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違う、そうじゃない。〜犯人は俺なんだ〜  作者: 岩波備前


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18/20

霧崎探偵事務所業務日誌 その4 [中編]

それからは様々なことがあった。


初めての隼人のお願い。


(こんな格好が隼人の好みなのっ‥‥‥!?)


幼馴染とはいえ、初めて男性の前ではしたない格好をしている羞恥心は忘れられない。


「明日も別の趣向をこらして楽しむからな。頼んだぜ!」


今迄に見たことの無い程の笑顔を向けられてしまった。


(明日も‥‥‥また、私を求めてくれるのか)


隼人の何気ない言葉に、揺さぶられている自分がいた。



その後も、猫探しでは。


「••••••発情期が、きたみたいでな?」


「来るな来るな!?まだ綾乃に手を出す気は無い!!?」


(ここまでやっているのに、何で手を出してくれないの‥‥‥)


慣れないアルコールと羞恥心でふわふわした頭になりながらも、そんな事を考えていた。


自分に魅力ないのかと落ち込みそうになったが、隼人の腰の感触を知った瞬間、それが杞憂きゆうであったと確信した。


(‥‥‥‥‥‥よかったぁ)


思わず腰を動かしてしまう。

求める度に焦る隼人の顔を見ていると、幸せな気分になった。


次の日、隼人のことを殺して自分も死にたくなってしまったが。



慰安旅行では隼人から土下座をされた上で、マッサージをしてもらった。


(ここまでしておいて‥‥‥生殺しにも程があるぞ‥‥‥)


マッサージを受けた私の身体は受け入れ体勢が十分であったのに、隼人はそんな私を見て愉しんでいた。


(こうなったら多少無理をしてでも‥‥‥)


どうしたら手を出してくれるのか尋ねた。


「前も言ったが、綾乃の両親に報告してからな。まだ、正式に挨拶すらしていないだろ?」


「‥‥‥‥‥なら、挨拶を終えたら、そうしてくれるんだね?」


そう思った私は、隼人を両親に会わせることにした。我ながら、実に良い手際だったと思う。


あと‥‥‥おばけなんていないもん。



父親の浮気調査もした。

まさか自分の家族に調査をするとは思わなかったが。


「‥‥‥大学を卒業するまでは綾乃とはそういった関係にはなりません」


「いや、興味が無いとかではないんです。ただ、俺の信念なんです」


(親の前でとんでもないことを言うなよ‥‥‥)


隼人との結婚については全く心配はしていなかったが、隼人の発言には肩透かしを食らってしまった。


(まあ、興味が無いわけではないし、大学を卒業したら‥‥‥)


期待が出来るというだけで安心してしまう自分は、相当ちょろい女だと思う。

冷静になってから、何だか腹も立って来たので隼人を驚かせてやろうと考えた。


(下着よりも、恥ずかしいよぉ‥‥‥)


温泉旅館での続きをしてもらう際に、隼人を落とす。

そんな気概で身につけた下着の過激さに腰が引けた時もあった。

‥‥‥まあ、お酒の力を借りて隼人に誘惑をしたが。


「•••••••••はやとぉ•••••••••」

「‥‥‥いいよ‥‥‥?」


(このまま抱いて‥‥‥隼人のものに‥‥)


私も隼人も色々と限界に近かった。

あとひと押しで隼人のものにされる。

そんな期待に胸が張り裂けそうだったのに‥‥‥


逃げられた。


恥ずかしさと、怒りと、悲しさとか。

様々な感情が渦を巻いていたけれど、目の前で倒れる様に寝てしまった隼人を見た瞬間に全て霧散してしまった。


(本当に、死んじゃうのかと思ったよ‥‥‥)


隼人に愛してもらっていないのに、先に死なれては元も子もない。


(私も隼人も、まだ幸せになっていないのに)


