11. 栢修容
「妾の宮を騒がしているのはお前か?」
「鄭掌衛の代わりでございます」
是とは言わなかった。身代わりで来させられているとも、好き好んでやっている訳でもないとも。
端的に聞かれたことだけ簡潔に返す。
「衛士如きが、誰の許しを得てやら」
「衛士ではございません。掌衛様は宮女にも宦官にも怯えられる始末で。たまたま僕が平気だからと、代わりを務めるよう数刻前に命令された、尚書局の宦官にてございます」
「其方、自分が有能だと申すか」
少しだけ苛立ちを声に乗せた。
「否、単に動じることが少ないだけでございます」
僕にできるのは誠実に、聞かれたことにのみ端的に答えることだけだ。
この場では言葉を尽くしもしないし、嘘や隠し立てもしない。
「掌衛とやらは、それほど恐ろしい宦官か、美琳」
「獰猛な獣のような者です、娘娘」
中々、失礼な表現だ。
しかし的確な表現ではある。ついでに偉そうという単語も付け加えたい。
僕にはキツく辛辣な態度の侍女だったが、栢修容には少し甘えた声を出す。実家から付き従った腹心という立場を、十全に自覚している。
「其方は畏れを知らぬのか」
「是、言葉が通じずいきなり斬りかかってくるような輩の方が、余程怖い存在でございます」
「そういった輩を知っているような口ぶりね」
「野盗に襲われたことがあります」
「――!!」
息を呑む声が一つ。侍女は驚いたようだが妃は動じていなかった。長く、それこそ幼いころからずっと一緒に過ごしていたとして、格の違いは歴然だった。
「成程……。其方を妾の宮に」
「無理でございます」
即答した僕に侍女が激昂して罵った。ちょっと……いや、かなりウルサイ。
「僕は気働きができません故。それに有象無象の見えない悪意を理解できません。娘娘の盾になるのは難しかりましょう」
「ならば仕方がない」
妃が嫌なのではないですよ、僕が能力不足なので。という穏便な断りは悪くなかったらしい。靡かない者を取り立てるほど酔狂な御仁でなくて助かった。
「ではしかと見て参るが良いでしょう」
興味が失せたらしい。さっさと眼前から消えろと言いたげだった。
背中を見せないように数歩後ずさり退室する。宮の中の案内は、侍女から下級女官に変わったらしい。
「まだ見ていないところは?」
「後殿を……。庭だけで構わないので」
ギロリと睨まれたので補足した。妃の寝所を覗く不埒な宦官の汚名は被りたくない。
「こっちです」
先導する宮女の後ろをついていく。人に見せるための空間ではなかったけど、前二つの庭よりいっそう艶やかだった。
紅の牡丹が大きく花開き、近くで幼女が遊んでいた。年配の侍女は妃が実家から連れてきた子守り経験のある人っぽい。更に侍女や上級宮女たちが一緒に遊んでいて、微笑ましい光景だった。
「可愛らしい公主様ですね。年頃になったら降嫁を願い出る請願が引きも切らないでしょう」
お世辞ではなくあどけない中に美女の片鱗が見える。
「そうですね。娘娘が犯してもない罪に問われなければですが」
随分、棘のある言葉だった。
でも仕えている立場では仕方がないのかもしれない。
「黒幕だとは思われてませんよ。ただ亡くなった宮女と、こちらの宮女が偶然友人だったから話を聞いただけです。宮を見て回るのはついで、と言っては語弊がありますが、仕事をしたという演出に過ぎません」
「本当にそう思ってます?」
「思ってるも何も、妃は関わってないんでしょう?」
ちょっと意地悪な言い方だけど、許される程度だと思う。
「亡くなった方からは話が聞けませんからね。どういう方だったか友人とか同じ職場の人から聞くしかできません」
「本当に? 本当にそれだけ?」
何度も念押しをするくらい用心深かった。
下級宮女の制服だけど光雪や桃香と違って、まとめ役とか少しだけ職位が上なのかもしれない。もしかしたら年季奉公明けに期間を延長したか、一生を妃に捧げようと思っているのかも。
「本当ですよ。さすがにほかのお妃様に仕えている宮女と仲が良かったなんて、この場では話しづらいじゃないですか。だから散歩がてら近くを回って聞いただけなんです」
後殿から正殿を抜けて前殿に戻る。入ったときとは逆の道順だ。茉莉花の甘い香りが漂ってくる。掌衛は来客のための房でのんびり待っていた。宮女にも宦官にも怯えられる存在だから、大人しく待つ以外になかった気がする。
「お待たせしました」
「収穫はあったか?」
言いながら立ち上がる。時間を無駄にするのは嫌らしい。そのまま宮の外へと足を向けた。
「亡くなった宮女は気立てが良かったというのを補完しただけですよ。それと栢修容が風雅で趣味が良い事くらいですかね」
当たり障りのない話と一緒に。ちょっとだけ持ち上げておく。宮を出た直後でまだ人の目も耳もある。
言うだけなら無料なのだ。
「庭に季節の花が満開で、とても綺麗でしたよ。いかにも妃の庭って感じで。派手にすれば良いって考えではないみたいで、品よく飾られてました」
聞かれても何ら困らない会話のためにも、庭を見て回った甲斐があった。
「それで本当のところは?」
少し歩いたところで再び問われた。ここまで来たら聞かれる心配もない。
「どこか、落ち着いて話せる場所に行きたいですね」
「ついて来い」
来いと言われなくても、後ろに付き従うしかないのですが、と言いたかったけど止めておく。
有無を言わさず僕に手伝いを申し付けた御仁に、嫌味を言ったところで右から左に流されて終わりだからだ。
着いたのは小ぢんまりした房だった。でも手入れはよくされているし、居心地はすごく良さそうだ。
中朝にもほど近いものの、人通りが少なく閑静という言葉がぴったりだった。
「少し良いだろうか……」
主人らしい老女に声をかけた。
妃ほど華やかな衣装ではないけど、上質な衫と裙を身に着けている。制服ではないところを見ると、引退した上級宮女かもしれない。
「構いませんよ。どうぞお上がりくださいな」
にこやかな笑みで僕たちを迎えると、正殿に通された。
出されたお茶は茉莉花の香りがする。季節感満載だ。
「私は少し庭木の手入れをしてきますから、お二人でゆっくりどうぞ」
主人を追い出すことになって申し訳ない。本人は気にしていないようだけど。
前殿の庭は小さな池と柳があり、派手さや華やかさはないけど、爽やかな清涼感がある。窓から見える後殿の庭は桃と椿か山茶花が植えてある。こちらも華やかさはないものの趣深い。
そしてとても落ち着く。
出迎えてくれた女主人によく似合う庭だった。
「良かったのでしょうか? 追い出してしまいましたが」
「後宮でここより安心できる場所はないから仕方がない。阿姑(年配女性)も理解している」
茶を旨そうに飲みながら、事もなげに話す。
どうやらこういうことは多いらしい。
「では、どこから話せば良いでしょうか?」
「怪しいところからだ」
すごくわかりやすい判断基準だ。どれだけ焦れてるんだろう?
「じゃあ一番肝心なところを…………。栢修容は黒です」




