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蔦華国後宮事件譚  作者: 紫月 由良
杏仁(アンニン)の章

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10-2. 下級宮女、岳光雪

「大したことじゃないんだけど、僕はお妃様付の宦官や宮女とは距離を置いていて。妃同士の争いとか巻き込まれそうで怖いし。だから違う妃付きなのに友達同士っていうのが想像つかなくて。友達だったとしても、少しずつ距離が開いていって、口をきかなくならないものかなって」

 光雪は「ああ……」と言うと肩の力を抜いた。何を聞かれるのかと身構えていたのに、拍子抜けだったらしい。


「別に普通だよ。だって五年で辞めるもの。それにある程度は仕事ができるようにならないと、お妃様付きにはなれない。だから三年目くらいで配属されるんだけど、そうしたら残り二年でしょう? お妃様付きになったら、宮女の給金のほかにお妃さまからも手当をもらえるから長く務める人も多いけど。でも私は五年で辞める心算だし、羽和も同じ。似たような子は多いよ。そういう子たちは妃同士の対立とか、あんまり関係なく仲良くしてる」

 光雪が話終わる頃、(ハク)修容(しゅうよう)の宮が見えてきた。四半刻ほどの散歩だった。


「そっか、ありがとう。すごく疑問だったんだ」

 ありがとう、と礼の言葉を口にすると意外そうな顔をされた。


「僕は光雪さんと同じ下級宦官だからね。掌衛(しょうえい)様と同じ態度は取れないよ」

 そう微笑んだ。

 たまに上司とか庇護してくれる偉い人の威を借りて偉そうにしている下っ端もいるけど、僕は違うという演出(パフォーマンス)


「それと中も見せてもらいたいんだ。(ハク)修容(しゅうよう)が関わってなかったら、何か隠そうとかって感じで慌ただしくしていると思うんだけど、多分、違うって思うし。疑いは早めに晴らしちゃうのが一番かなって」

「聞いてみます。私一人では決められないから」


 宮の入口には、下級侍女が待っていた。光雪が手早く説明する。僕が見学を希望していると伝えたら奥に入っていった。しばらくして私服の、妃が実家から連れてきたと思しき侍女が奥から出てきた。


「お前如きが偉そうに……」

「僕ではなく掌衛(しょうえい)様の疑いです。多分、あの人が見て回るより角が立たなさそうだなって……」

 ちらりと本人を見る。

 釣られるように侍女も一瞥した後、納得したように「仕方がないわね」と呟く。


 ――どれだけ怒らせる態度だったんだろう?

 根っからの武人で、女性の好むような言い方は得意ではないのだろう。ふんわりと薄絹で覆うような言い方より、要点をはっきりと伝えるような言葉遣いを好む御仁なのだろう。悪い人ではないと思うけど、後宮(ここ)では好まれない。どころか嫌われる。女人とは斯くも面倒くさいものなのだ。


「すみません、何度もお邪魔をしないよう頑張りますから」

 軽く会釈すると、ついてくるように言って奥に入っていく。


 宮の作りは(トウ)昭容(しょうよう)の宮とほぼ同じだった。

 ほんの少しだけ(ハク)修容(しゅうよう)の方が地位が低いとはいえ二人とも九嬪だから、大きな違いはないのかもしれない。


「すべての部屋を見て回りますか?」

「いえ、雰囲気がどんな感じか知りたいのと、あと庭を見せていただきたくて」

「庭……?」

 すごく怪訝そうな顔をされた。


「お妃様のお人柄とか好みって、建物の中の雰囲気とか庭に出るんじゃないですか」

(ハク)修容(しゅうよう)を疑うか?」

 妃という言葉が忌諱(きき)に触れたらしい。


(いいえ)。ただ今回の件で(トウ)昭容(しょうよう)の名と共に上がったから確認する、という理由にございます。多分、形式上のものという以外の意味はないと思うのですが、僕はただの使い走りなので……」

 掌衛(しょうえい)が知りたがっていることを調べているだけですよ、と言ってみた。


 実際はどうであれ最終的に求められるのだから、先回りして一度に済ませてしまった方が楽だ。明日になってこの情報が足りないとか、あれも知りたいなんて言われるのは面倒なのだ。


「そういう理由なら……。ついて来なさい」

 わざとらしい溜息の後、譲歩してやるのだという雰囲気を出されながら案内が始まった。前殿と正殿はともかく、後殿もみたいと言ったら嫌そうな目を向けられた。でもお妃様の好みの庭を拝見したいと、少し丁寧にお願いしたら諦めたように奥向きの場所まで案内してくれることになった。


 とはいえ妃の視界に入らないように、という注意付きだったけど。

 前殿の庭は茉莉花の香りに包まれていた。客を香りで出迎えるかのようだった。建物自体はそうでもないのに、女性的な雰囲気を感じる。通りがかる宮女は足早で、僕たちを避けているというよりは仕事が忙しい感じがする。無駄口を叩く余裕はなさそうで、光雪を連れ出さなかったのは正解だったようだ。


 正殿の庭は百合と芍薬。香りもだけど、見目の華やかさも重視しているらしい。どちらも満開だった。庭に直接植えているのではなく鉢植えだから、季節の花を飾っているのかもしれない。


「ここの百合は早く花が咲くのですね」

 (トウ)昭容(しょうよう)の宮では、百合が咲くのはまだ先になりそうだったけど、ここの庭は既に花開いている。

 普段、仕事で通る辺りでも咲きそうにないから、早咲きなのかもしれない。


「そうよ、走りの先を行くの」

 季節の先取りをする、という意味だ。

 (ハク)修容(しゅうよう)は人の先に行きたいという気持ちが強い方なのかもしれない。

 近寄ると雄蕊の先が切り取られていた。


「花粉が付かないようにしているんですね」

「当然じゃない。付いたら落ちなくなるもの」

 何を言っているのか、と言いたげだった。目の前の侍女にとって庭に出た妃や公主の衣装を汚さない配慮は当然なのだろう。


「すみません。当たり前のことを聞いて。今日、初めてお妃様の宮に入ったので、こういったことには詳しくないんです」

 殊勝な態度を取った。無知だから教えてくれると助かると、そう受け取ってくれるのを期待して。もちろん知りたいことは僕から尋ねるけど、細かくあれこれ説明してくれる状況に持っていけるなら有難い。


「美琳さん……」

 下級宮女が一人、声をかけてきた。


修容(しゅうよう)がそちらの宦官に用があると……」

「何……?」

 ギロリと侍女が僕を睨む。


 妃のお目を汚したかと言いたげだ。できるだけ隅を歩いたつもりでも、目に入ったみたいだ。

 小さく溜息をつくと手を振って「ついて来い」と仕草で呼ぶ。


 ――特に(ハク)修容(しゅうよう)に会う必要はなかったけど、まあ良いか。

 会ったところで無駄にはなるまい。多少の緊張は強いられるがそれだけだ。


 簾のように下ろされた薄絹の向こうに足を踏み入れる。

 ふわりと香の甘い匂いがした。

 足の数歩先に視線を落としながら歩き、侍女が止まったところで膝を着く。


(わたし)の宮を騒がしているのはお前か?」

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