20-1. 光雪の自白 ―捕縛―
待ち合わせは姑姑の房だった。
牢がどこにあるか知らないから、という新人あるあるな理由で。
陽が暮れてから向かったけど、道の両端には白い小石が細い線のように敷かれているから歩きやすかった。
もしかすると夜歩きしたい妃嬪が、かつていたのかもしれない。
僕は光雪の捕り物に参加しないで、尋問からの参加だ。
今後も後宮で生活するのに、衛士の真似事は不利益しか生まないから。
とはいえ掌衛は女の子にたいする配慮に欠ける。
くれぐれも共同生活をするほかの宮女たちを、無闇に脅さないようにとは言っておいた。一般人は人殺しとは無縁だし、当然、捕り物のような荒事とも縁が薄い。
彼女たちの元に向かう前にどう行動するか聞いて、駄目出しをいくつも指摘した。「この程度で、怯えるのか?」と尋ねられたから、「女の子は掌衛様が想像しているよりずっと繊細です。玻璃の細工を扱うのと同じくらい丁寧に、慎重に扱っても十分とは言えません」と返しておいた。
――僕の忠告通りに気を使っているだろうか。
悶々としながらチビチビと茶を啜る。
「待たせた」
ぬっと姿を現した掌衛は、昨日からずっと同じ宦官の制服だったのに、どこか剣呑とした空気をまとっていた。
「時間がかかるのは仕方がないですね。むしろ直ぐに来たら、宮女たちの心配をするところです」
残った茶を一気に飲み干して、そっと器を卓に置いた。
向かった先は中朝にある牢だった。
一昨日、羽和の死体を中朝に持っていったことから、後宮ではなく中朝主導――妃嬪の影響を排し皇帝の意向に沿って――捜査しているのは想像に難くなかった。
――中々、キツい状況だろうな。
罪人はすべて男。官吏の中に宦官はいるものの、男の官吏と兵がほとんどという場所だ。
少々、黴臭く空気が淀んだ中を進む。
通された部屋の中で、床に座らされた光雪は身体を固くしつつ俯いていた。
――当然か。
どういう状態で捕縛されたか、掌衛からあらましを聞いている。
寝入りばなに踏み込まれ、中衣(下着と外着の間の衣類)のまま連行された。年頃の女の子にはキツい仕打ちだ。
しかし共同生活を送るほかの宮女に、袱(風呂敷)に制服を包んで渡すよう指示したのは、寛大な処置だと思う。公子殺しの下手人としては破格だ。
「やっぱり衛士だったのね……」
光雪は警戒心を剝き出しにして僕を睨む。
「違うよ。本職より優しく聞き取りができるだろうって、引き続き命令されただけ。年頃の女の子を傷めつけるのは、仕事だと思ってもやりたくないみたいでね」
微笑んで見せたけど、安心するどころか増々警戒された。当然だけど。
返事をする横で、掌衛が尋問官を下がらせた。
僕が口を割らせるようにと、道すがら言われている。大理寺(事件の審理や裁判を行う部署)の官吏より、穏やかな方法を採れるのではないかという理由で。
これから尋問――否認すれば痛めつけるのも厭わないような、強引な手法を取るような相手に、心を許すはずもない。
「蔦華国では、故郷と違って杖打ちくらいしかしないけど、それも嫌らしい」
「……故郷ではどうだったの?」
尋ねたのは怖いもの見たさの心境か。聞かない方が良いと思ったけど説明する。
「杖打ちもあったけど、一番多いのは鞭かな。あれは痛いなんてもんじゃないらしいよ。僕は経験がないからわからないけど……。一生、痕が残るほど深い傷ができるらしい」
ひゅっと息を呑む声が聞こえた。……後ろから。
何故、これから尋問されようとしている光雪ではなく、記録係や尋問官が驚くかな。
「使ったことはないからね? 聞いたことがあるだけだから」
誰に向けての言い訳かわからないまま、同じ言葉を繰り返す。
人選を誤ったとばかり掌衛が止めてくれるなら、楽ができて良いんだけど、そうはならなかった。
「荒っぽいのは好きじゃない。特に女の子を傷つけるのは嫌いだ」
ほっとしたように息を吐く声が、前からと後ろから聞こえる。
……だから、なんで記録係と尋問官が安堵するかな。
横目で見ると、なぜか掌衛までほっとしていた。
――まったく。
理不尽さを感じながら、気を取り直す。
――さっさと終わらせて、早く寝ないと。
明日は朝から普通に尚書局の仕事だ。二日ほどまともに仕事をこなしていないから、明日も休んでいられない。
衛士の真似事はあくまで手伝いなのだから。
「わかったなら、話を聞かせてくれるかな?」
「……じゃない、私じゃないわ」
光雪の声は小さかったが、無体をされた非難が籠っている。
尋問記録を一瞥すると、昨日、僕が尋ねたこととほぼ同じ内容だった。
「なんで私が……」
「君が友人を殺したのがわかってるからだよ」
「羽和は自分で首を吊ったのよ! 自分が公子を殺したって思い込んで!!」
人殺しにされたくないと思ったのか、思い込みたいのか、どちらかわからなかった。
だけど是認する気がないことだけはわかった。
「首を吊った人はね、あんなに苦しんだ顔で死なないんだよ」
「何よ、知ってるって言うの!?」
「うん、知ってるんだ。何人も吊るしたからね」
知らんだろう、という意味の煽りは、まったく効果がなかった。
郷里での僕は裁く側であり、断罪する側だったから。
でも正直に言えないから、張祥安の設定を口にした。
「僕は隊商にいたことがあるんだ。生け捕った野盗はその場で吊るすんだよ。首を斬ると血の臭いで狼が寄ってくるから。もちろん身を守るために剣を振るったし、人を斬った経験もある」
「え……?」
口を開けたまま光雪が呆けた。
想像の埒外の言葉に、頭がついていかなかったらしい。
ぼんやりとした見た目の下っ端宦官が、実は武官並みの荒事を経験しているなんて思うまい。
「一目でわかったよ。石羽和が毒殺されたんだって。口元から杏仁の臭いがしてたから、毒の種類もわかった」
「じゃあ……最初から疑ってたの? 私が殺したって」
「いいや。誰が殺したかまではわからなかった。でも符牒のすべてが下手人を告げていた、君だって」
もっとも最初は親しい間柄でなければ、隙を見せないだろうと思った程度。「誰」かまでは特定できていなかったけど。
「私じゃないわ!」
「百合の花粉」
証拠の一つを挙げた。




