10-1. 下級宮女、岳光雪
「ここは……?」
目の前はどう見ても妃の住まう宮だった。董昭容付の宮女の友人が、別の妃付の宮女というのが解せなかった。
だけど事実、この作りは妃の宮だ。宮女たちが集団生活するような古くなった元妃の住まいでない限り。
「栢修容の宮だな」
疑問はあっさり解決したけど、何故という新たな疑問が追加された。
てっきり尚食局のような、妃とは関係ない部署で働いていると思い込んでいた。
「違う妃に仕える宮女同士が仲良くなるものですかね?」
「後宮勤務のお前の方が詳しいだろう?」
一見すると中朝(皇帝が政務を執る空間)勤務の掌衛より、後宮勤務の僕の方が詳しいように感じる。
しかし政治に巻き込まれたくなくて、妃や関係者に近寄らないから何も知らない。
「権力者は怖いので、後宮の片隅でこっそり過ごしています」
今日みたいに公子殺しの下手人探しを手伝わされるような、怖いことは本気で嫌だった。郷里ではともかく、蔦華国では何の力もないのだから。
「そうか……」
理解したのかどうかわからない微妙な反応の後、行くぞとばかりに宮の中に足を踏み入れた。
来客対応のために出てきた宮女が「また来たのか」という顔になった。
どうやら董昭容の宮と同様、ここでも歓迎されざる客なのかもしれない。
とはいえ容疑をかけられかねない状況を悟っているのか、強い抗議の目というより困惑が強かった。掌衛が何か言う前に応対に出た宮女が奥に伝言した。しばらくして昨日、泣いて遺体に縋った宮女が出てきたが前に立つ男は無言だった。
――僕に動けってことですね。
自分では怯えられてまともに話を聞けない、そういう理由で連れまわされているのだから当然なんだけど。
「すいません、もう一度お話を伺いたくて。姑娘を疑っているのではなく、亡くなった羽和さんのことを聞きたいんです」
先刻の美味しかった昼餉の礼も兼ねて、できるだけ丁寧に声をかける。欲しいと思っている情報以上に話を聞き出してあげよう。
「少し、散歩でもしながら話を聞かせてください」
ほかの妃付の宮女と親しいなんて、妃や侍女たちの耳に入るのは嫌だろうと思って。
足を向けたのは白洋山の先。茉莉花の白の向こうは、道ではないとはいえ整地されていて歩きやすい。
「仕事場で、違う妃に仕える宮女と親しいとは言いにくいと思って」
「下級宮女同士なら普通なんだけど、実家から付き従っているような侍女さんたちは良い顔をしないと思います」
道ではないところを歩くとはいえ、少し外れたところだから初対面の宦官と二人きりでも、酷く緊張することはないと思う。
もし近くを人が通りがかっても、話し声が聞こえなければ、というくらい。もっとも聞かれて困るような会話をする気はないけど。
「羽和さんの話を聞きたくて。幼い公子様に毒を盛るような子じゃないって、生きていた彼女を知る宮女が言ってたんだけど、光雪さんから見たらどう?」
「私も、同じです。とても良い子で。話していて楽しいし、仕事で助けてもらうこともあったし。何かの間違いだって思います」
「そうなんだ……。まあ、嫌な子だったら仲良くなんてしないよね」
「はい……」
そこからは他愛のない話を混ぜながら、羽和の為人を聞く。決して否定せず、適宜相槌を打つと、大抵は本人が思っている以上に話を聞き出せる。
死んだ宮女の話は十分な頃合いで、一つこちらから話を振る。
「公子様が死んだ日の、羽和さんの事を教えてくれる?」
「私より董昭容の宮の人の方が詳しそうだけど……?」
少しだけ怪訝そうな顔をした。
友達とはいえ、一緒に居る時間は同じ職場の人の方が多いから当然かもしれない。
でも――。
「彼女と会ってたって、昨日言ってたから。その時の話を聞きたくて。罪の呵責に震えてたり、酷く怯えてたりしなかった?」
「……怯えてた。『どうしよう、私が運んだ料理で公子様が亡くなった』って。『きっと疑われる』って言ってた」
「死にたい、みたいなことは?」
「言ってたかも。疑われたら……詮議は酷くて、その、辛いでしょう?」
間が空いた。
同意を求めているのだろう。確かにアレは厳しく問いただすというより、肉体的精神的に苦痛を味合わせ、逃げるためには自白するしかないよう追い詰めるものだ。普通の暮らしをしてきた女の子が耐えられるものじゃない。
小さく「そうだね」と相槌を打った。
「羽和と実家からついてきた侍女しか触っていないなら、きっと誰も信じてくれないだろうし」
羽和は公子の様子が激変したのを見て足を竦ませた。亡くなった後は心が衝撃を受け止められなくて倒れた。繊細とまでは言わないけど、普通の範疇に入る程度の心の強さしか、持ち合わせていないと思って良さそうだ。
「君はどう思う? 人殺しをしそうだと思う?」
「いいえ、羽和は優しいから、絶対しないと思う」
最初からわかっていた返答。簡単に人を殺すような相手と仲良くなりたいと思う人は、そういない。
「じゃあ、お金に釣られて罪を犯しそう?」
「……それもないと思う」
ほんの一瞬、考えるように言葉が止まったけど、きっぱり否定した。
「もし家族に大金が必要になったら?」
「そのときは………………もしかしたら」
切羽詰まれば、あり得る気がする。
これも普通の回答。羽和が殺すかもしれないと思っている。
それは同じ状況に陥ったら、自分が採る行動でもあった。家族のためとか、切羽詰まっていれば、目の前の宮女でなくても同じように考えそうだけど。
「そういえば、羽和さんとはどういうきっかけで仲良く?」
「同じ時期に後宮に入ったの。配属先も一緒で。お妃様のお付きになるまで一緒だった」
「そうなんだ、じゃあ仲良くなるよね」
「うん。気が合ったし、良い子だし」
何度も出てくる『良い子』という言葉。
――本当に思っているのか、そう思いたがっているのか。
多分、前者。
事実、仲は良かったのだと思う。昨日、縋りついて泣いたとき演技には見えなかった。
「あと一つ聞いて良いかな?」
改まった言葉に、ほんの少し警戒の色が強くなった。




