17. 報告
徳妃:
妃の位。皇后に次ぐ四夫人の一つ。
「遅かったな」
司薬を後に、昼間に立ち寄った姑姑(老女)の房に向かった。既に掌衛は茶を飲み寛いでいる。
「すみません、少し寄り道をしていたので。無駄足でしたが」
向かいに座って用意されていた器に茶を注ぐ。半分ほどなくなっているから、随分待たせたのかもしれない。待ち合わせを夕餉の後としていただけだったけど、直後に着いていたのかも。
「それで……?」
茶を一口飲んで落ち着いたのを見計らって掌衛が訪ねる。
「もう一度、物置に向かったのですが空振りでした。手入れをしている宦官が知り合いなので、一緒に隅々まで掃除をした上、道具の確認もしましたが問題なくて。その宦官も思い当たる節はないようでしたし」
「知り合いとは、あの第一発見者か」
「そうですよ。近くの白洋山に思い入れがあるらしく、毎朝、一人で掃除をしているらしいです。ついでに物置の掃除や道具の手入れなんかもやっているみたいですね」
昨日、死体を見て動揺しながら言っていたことを、かいつまんで説明した。
「夕餉の後にもう一度戻って、近くの杏子の木を調べていたら、医女に注意を受けまして。彼女が薬作りの為に実を欲しいというので代わりに採って、司薬まで運んでから来ました。後宮の苦杏仁の木を巡回しているらしいですね。気になるほど大量に実を採られた形跡はないみたいです。でも苦杏仁の木自体、何本もありますし、さほど量は要りませんから……」
一息つく。
ここまでは遅くなった、半分言い訳じみた報告だった。
でも次は重要な報告だ。
「杏仁羹を出した理由を聞いてきました」
「ほぅ……」
料理の予定が予めわかっていれば効率良く毒を盛れる。
「徳妃の宮の下級宮女だったらしいです。公子がいるようですから、幼子でも食べやすいものを頼んだだけかもしれません」
「そうでもないと?」
掌衛が少し考え込む仕草をした。
「可能性の問題かと……。下級宮女同士は仲良くやっているみたいですから、悪意なくいい様に使われたとも考えられるのでは?」
「確認する価値はあるな」
言いたいことが伝わったようだ。
四夫人の徳妃が、九嬪の公子を危険視する意味は少ない。
もちろん帝位争奪戦から一人でも減ってくれれば良いとは思っているだろう。
でも陛下の子はみな幼い。二十歳になるまで結婚は嫌だと逃げ回ったのが理由らしい。先代皇帝が急逝したため、大臣たちに言われて妃を娶り子をもうけた。
そういった理由で陛下の子はみな幼い。些細なことで簡単に死ぬほどに。
陛下が若いから妃嬪も若い。まだ自分も含めてどの妃嬪にも子が生まれる余地がある状況で、自分より身分の低い九嬪の生んだ公子を殺す意味が見当たらなかった。
「良い仕事をしたな」
「ありがとうございます」
褒められるのも悪くない。
少しばかり嬉しい気持ちになりながら、お茶で喉を潤した。
――少し冷めているけど美味しい。
全部言い尽くした後だから、このお茶を堪能するくらいしかやることがなかった。
――遠慮なく味わおう。
舌の上で転がし、ゆっくり嚥下する。
「美味そうに飲むな」
「実際、美味しいですよ。僕の身分では一生飲めないほど銘茶です」
本来の薔国の王女でも多分無理。茶葉をもらったところで、これほど上手に淹れられる人はいないし何より水が違う。蔦華国だからこそ飲める一杯だ。
「だったら俺の部下になるか? 毎日飲めるぞ」
「え、嫌です。こんなに神経をすり減らす仕事なんて、僕に務まると思えません」
武人が扮した宦官なんて訳アリ、しかも本人は名門出身っぽい。苦労するのが目に見えている上に、僕自身が宦官に変装した妃嬪なんて、問題が発生する未来以外は見えなかった。
「案外、向いていると思うがな」
「上手く取り繕えているという誉め言葉ですね。ありがとうございます」
即座に返しながら、二杯目を注ぐ。
「そういうところなんだが……」
掌衛が小さく呟いたが、聞かなかったことにした。