二度と、こんな心配をさせないで欲しい。


翌朝、隼人がのんきな様子で起きても、私は隼人が無事に目を覚ましてくれた事に対して安堵の気持ちしか浮かばなかった。


安堵しながらも、隼人が手を出してくれないことに文句は言った。


「いや、俺はお前に手を出す前にやらなきゃいけないことがある」


その答えが、唇を伝わる隼人の熱だった。


初めての口付け。

しかも、隼人から‥‥‥いきなり。


‥‥‥ここから先はあまり覚えていない。


(あかちゃん、できちゃう‥‥‥)


あまりの嬉しさに馬鹿な事を考えてしまった事と、静葉に痴態を見られてしまった恥ずかしさだけは記憶に残っている。



暫くは依頼をこなしつつ、隼人のお願いを聞く日々を送った。


隼人からのお願いはとても恥ずかしいものであったけれど、その度に隼人が喜んでくれていたから頑張ることが出来た。


(私、隼人に必要とされているんだ‥‥‥)


そんな充実感は、確かにあったから。







円城家で研修を行う間、静葉に同行して欲しいと父さん経由で依頼があった。依頼人は草野さん。

子どもの頃から世話になっている古株の使用人。

隼人も世話になっていたことを思い出していたのだろう。私と隼人は2つ返事で依頼を受けることにした。


‥‥‥私は、静葉に僅かな負い目があった。


小学生になるまでは草野さんの付添いで何度か会うこともあり、その度に私と隼人の3人で遊んでいた記憶がある。


静葉も幼馴染の1人と言える。

当時は大人しい子だとしか思ってもいなかったが、小学生に上がる直前になってから気が付くこともあった。


日光できらきらと光り輝く銀髪に、乳白色の滑らかな肌。整った鼻梁びりょうに僅かに赤みがかった瞳。

静葉はとても美しい。

子ども心ながら、そう思った。


その頃には既に隼人を取られたくないと考えていた。だから、静葉が遠くに行ってしまうと聞いて少しだけ喜んでしまった。


静葉の母親が亡くなった。

そのため父親と生活するために、引っ越しを余儀なくされた。

草野さんも静葉の父親と話し合い、それが一番良いだろうということになったらしい。


静葉の父親は、妻との思い出のある土地から離れたかった。

忘れたくないと思う反面、思い出を感じる度に妻の死に耐えることが出来なくなってしまう。


‥‥‥とても繊細な人だったらしい。

そんな父親も、静葉が中学生になる前に亡くなってしまった。

事故死なのか、そうではないのか。それは私も分からない。

静葉が何も言わないので、私も聞かない。

触れてはいけない部分もある。

静葉とは、今後も長い付き合いがあるのだから。


その事もあって静葉との久しぶりに再会が嬉しかった。

これからは彼女に支えてもらう代わりに、彼女には不自由はさせないと約束出来るから。


でも、ここでも恐れていたことがあった。

子どもの頃、静葉が離れて喜んだ理由を今になって思い出す。

久しぶりに見た静葉は、とてつもなかった。

子どもの頃に感じた美しさに更なる磨きが掛かった。

竹のように、何の屈曲もなく真っ直ぐに育ち。白い藤の花のように静かに、可憐。そんな正統派の美女。


息を呑むほど美しい。そんな表現を実感するとは思わなかった。


(隼人に会わせたくない‥‥‥)


嫉妬心からそんな事を考えてしまう。

結局、とんでもない場面で再会させてしまったが。



(‥‥‥‥‥‥目を光らせておかないと)


円城家で依頼をこなしつつ、隼人と静葉が近づきすぎないように密かに警戒していた。







自室に呼び出しの手紙があった。

誰からなのかは分からないが、私達の秘密について漏れる可能性がある以上は無視出来なかった。


(恐らくブラフだろうけど‥‥‥)


直感はそう告げていたが、小さなことでも隼人の害になることは早めに潰しておきたい。

そう考え、私は1人で現場に向かってしまった。


そこから急転直下の事態に陥る。


奇妙な黒い物体。

突然消える明かり。

蛍のような光。


混乱の最中、隼人が私を心配して駆けつけてくれた。


(隼人っ!?‥‥‥来てくれたんだ‥‥)


