21. 黒幕を辿る
光雪の自供は、彼女を斬首に追いやるには十分だった。
でも命令の大元に辿り着くには不十分で。
だから……これからが本番だ。
ぶっちゃけた話、先ほどまでの光雪の自供は、なくても本人を斬首にできる証拠は挙がっている。
ただの黒幕を追い詰めるための布石でしかなかった。
「銀錠は誰に渡されたの?」
「美琳さんです。二つとも羽和に持たせなさいって。毒と一緒に持ってたら下手人として扱われる、私にまで追及の手は来ないって言われました」
「二つ……?」
個数がおかしい。
羽和が持っていたのは確かに二つ。
だけど光雪が隠し持っていた分が三つあり、合計五つのはずだ。
「後から渡されたので……」
気付いたように言葉が追加された。
「何時?」
「羽和が下手人とされた日に。袱に包んで持ってきて報酬だと」
なるほど。脅されてやらされた立場から、一転、金のために殺した罪人に堕されたか。
「そんなつもりはなかったよね。金で友達を売ったんじゃない、偉い人に脅されてやらされたんだ」
「はい。本当はやりたくなかった……です」
語尾が震えた。
今にも泣きそうな声だった。
「美琳の袱だってわかるかな?」
記録係の横に置いてあった袱を持ってきてみせる。
光沢も手触りも絹特有の品のある滑らかさだ。明らかに上質なものだったけど、色は下級宮女の制服に似た地味な色合い。若い侍女が持つには不釣り合いだった。
「えっと、閉じ糸を切れば……。内側に誰のものかわかるようにしてあるので」
袱は裏表のある二重だけど、特に何か織り込んでいるようには思えなかった。
――縫い目が細かい。
自分では糸だけでなく布まで切りそうだ。
鋏を罪人に渡すのは規則上問題がありそうだったけど、一番上手にやれそうな光雪に渡す。
隅をぐるりと一周触った後、躊躇いなく鋏を入れる。
身体を強張らせているものの、手先だけが別の生き物のように繊細な動きを見せた。
「これです」
出てきたのは縫代に施された刺繍だった。一色の色糸とはいえかなり丁寧に縫われていて、隠すのが勿体ない。
「これが美琳の持ち物だってわかる理由は?」
尚服局に勤める宮女であれば、一目瞭然なのだろう。
朴念仁で女性の持ち物や衣装に疎そうな掌衛と、そもそも蔦華国の文化に精通しているとは言い難い僕ではよくわからない。
後宮には宮女だけで千人を超える。今上帝はあまり妃が多くないとはいえ二十は下らないのだ。
「この葉の形が栢家を表していて。刺繍の大きさと作りの良さで、宮女の筆頭だとわかります」
「そう……」
ちらりと掌衛を見る。
「十分な証言だ。尚食局で杏仁羹を依頼した宮女から辿れたからな」
袱と銀錠だけでは足りなかったらしい。
でもどの日に杏仁羹が出るか、依頼した宮女から侍女に辿れたのだろう。
満足気な笑みだった。これで調べが進展したと感じているようだ。
「妃を捕れますか?」
「侍女を今すぐ捕縛できる程度だが。吐けばすぐ妃に辿り着く。宮は封鎖するから外部との連絡も取れん。実家も頼れないしな」
御史台(内部監査などの部署)辺りから情報を仕入れて、栢修容の実家を突くのかもしれない。捜査の邪魔をさせないためには、少々どころではないくらい荒っぽい手段を取りそうだ。
掌衛の笑みに凄みが増す。口の端がニィッと上がっただけなのに、邪悪な雰囲気があった。
――悪党っぽいな。
理不尽に幼い命を摘み取った罪人を捕縛し罪を贖わせる立場なのに、掌衛の方が余程、悪人っぽく見えるから不思議だ。
「侍女の一人や二人、どうとでも始末できると思っていませんか」
「思っているぞ……」
言い方……………………。
やっぱり悪党っぽい。
「どうした、何か言いたそうだな?」
「いいえ、別に……」
思ったことを素直に言えば面倒になりそうだ。
掌衛に関して言えば、「悪い人ではない」は正しいけど「あくどいことを考えそうな人」ではある。ついでに実行しそうまである。
でもまあ事件は解決したから、僕の手伝いはこれで仕舞いだ。もしかしたら顛末を教えてもらえるかもしれないし、そのときに顔を合わせるかもしれない。
だけどその後は、多分二度と顔を合わせないだろう。
掌衛は武官としての本来の自分に戻り、僕は後宮で過ごすのだから。「じゃあ、これで……」と言おうと思って、一つ念押しなくてはいけないことを思い出した。
「光雪の家族ですが、これで連座にはしませんね?」
「ああ、約束しよう。咎は本人だけにする」
掌衛の一言で光雪はあからさまにほっとした。張り詰めた心が解れたのか、ポタリと涙が零れた。後はとめどなく溢れ、手の甲で拭う。
「もう一つ、お願いしても?」
「なんだ、言ってみろ」
事件の黒幕が判明し捕縛する目途が立ったからなのか、機嫌が良さそうだった。
「石羽和の家族に、彼女の死体が持っていた銀錠を渡すことはできませんか?」
掌衛が片方の眉を器用に上げる。
「十分に食べていけるような家ではないでしょう? だからです。後宮での給金は十分家族の訳に立ちましたが、もう彼女はいませんからね」
「ああ……」
そういう意味か、と続きそうな相槌だった。
「考えておこう」
「お願いします」
「だったら……!」
突然、泣いている光雪が声を上げた。
「だったら、私が押し付けられたお金も、羽和の家族に渡してください!」
泣きながら訴える。
確かに光雪が手にした銀錠は、斬首になる前に没収され朝廷に納められるだろう。庶民にとっては一生手に入らないような大金だが、国にとっては端金でしかない。
「さすがにそれは……」
掌衛が言い淀む。
「良いんじゃないですか、陛下に奏上したらお許しが出そうですよ。罪人の利益とは無関係です。被害にあった者の家族のためでもあります。名目は董昭容からの見舞金とでもすれば良いじゃないですか。金の流れがしっかりしていて、権限がある者が認めれば問題にはならないでしょう?」
「お願いします!」
光雪が額づいて懇願した。
「銀錠五個は大金過ぎますから、何年かかけて少しずつ渡すしかありませんね」
「…………………………検討する」
苦虫を嚙み潰した顔になったが、拒みはしなかった。掌衛の中では相当な譲歩だった気がする。
でも誰かが損をする話ではないから問題ないだろう。
利用され友人を手に掛けざるを得なかった少女の、心からの言葉が叶えられる未来であってほしい。
そう願わずにいられなかった。




