13. 遺体検分
「なぜ、そんなことが判る」
「殺されたって一目でわかるじゃないですか」
なぜ、と此方が言いたいところだ。
「遺体を検分した医師は何と言ってました?」
「首を吊って死んだと……」
「藪医者にも程がある」
節穴め、と罵ってやりたい。
「軍医が見たからな、宮廷務めの太医なら違うかもしれん」
「そう思うのだったら、最初から見せるべきでしょう。何を考えているんですか」
呆れ果てて物が言えないとはこのことだ。今すぐ太医を呼び出すべきだと、頭ごなしに言ってしまっても許されると思う。
「なぜちゃんと調べなかったんです?」
「縄の痕がしっかりついていたし、首を吊った状態で発見されたのだ。軍医もそう言っていたのでな……」
「怪我の手当などは上手いでしょうが、毒殺死体を見慣れてはいないでしょう?」
「指摘されるとその通りなのだが……」
狼狽えたような言い訳。偉そうな雰囲気が消え、頼りなさそうに眉をハの字にしている。
僕たちのやり取りを見ていた遺体安置場所の兵が、太医を呼びに行ったらしい。肩で息をした医者がやってきた。白髪交じりというより白髪の方が多い頭。何人もいる太医の中で一番偉い人かもしれない。
「それで、毒殺された死体とは……?」
問われて羽和の遺体を見せる。
「確かに苦悶の表情を浮かべたまま首を吊ったのは見たことがないが……」
そう言いながら口元に顔を近づけた。
「杏仁の臭いか」
「彼女が死ぬ前に杏仁毒で公子が殺されています」
掌衛が僕の顔を凝視した。
話してもないのになぜ使われた毒を知っているという顔だった。
そんなもの状況を見たらわかるだろうと言いたい。思わず喉まで出かかった。
「ああ、董昭容の……。景徳公子だったか」
杏仁毒と聞いて、太医は合点がいったようだ。
「彼女はお妃様に仕えていた下級宮女で、公子様の杏仁羹を運んだそうです」
「同じ毒……。口封じじゃな」
僕と太医の間の会話を聞いて、掌衛がみるみる渋面になっていく。
「もしかして黒幕を探すだけで終わると思っていましたか? 羽和は良心の呵責に耐えかねて自害しただけだと?」
「ああ……」
「そんな訳ないでしょう。普通のどこにでもいるような女の子ですよ。よほど切羽詰まった事情でもなければ、手を出しません。それだって挙動不審になって気付かれるのがオチです」
掌衛は周囲に男しかいない生活が長すぎたか、それとも海千山千の曲者しか見てなかったか。
どちらにせよ普通の人というものを見た方が良い。
「君か、毒殺体と自殺体を間違えたのは。節穴じゃな」
太医が僕から掌衛に目線を移す。
呆れたきった目で見られて身体を縮こませた。どうせなら威圧感も縮こめたら良いのに。
「しかし……。服の中に銀錠と薬包を隠し持っていたんですよ。首吊り死体が分不相応の金を持っていたら、疑っても仕方がないでしょう」
「黒幕の思う壺じゃな」
太医のばっさり切り捨てた言葉に項垂れる。そのまま身体ごと崩れ落ちるかとおもうほどの落胆振りだ。
「包みの中身も杏仁毒でしたか……」
「部下が気付いたことに、上官が気付かないとは世も末じゃ」
「僕は部下ではありません。掌衛様が自分では宮女や宦官が怯えるから、代わりを務めるように申し付けられただけで……。本来の業務は尚書局にございます」
「素人以下か」
そう呟くと鼻先で笑う。
もうやめて差し上げて、と言いたくなるほど容赦がない。一応、僕は立場上言葉を選ぶけど、太医は必要ない立場のようだ。羨ましい。僕ももっと好きに意見を言いたい。
「司薬の在庫を確認すれば、不審な減り方がわかるか……?」
杏仁は食事の香り付けだけでなく薬としても有用だし、量を間違えれば危険である。