安心すると同時に屋敷の明かりがつく。


私の目の前には円城さんが倒れていた。

黒いもので覆われていたが、僅かにその顔が見えている。


私の手には血の付いたナイフが。

瞬間、理解してしまう。


(私が殺した様に見え‥‥‥)


「ちがうの‥‥‥わたしじゃないの‥‥‥これは‥‥‥」


必死に訴えようとするが、上手く声が出せない。


(ちがうの、はやと‥‥‥)


隼人には疑われたくなかった。

嫌われたく無かった。


「綾乃じゃないんだな?」


隼人の真剣な眼差し。

この人には嘘は付きたくはない。

だからこそ、私じゃない、とはっきり伝えた。


「うん‥‥‥」


「分かった。それで十分だ」


その一言だけで、私を信じてくれた。


疑心が一欠片も存在しない、曇り無き瞳で私を見つめてくれる。


(‥‥‥隼人は、疑いなく私を信じてくれる)


隼人に救われた気がした。

同時に、隼人との最初の依頼を思い出してしまう。


あの時の私は、隼人を信じきることが出来なかった。


(隼人は、私を信じてくれたのに。私は‥‥‥そんな隼人を‥‥‥)


自室で軟禁されていたことは好都合だった。

必要な情報を伝えたあと、1人自室で泣いてしまった。


(本当に‥‥‥駄目な女だ‥‥)


そんな自分が、嫌になってしまった。






 

円城家から帰ってきたあと。

私は隼人に話があると伝え、事務所に呼んだ。


(大した覚悟もないのに事務所を引き継ぐべきではなかったのかもしれないな‥‥‥)


隼人と静葉のおかげで疑いが晴れた私は、無事に事務所を帰ってくることが出来た。

でも、心の底から喜ぶ事が出来ない。


(潮時か‥‥‥‥‥‥そこまで長く務めていたわけでは無いが、辞めるのであれば早いほうがよいだろう‥‥‥)


事務所を引き継いでから1年経ったかどうか。

適正のなさを見極めるには早すぎるのかもしれないが、そのために他者の人生を引っかき回す事をするべきではない。


隼人が事務所へ出勤する。

いつもと変わらず挨拶をしながら入って来る。

その変わらない日常の風景がとても愛おしい。


(隼人はどんな反応をするのだろうか‥‥‥)


これから話す内容について戸惑うのか、それとも無責任だと怒るのか。


‥‥‥恐らく両方。

でも、この関係は終わらせたくはない。


(‥‥‥事務所自体が無くなるかもしれない‥‥‥残念なことだが‥‥‥仕方がない、か)


祖父や隼人には申し訳ないと思う。

でも、これ以上この席に座っていられるほど、私は強くない。


一言告げるだけなのに鼓動が早くなる。

だが、ここで引くわけにはいかない。

私は定位置につき、話を聞く姿勢になっていた隼人に告げた。


「霧崎探偵事務所を、君に譲ろうと思う」


隼人は困惑した様子でこちらに理由を問うてくる。


「••••••肝心な時に役に立たないからね、私は」


隼人との最初の依頼から感じていた負い目。

それが今回の依頼で無視できないものとして突きつけられてしまった。


隼人は、そんなことはない、と言ってくれる。


(優しい人に恵まれたな‥‥‥)


私に関わってから禄な事が無かった筈なのに、それでも私を案じてくれる。

‥‥‥本当に有り難い事だと思う。


(残りの人生は隼人の伴侶として生きていければいい‥‥‥)


今の隼人なら私の人生も、責任を持って請け負ってくれる。そこだけは自信を持っていた。


‥‥‥次の言葉を聞くまでは。


「綾乃がこの仕事を退くなら、俺もここを辞めるよ」


息が止まる。

言葉にならない言葉が出た。


隼人の言葉の意味が分からない。

思考停止に陥る私に、更に言葉を続ける。


「そして、綾乃とは別れる」


「••••••はやと••••••どうして••••••?」


信じられない。

いや、信じたくない。

隼人が私を手放すなんて考えもしなかった。


(‥‥‥嘘でしょ‥‥‥そんなの絶対に‥‥)


