14. 地取り
――ここら辺が有力かな。
尚食局から董昭容の宮までの道のりを頭の中で辿る。
案外、後宮というのは、人の目から隠れるのは難しい。
不仲な妃嬪同士が散策中に出くわさないように、いくつもの分かれ道が用意されているけど、完全に姿を見えなくするというのは無理で、話し声が聞こえないほど距離があるなら、黙ってやり過ごそうと思わせる程度の効果しかない。
姿を隠す場所が多いというのは、即ち不審者が身を隠す場所が多いということにほかならないからだ。
だから羽和が料理を運んでいる最中に呼び止められ、気を逸らされた隙に毒を仕込まれた場所は限定される。
今、僕が立っている辺りがそうだ。
羽和の裙を汚し、その上で指摘した。百合の花粉は目立つ色だから気になっただろうし、取ろうとしたんじゃないだろうか。
年頃の女の子というのを差し引いても、妃の体面を潰すような変な格好ではいられない。「あそこの宮女は――」なんてほかの妃嬪や侍女から陰口を叩かれたら大変なことになる。
下手人が百合の花粉を選んだのは落ちにくいから。簡単に落ちるようなものなら払うだけで済む。油汚れでも良さそうだけど目立つほどなら量がいる。花粉だったら雄蕊の一本で十分だ。
この説を掌衛に伝えたら「創作としては出来が良い」と言われたが、僕としては的を射ている気がする。
謀略とか駆け引きに慣れていない下級宮女同士。しかも数年来の友人だ。何かあったときに料理を預けるのに躊躇はないだろう。疑う気にすらならなかったに違いない。
――見つかると良いけど。
百合の花粉は赤茶で土と同化しやすい色だ。じっくり目を凝らさなければ見つからないだろう。
――夕餉までに見つからなければ、諦めてほかの証拠を探すしかないけど。
裙を汚した後にすぐに捨てたのなら、ここら辺にあるはず。風に飛ばされていなければ。
下草の間を分けたりしながら四半刻あまり。
――あった。
低木樹の根元近くに転がっている赤茶色の小さな塊。地面の上を転がったものの、木に引っ掛かって留まったらしい。
そっと摘まんで手巾に包み込む。もし栢修容の宮以外でも、咲いている百合がなければ確定だ。
だがこれだけでは「宮の誰かが落とした」というだけ。
――もっと探さないと。
言い逃れできないほどの手がかりを……。
ほかには何か……。
悩みながら後宮内を散策する。仕事のために移動しているふうに装いながら。
立ち止まっているよりは、何か閃いたり気付くこともありそうだ。
――昨日の今日で杏仁を食べるのか。
宦官が二人、実を採っている現場に出くわした。公子が毒殺され、それが杏仁毒だったとあっても気にせず食べるらしい。
毒があるのは種の方とはいえ、存外逞しい。
――そういえばあの物置の近くにも杏仁の木があったな。
羽和が首を吊った場所。
馮承成がらしくない言動をし始めた場所でもある。
少し考えを整理した。
事件の発端は公子の毒殺だった。
次に食事を運んだ下級宮女羽和が首を吊る。
羽和の裙から薬包と銀錠が出てきた。
三つの出来事は犯人を固定化する役割を持っているけど、さして裕福ではない家の娘が、金を実家に送る前に命を絶つ選択をするだろうか。
何より毒を所持したまま死ぬか?
疑ってくれと言わんばかりに……。
九嬪を母に持つとはいえ皇族を手に掛けたのだ。連座で家族に累が及んでもおかしくない。せめて中身の薬を川に流すか、薬包ごと土に埋めてしまうのが普通ではないか。
衝動的に首を吊るのだったら、公子が死んだ直後だろう。
――杜撰すぎる偽装だな。
この程度で騙されると思ったのか、そもそも騙す必要もなく泣き寝入りさせる自信があったのか。
――うん、わからん。
黒幕に話を聞かない限り永遠に意図は不明で、だから無駄な考えは止めることにした。
「ようやく偉そうな宦官から解放されたか」
突然、話しかけられて驚いた。
「承成殿……」
目の前には馮承成。
気付くとあの物置まで来ていた。考えているうちに足が向いていたらしい。
今朝、短い時間に顔を合わせただけなのに、ひどく懐かしい気がする。色々と濃い一日だったからだろうか。ってまだ終わっていないし、昼餉を食べて二刻と経っていない。
「それが……どうやら当分無理そうです。思ったより掌衛がヘッポコだったので。人からの聞き取り以外にも仕事を振られました」
「あまり深入りするなよ……。高貴な身分の方々に深入りして良いことなんか一つもない」
断定口調だった。
以前、妃付きの宦官だったと言っていたから、そのときの経験からだろうか。随分恨みがあるような言い方だったから、仕えていた妃ではなく、ほかの妃嬪に思うところがあるのか。
「この件が終わるまで解放してもらえそうにありませんが、僕は今の尚書局が気に入っているので異動したくないですね。何より大切な友人たちと一緒にいられなくなるのは嫌です」
「……なら良いんだけどな。くれぐれも深入りするなよ」
「はい、気遣いありがとうございます。そういう訳でさっさと解決しないといけません。少し質問をよろしいでしょうか?」
捜査を長引かせないためには、承成への聞き取りが必要だと匂わせたら特に嫌がられなかった。
「物置の中がすごくきれいだったのですが、いつも手入れを?」
「ああ、毎日使うところだからな。袍に埃をつけたくないだろう? だが俺以外にも出入りしていると思う。たまに前日よりきれいになっていることがあるから。もしかしたら誰かが逢引きに使っているのかもな」
「宦官と宮女の逢引きですか……。恋愛感情って育つものなんですか?」
妃や上級宮女の横暴などを目にしている宦官が、女性に恋愛的な意味で興味を持つだろうか。
宮女の方だって、滅多に見られないとはいえ禁軍の逞しい軍人を見ているのに、線の細い宦官に目が行くか。
甚だ疑問である。
「男女の色恋なぞ、理屈で割り切れるものじゃない。まだお前の歳ではわからないかもしれないが」
「承成殿は経験があるのですか?」
自身の経験則で語っているのだろうか?
もしかして禁断の恋とか……?
「いや……」
逡巡したような間が空く。
「俺はない。知っているというだけで。間近でずっと見ていた。理屈じゃない、あれは」
苦い恋だったようだ。当事者でないのを幸いと言って良いものか。失恋とか悲恋という類の物だったのかもしれない。
「言えるのは後宮で本気の恋をしたり、相手に心を預けるのは愚かだということだな」
苦く切ない恋ではなく、裏切られ復讐心に燃える恋だったのだろうか。承成が見てきたのは。
わからないことを詮索しても仕方がない。
少なくとも今は公子殺しの下手人探しに注力したい。掌衛から早く解放されるためにも。
「ところで承成殿は、なぜここに……?」
「昨日、ここの掃除ができなかったからな」
どうやら白洋山だけでなく物置の片付けなども早朝に行っているらしい。意外にマメだ。
「手伝いますから、少し話を聞かせてください」
「構わんが、キリキリ働けよ」
……普段の承成に戻った。




