18. 毒を作った場所
陽は随分傾いて来たけど、空はまだ明るかった。
家探しするには暗いとはいえ、往復の移動は十分できそうだ。
――初夏で良かった。
やれることを明日に回さないで済む。
その分、早く解放されると思ったら、やる気が出て来る。
掌衛の手には羊角灯が二つ。据え置きでも携帯でも使える照明具だ。難点は折り畳めないこと。飾りの一つもないそれは、無骨な雰囲気ではあるものの使いやすそうだった。
「一つ持ちましょう」
「助かる」
そう言いながら一つ、こちらに寄越してきた。両手が塞がっていると、いざという時に対応できない。
何があるという訳ではないけど、武人なら嫌な状況なのだ。戦場を経験しているからこそ、僕も気持ちがわかる。
尚功局は場所を知っているものの、一度も来たことがない。当然、その近くに物置があるのも知らなかった。数は多いものの道から隠されるようにして建てられているから、部署が違えばわからないのが普通だけど。
承成が管理している白洋山の物置だって、昨日悲鳴を聞いて初めて知ったくらいだ。
「意外に綺麗ですね」
毎日手入れしているのかとおもうほど、掃除が行き届いている。尚書局は庭掃除とは無縁の仕事だから知らないけど、場所柄すべてを整えなければ気が済まないのだろうか。
「毒を作るには良い環境かもしれませんね」
人に見られず肉や魚の燻製を作るにも良さそうだ。夜なら煙を見られることもない。
物置の中に入り、窓を開けずに羊角灯に火を入れる。一つでも本を読めそうなほど明るくなった。
「種を割った場所はどこでしょうか?」
ぐるりと見回す。何か硬い物の角に打ち付けて、少しずつヒビを入れていった気がする。いくら夜間は無人になる区画とはいえ、大きな音は出さなかったはずだ。心情的に。
「使えそうなのは棚の角か木箱の角と、金槌……いや木槌か」
「そうだ、木箱に麻袋の破片がついていたらしい」
該当する物を探すように、木箱をいくつも動かす。
「……音を小さくするために麻袋に包んだのか」
「だろうな」
そう言いながら棚から一つ、木箱を取り出した。どうやら見つけたらしい。
落ち葉を詰めて運んだりするためのものが、物置にあるはずだ。軽いものだから上段のどこかにありそうだ。
「麻袋なら木箱の上に乗ってるぞ」
「え……?」
「見つけた連中がわかるように置いた。割ったときの木槌がどれかはわからんらしいが、問題ないだろう」
想像以上に掌衛の部下は有能らしい。
手元を覗き込むと麻袋には細かな破片がいくつも絡んでいる。木箱の縁にも毛羽らしいものが何本か見える。
「結構な量ですね」
一個や二個どころではないほどの屑がついている。
毒の絡みで調べていなければ「随分汚れた袋だな」で終わる話だ。
「銀錠は磚の下にありました。壺が入るくらいの穴を掘って」
「よくわかったな。家探しの経験があるか?」
「単に日常的に動かさないものを上げていって、その中で簡単に動く物を残したら見つかったというだけです」
光雪の住む房は荷物が少なかったから、見つけるのは簡単だった。
「女の子の細腕で簡単に出したりしまったりできる。それでいて人目につかない……」
再び物置の中を見回す。
棚が上下二段なのは、白洋山の物置と同じ。
そもそも作りからして同一だ。
でも物は少ない。
梯子はないし、下段に入っている木箱の数も半分以下。
上段には一つも木箱がないし、麻袋だって剥き身のまま重ねておいてあるだけ。
「釘の抜けた棚板はありませんか?」
作りからすると一枚くらい外れていても、ズレる心配はなさそうだ。
光雪が下手人なら、きっと銀錠と同じ隠し方をするんじゃないか。わざわざ隠し方を変える必要はない。何種類も考えつくとも思えないし。
