15. 岳光雪の部屋
昼前には立っていた警備は、既に消えていた。掌衛が調べた後だから必要なくなったのだろう。
「一昨日から変わったところはありますか?」
「朝、見た限りなら何もない」
手がかりへの期待はあっさりと裏切られた。
とはいえ今から掃除をするなら、見つかるかもしれない程度。
――無駄骨になりそうな気配が濃厚だけど、まあ良しとするか。
少し遠回りをするだけで、それも大して時間はかからないはず。多分。
「この物置って、落ち葉を集めるだけじゃなくて、木の枝を落としたり割と本格的に揃ってますね」
「俺が少しずつ揃えた。白洋山が美しくあるために」
なるほど梯子から鎌まで一通り揃っているのは、そういう理由だったか。
「近くにある杏子の実を採るのにも良さそうですね」
「アレは止めておけ。不味くて一口で捨てる羽目になるから、梯子を出すだけ無駄だ」
薦められない味らしい。
――苦杏仁だからなのか本当に不味いからなのかは、夕餉の後にでも調べよう。
普段なら信じるところだけど、今の公子が殺されて黒幕が野放しの状況では誰もが疑わしい。絶対に無関係だと言い切れるのは、連帯責任で斬首の危険がある尚書局の宮女と、董昭容本人くらいか。
しばらくは木箱を持つときの「反対を持て」とか「梯子を持て」みたいな 成の指示以外無言で掃除を黙々とする。木箱を棚から出して隅の埃を取ったり、梯子を出して傷んだ様子がないか確認したりと、かなり丁寧な仕事振りだ。
「金槌に汚れは……?」
「見当たらないな」
一本ずつ拭きながら問題がないか確認する。
「鎌とか鉈に何か?」
「ない」
随分丁寧だから毎日やっているとは思えないけど、定期的に点検はしているらしい。迷いのない言葉だった。
普段、僕たちに仕事を押し付けているのとは真逆。
本来の業務もこれくらい丁寧にやってくれないかと思ったけど、取敢えず黙っておいた。
「情事の痕なんかはなかったな。普段通りだ」
「情事って……」
何を言いだすかと思えば……。宦官と宮女がどうやってできると言うのか。
「お前な、普通の男女だけが対象だと思うなよ。女同士だってできるんだ。……まあ、お子様にはわからんか」
ふっと嫌味っぽい笑みを浮かべた。
――年長者の余裕か?
これだから老馮(ジジィ)は。
「少なくとも公子殺しの手がかりはここに無かった。もういいだろう」
なるほど。好意的な言葉の裏には、荒らされたくないという意味があったか。
「わかりました。じゃあ、もう僕は行きますね。承成殿も尚書局に戻って仕事をしてください。後輩に仕事を押し付けてばかりいないでくださいよ」
「言うようになったな、祥安」
ちょっと偉そうだったらしい。チクリと釘を刺された。
楽しげな目をしているから怒っているわけではなさそうだ。
――杏子は……夕餉の後にでも調べるか。
昨日までは信じられたのに、今は裏取りできない言葉を信じる気になれなかった。
次に向かうのは……。
人の目についたら少々面倒臭いとは思う。
でも……。
――周辺で見つからないなら、直接本人の部屋を家探ししよう。
短絡的な思考だけど悪くない気がする。何も思いつかないくらいには、と但し書きがつくけど。
光雪の住まいは、あらかじめ掌衛から聞いているし、今なら仕事をしている時間帯だから見つかる危険は少ない。
見つかったら命令されたと言い訳もできる。
――やっぱり悪くない考えだ。
とはいえ一応、気配を消してそっと房の中に入った。
裏手には洗濯物が干してある。生活している全員が今日、仕事だったらしく制服など時間が掛かる物は干していない。下着とか手巾とか小物が少し。
隅に小さな刺繍が入っているのは死んだ羽和と同じ。共同生活の知恵だろう。
――女の子らしい。
簡略化した葡萄、蜜柑、柘榴、桃と可愛いけど少し甘味に走った意匠に、口元が綻ぶのを感じた。
その中で光雪のものらしい手巾を一枚、袖口に入れる。
中を見てみると、桃香たちが住んでいる房に似た作りだった。小さな竈には鍋が一つ。お茶を飲むためくらいにしか使わなさそうだ。
沓を脱いで上がる板張りの上に布団が四組と箱が四つ。
共同生活する宮女に迷惑をかけるからなのか、きれいに整頓されている。持ち物が少ないから散らかしようがないという気もするが。
誰の持ち物かわからないから一つずつ開けて確認するしかない。
手近の箱を開けると更にいくつかの箱。小物入れだったり裁縫道具だったりでわけているらしい。一番下は制服なのは、嵩張るからかもしれない。
裙や衫には小さな刺繍。干してあったものと同じ。
小物入れには自分たちで染めたらしい裂(端切れ)が何枚か。髪を纏めるのに使いやすそうだ。高価な釵で髪を飾れなくても、可愛らしくありたい微笑ましさが垣間見える。
――年頃だもんな。
みんな一緒の制服に身を包んでも、自分らしいお洒落を楽しみたいと思うのが普通。最近染めたばかりらしい、橙と薄紅の中間色とか、かなり凝った色もある。
裂の端に刺繍があるから、小さなものまでしっかり管理しているらしい。染めた後に刺繍をしたらしいけど、古いものは色が落ちて刺繍糸の元の色がわからなくなっていた。
――個人の荷物に手がかりはなし。
念のために竈付近に近づいた。
――お茶を淹れるくらいしかしていないとはいえ、毒を扱うのは怖いと思うけど。
あるのは鍋と薬缶が一つずつ。
それと陶器の壺。中を覗くと隅に染料らしい汚れが残っていた。
――ってことは、こっちの壺の白い粉っぽいのは、白礬か。
きっと尚服局の宮女あたりに方法を聞いたのだろう。媒染剤を使うと色が長持ちする。
――ほかには。
竈の中。不都合のあるものは燃やすに限る。
でも毒を含んだ布や紙を燃やしたりはしないだろう。
次に可能性がありそうなのは、外の共同生活者が通らなさそうな建物と塀の間だけど、無いなと思う。ただの勘だけど。
竈の横にある灰壺に目をやった。
――灰の中……は隠し場所に不向きだ。食器を洗ったり衣服を洗うのに使うから、誰がどれだけ使うかわからない。
だけどその下は?
壺事もっていくような大量の使い方はしないから、持ち歩いたりはしない。
そこにあるのが普通で、しかも固定されているかのように動かされないけど、固定はされていない。
蓋がずれないように気を付けながら、そっと横にズラした。
下は何の変哲もない磚(敷き瓦)を敷き詰めたものだけど、よく見たらほんの少しだけ角が欠けた物がある。
――当たりみたいだ。
期待しながら動かすと簡単に外れる。中からは小さな壺が出てきた。開けると絹の包みに入った銀錠が三個。五年の奉公期間よりもずっと高額だった。
包みごと袍の袖口に隠すと、全部元通りに直した。
――思った以上の収穫だった。でも毒に関係する何かがないと問い詰めるには厳しいかも。
そもそも「誰の金かわからない」という問題もある。この房には光雪のほかにまだ三人もいるのだから。
掌衛から受け取りたい物もある。
――少し早いけど報告に行くか。
僕にとってというか、身元を偽っていない本来の泉婕妤であれば端金であるとはいえ、一介の宦官が持つには大金過ぎる。何より重い。こんなものを袖に入れたまま夜まで動き回るのは御免だった。