覚悟を決めた瞳で真っ直ぐ私を見つめる隼人に、縋るように言葉を掛ける事しか出来ない。


そんな私の言葉をしっかりと受け止めてくれた。

涙も‥‥‥止めてくれた。


「••••••どうして?」


純粋な疑問。


「俺はな••••••この事務所で、綾乃と一緒に探偵業を続けたいからな」


‥‥‥一緒に?私と。


「私は役に立たなかったぞ?」


「まだ、これからだろ?」


これからも支えてくれるというの?


「君を殺人犯にしたんだぞ?」


「まあ、済んだ事だ」


軽く流される。


私が悩みに悩んだ事なのに。

隼人はいつも簡単に答えを出してしまう。


「••••••••••••••••••今回みたいに、迷惑をかけるかも」


「いいかげん、ごちゃごちゃ煩うるさいぞ。俺がそれで良いって言ってるんだ!」


「全部引っくるめて、綾乃を手放したくないんだよ」


もう、隼人の負担にはなりたくない。

そんな思いで口にした言葉に、隼人がせきを切ったかのように訴える。 


思わず身体が震えてしまった。


(初めて‥‥‥隼人を怒らせちゃった‥‥‥)


ここまで強く言われたことは初めて。

怖さよりも驚きを隠せない。

そんな私に気が付きながらも言葉を続ける。


「最初に言ったな?好きにしても構わないって。なら、好きにさせてくれ」


「綾乃がこの事務所の代表として働いて、俺が対等な立場で補佐する。そして、綾乃を精一杯可愛がる。••••••それが一番理想だからな」


鼻を鳴らして自信たっぷりに言い切る隼人。


そんな隼人を見ていたら、なんだか自分のやってきた事が馬鹿らしくなってきた。


でも。


(だからこそ、隼人が好きなんだ‥‥‥好きでいて‥‥‥良いんだ)


(なら、隼人のご希望通り、可愛がってもらうことにしようか‥‥‥)


そんな思いで抱きつく。

隼人の温かさ。

これだけは手放したくはなかったから。







隼人が求めることには何でも応える。

その覚悟を新たにした。


今の私は隼人が喜ぶのであれば何でもする。

意識が途切れる寸前まで、隼人が喜ぶ姿が見られるのであれば。

私自信を捨てることになっても構わない。




‥‥‥でも、赤ちゃんプレイはとても恥ずかしかった。


小さくはない私のプライドががらがらと崩れ去る程度には衝撃的であった。

まあ、隼人が愉しそうだったので、良かったけれども‥‥‥







その後も本気で隼人を落としに掛かった。

以前よりも肉体的な接触を増やすことにした。


(隼人は、私の身体に興味がない訳ではないから‥‥‥もしかしたら勢いで‥‥‥)


両親からも認められている。

隼人もその気はある。


何より、私自身が隼人を求めている。


(‥‥‥‥‥‥我慢、できなくなってきちゃった‥‥‥)


隼人のお願いを聞いた後は、自宅で慰める回数が増えた。


以前はここまででは無かったのだが。

明らかにこれは隼人のせいだと思う。


(怜さんも‥‥‥隼人が気になるようだし)


身体に広がる快感と倦怠感の中、荒くなってしまった呼吸を整えつつ、最近になって出来た友人を頭に浮かべる。


それも、最近になって更に距離が近くなった友人。

‥‥‥怜さん。


彼女もストーカーの調査以来、明らかに隼人を狙っている。


(‥‥‥静葉といい、怜さんといい‥‥‥どうして隼人の周りには美人しかいないの?)


静葉はもとより、怜さんもかなりの美人だ。同性の私がそう思うくらい。


‥‥‥まあ、私も負けていないが?


