04. 宮女の噂話
銀錠:
銀の貨幣。コイン型ではなく塊状。幾つかの形状があるが、作中では船型のものを指す。
重量にバラつきがあるため、使うときに重さを量る。
事件が起きたその日も、翌日も普通に陽は暮れるし朝がくる。
千にも上る人が生活する後宮は、衝撃的な出来事があっても平常通りだった。
「おはよう、桃香。今日も頼んで良いかな?」
下級宮女の制服を持って彼女が共同生活を送る房に顔を出した。
桃香は宮女たちと小さな房に四人の共同生活だ。
宦官として雑用で動き回っているときに知り合ったけど、気立てが良くてすぐに仲良くなった。
彼女たちには僕が冷遇されている妃の唯一付けられた宦官で、洗濯物などを正規の手段で出せないから、こっそり内緒でお願いするという体を取っている。妃の衣装だと万が一人に見られたときに言い訳ができないから、見つかっても咎められないような服で過ごしているという話も。
お陰で疑われるどころか同情を買っている。
騙していて申し訳ないけど、本当のことを知った方が危険だから許してほしい。なにせ騙してまで使用人を排し、食事も摂れないように手を回されているのだ。実は本人が頼み込んでるなんて知られたら、どんな制裁が待っているかわからない。
「ほかの三人は?」
一緒に生活する四人は同じ部署で働いていて、同じ日に非番のはず。
なのに表に出ているのは桃香だけで、房の中に人の気配はない。
「急な呼び出しと、ほかの部署の応援で行っちゃったの。みんなおやつに釣られちゃって」
同じ理由で非番の日に桃香がいないときもあるから、案外そういうものかもしれない。下っ端が甘味を口にする機会はめったにないから、飛びつくのも無理はない。
「じゃあスモモは桃香が独り占めかな?」
そう言いながら袍の袖口から果実を取り出す。両袖に隠しているから結構な数だ。宮の庭になる果実が洗濯の報酬だ。甘味の少ない後宮ではとても喜ばれる。
「こんなにあるなら、みんなにも一個ずつ渡せるかな」
目をキラキラ輝かせながら、手近にあった籠に丁寧に入れていく。
「どの果物も美味しかったんだよねえ……。妃が宮に入って食べられなくなっちゃったけど」
長らく住人のいなかった泉婕妤に宛がわれた宮は、宮女や宦官が入りたい放題だったらしい。新たな主人を迎えた現在は、侵入しようとする猛者は皆無だ。
「また持ってくるよ。引き取りにくるのは夕餉の後で良いかな?」
「うーん……、夕餉の後に来るのは止めた方が良いかなあ。昨日、首吊った子の件で色々調べてるみたいだし、遅くに出歩くと疑われそうだよ。ほら、悪い事って夜に企むものじゃない?」
今日はそこそこ暑いから夕方までに乾くと思う。だけど疑われると言われてしまえば、諦めるしかなさそうだ。
仕方ない、でも気になるのは――。
「公子が亡くなったのを気に病んで自殺しただけだよね。調べるって?」
「それが殺したみたいなの。懐から銀錠と毒が出てきたらしくって……。午後の遅い時間に、調べに来た人がいたの。私たちは顔も知らない子だから、何も聞かれなかったけど」
公子殺しとは穏やかじゃない。使ったのは…………杏仁毒かもしれない。昨日、縄から下ろされた宮女から臭いがしていた。
「穏やかじゃないね。疑われるのは嫌だから、明日の夜明けの方が良いかな?」
「うん、それが良いと思うよ。安安が疑われたら嫌だもん」
桃香がそう言って笑う。
軽く手を振って別れの挨拶をすると、朝餉のために尚食局に向かった。
少し遅い時間だったけど、承成が座っていた。食べ始めたばかりらしい。
「おはようございます」
「おはよう、昨日は助かった」
口の中でモゾモゾと言うから聞き取りにくかったけど、一応感謝の気持ちは持っているらしい。殊勝すぎて不気味だ。もしかしたら亭子まで連れて行っただけでなく、昼前と夕餉の時刻に肉入りの包子を持っていったのも大きいのかも。
承成は憔悴しきっていて、与えられた房の中で終日ぼんやりしていた。手渡すと機械的に食べるけど、心ここにあらぬといった様子だった。
今は少し窶れているけど、しっかりしている。動揺が酷かったけど寝たらそれなりに良くなったのかもしれない。
そのまま黙々と食事を終え、なんとなく連れ立って職場に向かう。正確には僕の職場とは言えないけど、友達の手伝いをしている間に、なんとなく職場っぽくなった。下っ端過ぎて人事権のある上司に知られていない存在だから何とかなってる。
もっとも雑用になるとこういう立場もあるらしく、忙しいところに適宜行くとか、手伝いをし続けている間に、その部署に正式配属されることもあるのだとか。
承成とは職場で別れ、友達と一緒に書類運びに出る。
そして戻ってきたところで、宮廷から送られてきたという宦官に、承成が連れて行かれるのを遠目で見かけた。
前に一人、後ろに二人。逃げられないような配置だった。