掌衛に言うのと同時に、僕も彼とは違う棚を見ていく。棚の端を見ていくだけだから、さほど時間はかからない。
「見つけた……」
物置の奥にある棚の奥から二番目の板に釘が無かった。仕舞ってある木箱は二つ。どちらも空だった。
木箱をどけて棚板を外すと、床に敷いてある磚が現れる。
羊角灯を照らしながら陰影を見る。一つだけ浮いているものや、隅が欠けているものがないか。
次に軽く指をまげてコツコツと叩いていく。
――ここか。
磚の一枚だけ音が響いた。下が土ではなく空洞の証だ。指を差し入れて外そうとするが、隙間が詰まっていて上手くいかない。
「小刀か何か持っていたら貸してください」
「どれ?」
匕首を片手に、こちらに来る。腰帯の内に刺していたのだろうが、普通の宦官の持ち物ではない。後宮の警備担当でさえ丸腰なのだ。
――こういうところに武官らしさが出るのだけど。
本人に気づいた様子はない。
少しばかり詰めが甘いと思いながら、様子を見る。
ゴトリと小さな音を立てて外れると、中から小さな壺が出てきた。
「当たりだ」
蓋を開け差し出された中に、五つの薬包がある。
「中身は太医に確認してもらわないといけませんが、杏仁毒でしょうね、きっと」
「お前ではわからんか?」
「臭いを嗅げば判るかもしれませんけど、猛毒だから遠慮したいです」
僕を何だと思っているのだろうか?
確かに多少の薬の知識はある。怪我の手当てもできなくはない。
だけど素人療法でしかないのだ、本職に聞くのが一番だろう。
「そうか、わかると思ったんだが……」
壺を懐に仕舞おうとするから慌てて止める。
「一応、猛毒なんですから、身体から離しましょうよ」
奪うように壺を受け取ると、持ち手を作るように包んで返す。もちろん蓋が動かないようにしっかり固定した。
「戻るか」
「ええ、もう用はありませんから」
物置を出る前に磚、棚板、木箱とすべて元に戻す。来た時と変わらないのを確認すると、羊角灯の火を消した。
「少し遠回りをしましょう」
外はまだ明るいとはいえ、早くしないと戻る前に夜の帳が下りる。
それでも栢修容の宮や光雪の住む房から、この物置に来る最短の道を通るのは避けたかった。
「羊角灯は二つとも僕が持ちます」
「悪いな……」
掌衛の利き手を空けておいた方が良いのでは、という気遣いは即座にわかったらしい。
――やはり武人だよな。
本人は上手く宦官に化けたつもりかもしれないが、言動の端々に素性が現れている。指摘する気はないけど。
夕餉の後に待ち合わせた姑姑の房まで付き合って羊角灯を返す。
「朝餉の後に、昼間の死体を置いていた所で待ち合わせだ」
「朝、一番で薬包みの中身以外に何か新たな事実はわかってるんですか?」
先ほど光雪の実家の調査結果がすぐにわからないと言っていた。
無駄足になるくらいなら、わかった後で呼び出されたい。何より一緒に居る限り心が休まる暇がない。僕は安穏として過ごしたいのだ。
「なんなら朝餉からでも良いぞ。美味い飯を食わせてやろう」
「質素でも友人たちと楽しく食べたいです」
確かに下級宦官では食べられないような脂ののった肉は魅力的だ。
きっと朝から精のつくような、豪華な食事が用意されるのだろう。想像はついても、やはり気心の知れた相手と気の置けない朝餉が良い。
「仲の良い友人と食べたいです」
「俺とでは楽しくないか?」
「今日、初めて会ったんですよ? 楽しいよりも緊張の方が勝って当然です」
他意はない。慣れてないのが原因だと誤魔化しておく。
本心では近づきたくないだけだが、言わぬが花だろう。
「それもそうだな……」
快活に笑いながら返してきた。
「では昼餉の後で構わん。もし早まるようなら呼び出そう」
「それでお願いします」
僕はペコリと頭を下げると、自分の宮に足を向けた。