頑張って掌衛が話題を変えようとするが、残念さが追加されただけだった。
「杏子は後宮内に生えてますからね。わざわざ薬を盗む必要はありませんよ」
「苦杏仁も植えてあると?」
太医が僕に尋ねる。往診のために後宮に立ち入ることはあるだろうけど、庭を散策するほどのんびりした経験はないのだろう。知らなくて当然だ。
「実を食べるだけなら害はありませんからね。どちらも生えてますよ」
杏子は二種類ある。正確には種が違う。花や実が似ているだけだけだが、どちらも杏子と称される。二種はそれぞれ『甜杏仁』『苦杏仁』と呼ばれていて、料理に使われるのは前者で薬に使われるのは後者だ。毒が強いのも後者である。
「実を見て区別がつく者は、種の毒性を知らないより知っていると考えるのが自然だと思いますよ」
「そういうお前は毒と知って、どうにかできそうだな?」
「できません。難しいし面倒なんですよ。成分を取り出すためには種を割るんですが、それがまず硬くて難しくて面倒臭い。御免です」
弟が詳しいのだ。正確には野菜とか果実とか、主に食用の食物全般が専門だった。
「ほう、お主は多少の知識があるようじゃな?」
「食べる方が専門です。弟が果実などに詳しく、教えてもらったんです。間違って苦杏子を採ってきた日には笑われました」
「姉上は憶えが悪いなあ」と笑われて、兄や他の弟妹たちが「判らないのが普通」と一緒になって言い返してくれた。元気にしているのだろうか。
「でも知っているのだろう? できるのではないか?」
「知ってるのと出来るのは違います。失敗する自信はありますが、成功する自信はありません。そもそもできたとして、公子に食べさせる手段がありませんし、理由もありません」
「いや、お前がどうこうというのではなく、医女でなくとも普通の宮女や宦官にできないものかとだな……」
苦しい言い方だ。別に抗議している訳ではないのに、太医が来てからというもの掌衛は良い所無しだ。
「できる人がいても不思議じゃありませんけどね。千人からの人間が生活し働いているんだから、一人くらいそういう人が混じっていてもおかしくないですし」
市場に杏子を売りに行く農家の娘が、宮女として後宮内にいてもおかしくない。薬問屋の娘や料理人の娘という線もある。
「杏仁毒だけが手がかりではないのじゃろ? ならばほかの手がかりと杏仁毒の両方に関係ある者を探し出せば良かろう」
埒が明かないと見たか、太医が助け舟を出した。
「都の外なら杏子くらいあるでしょう。関係者の実家まで洗えば、自ずと怪しい者が浮かび上がってくるんじゃないですか?」
僕が更に言葉を補足する。
「それと――」
僕が更に言葉を重ねると、掌衛と太医がまだあるのかという反応をした。
「薬包の中の毒ですが、精製具合を見れば誰が作ったか推測できるでしょう。個人の特定は無理でですが、薬の知識がある者の手で精製されたものなのか、素人が仁を取り出して粉にしただけなのか。細かな粉になっているか、塊を軽く潰しただけなのか、それだけでも作り手の技量や性格が出ますよ」
ここまで情報があれば、何処を調べるべきかわかるだろうし、そこから先の誰を調べるかまで見通せるはず。
「そうだな……。頼りにしてるぞ」
「は? 僕の仕事は代理の聞き込みですが」
却下され強制的にここまで連れてこられたけど、そろそろ勘弁してほしい。
「使える者は取り立てるべきだろう?」
「そうじゃな、主より頼りになる坊主は手放さぬ方が良い」
――太医!
一緒になって同意しないで欲しい。僕はさっさと役目を終わらせたいのに!
「乗りかかった船だ。最後まで一緒に頑張ろうか」
掌衛が嬉しそうにニヤリと笑う。
僕は……………………溜息でもって返事とする以外に術をみつけられなかった。




