここまで来たからね」
フワリングもいつもの軽い調子で肩をすくめた。ゴライアスは胸を張り、ホーチミンに向き直る。
「僕らの意見は一致しました。ホーチミンさんはどうするんですか?」
「……ハァ、仕方がない。一緒に行こう。君たちだけに任せておいたら、何をしでかすか分かったもんじゃないからな」
「決まりですね」
「しかしその前に少し調査が必要だ」
「調査?」
ゴライアスが不思議そうに首をひねると、グラディウスは腕を組んだまま窓の外――静まり返った村の通りに視線を向けた。
「この村はおかしい。さっき馬を繋ぐついでに村人に盗賊のことを聞こうとしたんだが、ことごとく逃げられた。一人や二人じゃない、聞いた奴全員だ」
「それがそんなに変なの〜?」
「ああ。俺の今までの経験から言えば、自分の家の近くに盗賊のアジトを作られた奴らは、討伐に来た者に対して喜んで情報を差し出してくるもんだ。盗賊がいなくなることを心から願っているからな。……だが、この村の人々は頑なに口をつぐんでいる。そうせざるを得ない『事情』が、この村にはあるはずだ」
グラディウスの鋭い洞察に、全員がハッと息をのむ。
「なるほどねぇ……」
フワリングが顎に手を当て、薄く微笑んだ。
「それじゃあ、この宿屋の主人にそのあたりの事情を聞いてみましょうよ。宿屋の主人なら、この村の情報や噂は嫌でも集まってくるでしょう? 秘密の厳守を約束して、いくらか金を渡せば喋ると思いますよ。……僕がやってきましょうか?」
「よし、頼んだぞフワリング」
グラディウスはすっかり板についたリーダーらしい態度で、フワリングへ重々しく頷いたのだった。
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