20-3. 光雪の自白 ―事件回想―
後半、光雪視点です
「そう……私がやったの」
光雪は俯いて、呟くように自白した。
「全部、私が考えてやったの。阿爺(お父さん)と阿娘(お母さん)は関係ない。私がお金欲しさで……」
此の自供では駄目だ。
どうやって毒を仕込んだかは素直に吐いてくれそうだけど、黒幕には辿り着かない。家人に堕ちた両親を慮ったのだろうけど、悪手でしかなかった。
「掌衛様、彼女の両親を連座にしないで、自由身分に解放することは?」
視界の端に立つ偉そうな男に声を掛けた。
「できなくはないな」
腕を組み壁に背を預けた格好で一言。
「では今この場で約束してください。素直にすべてを話したら、彼女のために骨を折ると。それと両親が家人に堕ちた原因を調べてくれますか? もしかしたら不正があったのかもしれません」
「わかった」
諒の一言で後ろに控えていた官吏が一人、外に出ていった。
「どう…………し……て?」
「君が独断で人殺しをすると思ってないからだよ。追い詰められてやったんだったら、きっちり追い詰めた相手を裁かないと意味がない。悪い奴を野放しにはしておけないだろう?」
皇族殺しは大罪だ。場合によっては反逆罪に問われるかもしれない。
特に蔦華国は親族の連座が普通で、直接手を下した光雪の家族がまとめて斬首になってもおかしくはないほど。
だけど殺された公子は皇太子ではないし、皇后の子でもない。ぶっちゃけた話をしてしまえば、男児とはいえ末端皇族であり、そこに付け入る要素があった。
「脅されて嫌々やったんだったら、実行した君よりもやらせた黒幕の方が悪い。圧倒的にね」
本当にそれだけの話。
光雪が協力的な態度を取ることで、黒幕にまで辿り着けるなら安い取引だった。
もっとも判断するのは掌衛であり、その上に立つ人だけど。
「まずは何をしたか言ってくれるかな。どう思ったとか、本当はやりたくなかったという気持ちは後から聞くよ」
そう告げると、コクリと頷いた。
「まずはどうやって毒を混ぜたのかな?」
「それは……」
光雪の長い自供が始まった――。
* * *
楠の影で、できるだけ気配を消して待っていた。
友人を騙すのは、すごく嫌だった。
でも命令されたら仕方がない。
――もうあと何か月かで、顔を合わすこともなくなるような関係だわ。
言い聞かせたのは自分。
同じ時期に入って仲良くなった。大切な友人だけど親の方がもっと大切で。
――忘れよう。アレはお妃様の敵に仕える宮女。
再び言い聞かせたときに、姿を現した。
「羽和!」
「珍しいね、光雪。ここで会うなんて」
「うん、すごい偶然。お妃様に言いつけられた用を済ましたとこなんだ」
仕事中の、ほんの一時の息抜き。一言、二言おしゃべりして別れる、いつもの会話。
「公子様の?」
羽和の持つ器を見る。蓋付だから何が入っているかわからないけど、外側が少し濡れた感じがする。涼を取れるような甘味っぽい。
「ウチの公主様も、暑さからむずがってあまりご飯食べないの」
「こっちもよ。公子様のお気に入りだから、食べきってくれると思うけど」
羽和がにっこり笑う。
先日、公子様のお世話係の補佐を任されるようになったと、嬉しそうに言っていた。
――私はいっつも染物で手が真っ黒なのに。
ちょっとばかりイラっときた。
「あっ! 汚れついてる!」
「えっ!?」
妃の宮に仕えているから、あまり汚い格好はできない。思惑通り「どこ!?」と聞いてきたから、払う振りをしながら花粉をつけた。
「取れなかったみたい……。洗うか手巾を濡らして拭いたら良いんじゃないかな?」
「そうする! ちょっと持ってて!!」
料理を私に押し付けるように渡してくると、紫陽花の影に隠れて裙を拭き始めた。
私は見ないように気遣うふりで後ろを向くと、隠し持っていた毒を薬包全部入れて混ぜた。匙はあらかじめ手巾に包んで持っていた。指で混ぜても良かったけど、毒を直接触るのは怖かった。
ほんのちょっぴりでも命を奪う危険なものだからなおさら。
杏仁羹は白くてドロリとしているから、毒が少々残っても気付かれない。
「駄目だったぁ。でも少し目立たなくなったから、これで戻るよ」
困った雰囲気だけど、それ以上に長く油を売っていられないと思ったみたいだった。
「うん、仕方ないね。どうしても落ちなかったら染めてあげる」
「ありがとう、そのときは頼むね」
私から料理を受け取ると、「じゃあ」とだけ言って急ぎ足で董昭容の宮に戻っていった。
――きっと、すごい騒動だろうな。
後ろ姿を見送りながら、ぼんやりと思った。
食べてすぐだけど、幼い子供だから、毒殺よりも喉に詰まらせて死んだと思われる……はず。
でももし私が料理を手にしたことがバレたら?
即座に毒を疑うだろう。
だから――――――――――――。
羽和が言う前に口を塞がないといけなかった。
――羽和の房から、私の房に来るなら、ここを通るはず。
昼間と同じように待ち伏せした。
夕餉の前からずっと待っていたから、少しだけお腹が空く。
ほんの少し、食事の後に待ち伏せたら良かったと思ったけど、失敗したら罪人として捕らわれる。
疲れたなって思ったころ、羽和の姿が見えた。泣きはらして目が真っ赤だった。
「どうしたの!?」
常にない取り乱した様子に驚いた振りをした。
「羽和っ!!」
私の姿を見つけると同時に駆け出して、ぎゅうぅっとキツく抱き着いた。
「ちょっと! どうしたの!?」
「公子様が……! 公子様が……!」
最初は支離滅裂で、事情がわからなければ何が何だかわからなかったと思う。
肩を抱き慰めながら、人目につかないところに行こう、と誘った。
近くにある物置はいつもきれいに掃き清められている。以前は二人で仕事をサボって果実を食べたりしていたところだ。
ここならゆっくり時間をかけて話をしても問題なかった。
夜になって人が通る場所ではないから、出入りするところを見られたり、話を聞かれたりしない。
泣き声の合間に、うわ言のように呟く言葉を拾っていくと、どうやら公子は事故死と見られたらしい。好物を勢いよく飲み込んだときに、肺腑に入り込んだのではないか。身体が小さくて体力がないから、あっという間に息絶えたのだろう。
そんな感じだったらしい。
お世話係の宮女も、料理を運んだ羽和も疑われていない。
――良かった。
未だ、誰も私が料理を触ったことを知らない。
羽和が永遠に口を閉ざせば疑われずに済む。
友人を殺す罪悪感よりも、安堵の方が強かった。




