08. 物置
董昭容の宮を出たところで空を見上げた。
陽は中天を少し過ぎた辺りだった。
「次は何処に行くんですか?」
尋ねると掌衛は僕がやる気になったのかと嬉しそうな顔をした。
「違いますよ。昼餉の時間だから、目的地によっては出直すことになるって意味です。部署によっては交代制ですから」
きっぱりはっきり、誤解のないように言い切った。
「次は死んだ宮女の友人の所に行こうと思っている。死んだ宮女に縋りついて泣いた娘だ」
「無駄足になる可能性が高いので止めましょう」
速攻で却下した。
皆が決まった時間に昼餉を食べられるわけではないと、良い家の出身だとわからないのだろう。下々の生活なんて気にもしないに違いない。
「次は物置に行きましょう。首を吊った場所です」
有無を言わさない口調で宣言すると歩き出した。
「なぜ物置なんだ?」
「陽が高くて明るいからですよ。中は薄暗いですからね。少しでも明るい方が良いでしょう?」
宮女の所に行っても肩透かしを食らう可能性が高いという以上に、物置に期待しても良さそうだった。
何か見つかるとは思ってないけど、最初から無駄だと言い切ってしまうほど、収穫が無いとも思えなかったのだ。
辿り着くと、中には人が入れないように見張りが立っていた。掌衛の姿を見るなりさっと入口を開ける。
中は陽射しが入ってかなり明るい。この分だと灯りがなくても問題なさそうだった。
――案外、悪くない。
多少埃っぽいものの、日に何度か開けられているらしく、むっとする嫌な臭いはなかった。
承成の話を聞いた限り、毎朝、白洋山を掃除していたらしいから、道具を使うために開けていたんだろう。
しかし首を吊るのに使ったと思われる木箱が片付けられているのはいただけなかった。
――余計な事を。
少しばかりイラっとしたけど、気にしないと自分に言い聞かせてやり過ごす。
棚は上下二段になっていて、木箱に入ったものは下に、軽そうなものは上に置かれている。
――よく使われるものは入口近くの上段に、剥き身でしまってあるのか。
熊手や箕(竹で編んだちりとり型の道具)、竹籠なんかは一組だけが一番手前。ほかのものは奥の方に纏めてあった。
次に下段の木箱に手を掛ける。
――蓋もあるのか。
足場にしたのだから有って当然なのだろうけど何か意外だった。
蓋は載せてあるだけで簡単に開く。一つ目には鎌が入っていた。刃物だから剥き身は危ないと思ったのだろうか。動かすとガチャガチャ音がするけど、夜は近くを人が通らないから気にならなかっただろう。
二つ目の木箱には鉈。こちらも鎌と同じ理由で箱に入れたのだとわかる。動かすと音がするのも同じだ。
三つ目の木箱は結構重かった。ズルズルと引きずりながら出そうとしたら、掌衛が手伝ってくれた。偉そうだけど自分から動く人だったらしい。
もしかしたら部下にも気を配る人なのかもしれない。偉そうだけど。
――縄か。
すごく長い一本なのか、何本も入っているのかわからないけど、ほぼ満載だった。棚に戻すときは僕が蓋を閉めたら即座に手を貸してくれた。顔に似合わず優しいところもあるみたいだ。偉そうだけど。
「何を探している?」
「首を吊るための道具が揃っているか確認したんです」
結果は「全部揃う」だった。
「ほかに気になったことはあるか?」
「うーん、キレイ過ぎるなってくらいでしょうか。ほら、物置とか倉庫って上に埃が積もりやすいじゃないですか。特にここは外で砂埃とか入りやすい筈なのに、木箱の上とか棚の上とかキレイで……」
「調べてみるか?」
「心当たりが一人いるので、確認した後で良いです」
承成は白洋山に思い入れがあるらしい。毎朝、早くから一人で掃除をするくらいだ。道具の手入れや物置の掃除も自分で行っていた可能性が高かった。
――まだ昼餉の時刻だな。
割と丁寧に見たつもりだったけど、そもそも狭い物置のこと。
あっという間に検分が終わる。
首を吊るときに使われた木箱は片付けられていたけど、掃き清めた後はなかった。最近、汚れを拭きとったような跡も。
――今回は道具が全部揃っているのを確認できただけで良しとしよう。
うん、それが良いと自分に言い聞かせた。
「掌衛様、まだ宮女は職場に戻ってないかもしれません。一旦、昼餉を摂ってから、どこかで落ち合いましょう」
どうせ話を聞けないなら、自分も食べておきたい。押し付けられた仕事で食いっぱぐれるのは御免なのだ。
「なぜ分かれる?」
「昼餉を食べるからです。掌衛様がいらっしゃると、ほかの人が逃げてしまわれるじゃないですか」
「そうだな……」
少し考え込む。
掌衛から少しくらい離れて休憩しても許されると思う。有無を言わさず公子殺しの聞き込みを手伝わされているのだ。息抜きくらいさせてほしい。
「飯くらいきちんと食べたいよな……」
はい、と即答はしないけど、もちろん食べたいに決まってる。
「さて、どうしたものか」
悩んでいる時間も惜しいので、食べに行かせてほしい。正午を過ぎたのに昼餉がまだだと気付いたら、途端にお腹が空いたのだ。さっさと待ち合わせ場所を決めて解放してくれないものか。
「……わかった」
「ありがとうございます!」
納得してくれたらしい。普段より手早く食べないと駄目だろうけど、休息が取れると思うだけで嬉しくてしかたがない。
少しは気を使ってくれるらしい。偉そうだけど悪い人ではないかもしれない。
「飯を食いに行くぞ、ついてこい」
「はい! ……って、何処に行く心算ですか!?」
「旨いものを食わせてやろう」
ニヤリと笑うと、そのまま歩き出した。「否」とも「諾」とも返していないのに強引過ぎる。
――あんまりだ。
食事の時間でさえ緊張を強いられるなんて酷過ぎる。
だからといって抗議の声は上げられない。
涙を呑んで後をついていくしかなかった……。