――成果を聞きたいけど。
僕としてはさっさと事件を解決して自由の身になりたい。
でもこちらから聞いたら、やる気があると思われそうで嫌だ。どうしたものかと考えながら、無言で茶を飲み干す。
三度、茶を注いだところで掌衛が口を開いた。
「毒を作った痕跡がみつかった」
「どちらで?」
勿体をつけず、さっさと話してほしくて続きを促す。
「尚功局(工芸品の制作、管理を行う部署)の近くの物置だ。種を割った破片が見つかった」
「硬いですからね。道具でもなければ大変だったでしょう」
ここに来る前、医女にどうやって種を割るのか見せてもらったけど、なかなか力が要りそうな作業だった。
「詳しいな」
「つい先刻知りました」
元から詳しかった訳じゃないと言っておく。
この事件で僕が疑われているとは思わないけど、毒の作り方を知っているなんて思われたら厄介なのだ。
「杏子の実を運んだら、作業場に種があったんで見せてもらったんです」
「なんだ、そういうことか」
「僕の知識は食べる方に偏ってますからね。毒のある方は間違いであって、弟に笑われるから区別がつくようになっただけです」
食い意地を張って覚えた訳でもない。昼間も言ったが念押しした。
今回、たまたま知識が役に立っただけ。
「毒を作った形跡があるということは、素人が作った可能性がありますね。少なくとも司薬から盗まれたとかいう関係者の線が消える……。ああ、外部から持ち込まれた可能性も減るのか」
作って失敗した可能性も残ってるが。
「案外、関係者は思っている以上に少ないかもしれませんね」
使われた毒は黒幕が仕入れたのだと思っていた。栢修容の宮に勤める宮女の中に、医者や薬屋の関係者がいるのか、それとも簡単に入手できる大物が関わっていると思ったが、そうではないかもしれない。
「かもしれん。厄介だな……」
掌衛も同じように思ったらしい。関係者が多ければ、隙のある人物とか綻びが見つかりやすいと言いたげだった。
「栢修容に仕える宮女や宦官の実家とか経歴はわかりましたか? それとほかの妃嬪の宮に咲いた百合、もしくは咲きそうな百合は?」
「全員の実家は確認が取れていない。特に死んだ宮女の友人……岳光雪って言ったか、あれの親が引っ越していてな。明日の昼までにはわかるだろうが。今のところ気になる者はおらん。それと百合はどこの妃のところも未だ咲いていない」
「栢修容の宮だけですか……」
すぐ近くで見ていたが、縄から下ろされた死体に光雪が縋りついたときについた汚れではなかった。
「毒は後宮内で作られたと仮定すると……。完成品が同じ場所に残っているかもしれませんね」
尚功局なら宴などの前でもない限り、遅くまで人が残っていない。夕餉の後から朝餉の前までの時間はほぼ無人だ。少々、音を立てても気付く人はいないだろう。
「銀錠と同じように隠している可能性があると?」
「多分……。家探しを専門にしている人が探したのでなければ、隠していた物を見つけるのは難しかったのでは? 広い後宮を手際よく探そうと思ったら、時間はかけられませんし……」
探していた人たちは無能ではないと思う。限られた人数で広大な後宮の中から、短時間で手がかりを発見したのだから。
とはいえ広すぎて時間はかけられなかったと思うし、大々的な家探しはしていないはずだ。僕たちのような下級宦官は広い食堂で食べるから、周囲の話し声がよく聞こえる。昨日亡くなった公子がどうやら毒殺されたらしい、という噂はあったけれど、家探ししているという話はなかった。
「池の鯉が死んだとか、そういった噂話を聞きませんし、『予備』とか『次』を考えたら、二人分しか作らなかったとは思えません」
土に埋めて処分した後かもしれないけど、わからない。
杏仁毒が人以外の動物にも効くのは知っていても、木とか草が枯れるかなんて知らないから。
「取敢えず行ってみるか」
掌衛が腰を上げるのに続き、僕も立ち上がった。