(‥‥‥‥‥‥‥‥‥胸は‥‥)


記憶の中の怜さんのものと、胸元にあるものを比べる。


(‥‥‥小さくはないんだ、うん)


私は平均以上にはあると思う。形も質も良い。

でも、怜さんはそれすらも遥かに凌駕する。


(隼人も、あんなに見なくてもいいじゃないか‥‥‥)


隼人は怜さんの暴力的とも言える胸をしっかりと見ていた。


その度に隼人の彼女が誰なのかしっかりと教えてやらないといけないから、油断が出来ない。


そんな事を考えながら、何気なく自身のものを手で弄んでみる。

‥‥‥甘い刺激が胸と背中を走る。


(我ながら‥‥‥反応が良すぎるよぉ‥‥‥)


普通の人はここまで敏感ではないはず。

そんな私を見ると隼人が悦んでくれるので、悪い気分はしないが。


(‥‥‥卒業したら、まっさきに隼人に‥‥‥‥‥‥)


そこまで想像したところで再び火照りを感じる。


(‥‥‥‥‥はやくしろ、ばか)


布団で外界の刺激を遮断し、自分の世界に没頭する。

隼人の身体の温かさが、いつまでも忘れられなかった。







「‥‥‥湊は、私にとって大切な男性なんです••••••はっきりと申しますと、彼が好きです。1人の男性として••••••」


静葉からこの言葉を聞いた瞬間、他人事ではないと直感した。


(まるで、私自身の事みたい)


そう思った私は、静葉と黒木の関係性から目が離せなくなった。


それが、私と隼人の関係性を変えるきっかけになってしまうとは分かっていなかった。







静葉が黒木に長年の想いを伝える。


私は隼人を連れ立って、その場を離れた。

気を遣った‥‥‥部分もある。

でも、本当はそうじゃなかった。


‥‥‥あまりにも、私と似ている。

だからこそ、決定的に違う部分が見えてしまった。


生涯を共にしたいと思える男性に出会い、長い年月をかけてその願いを成就させた。

その一部始終を知る人間にとっては、美しいものに見える。

私も静葉からそれまでの思いを聞き、目の前の光景を見ながら、そう思う。


でも、自分はどうか。

‥‥‥純粋な恋慕ではない、呪いだ。


幸運にも隼人に出会い。

隼人に惹かれ。

隼人と共に生きる事が出来る。


それが、隼人の意思を踏みにじった上での結果だとしても。


私の我儘で、交友関係を狭めてしまった。

私の夢の為に、隼人の未来を変えてしまった。

私の浅はかな行動で、殺人犯にしてしまった。

私がいたから隼人を好いてくれる人との出会いを潰した。


たまたま幼馴染として生まれた後、私が勝手に惚れてしまったために、隼人の可能性を奪ってしまった。


それがお互いの幸せに繋がったとしても‥‥‥

『もしも』の事を考えると、私がいないほうが幸せだったのではないかと考えてしまう。







静葉からその後の話を聞いた時は、2人に勘付かれないように注意を払った。

幸せそうな静葉を見ているのは嬉しい。

けれども、少しだけ妬ましい。


静葉は私の事をどう思っているのかは分からないが、思っている以上に私は強くはないことを知らないだろう。

隼人や静葉の前ではそのように演じてきたから。


この時には既に今の関係を変える事を考えていた。


(‥‥‥私も、覚悟を決めて‥‥‥)


考えを形にする前に、隼人へ最後の誘惑することにした。


(‥‥‥襲ってくれたら、それはそれで)


思惑通りいってくれたら、とても嬉しい。


場所も丁度良い。

準備した服も隼人好みだ。

羞恥心はあるが、隼人が悦ぶのであれば頑張ろう。


そう思った私は隼人に1つの提案をした。


「なら、メイド服を着てやろう」


隼人の身辺調査をした時に、彼の嗜好は調査済みだ。

今迄にこの格好をしたことはない。

それに私が着ることで、ある種の背徳感も与えれるかもしれない。


(私もすっかり隼人みたいに考える様になってしまったな‥‥‥)


彼に染められた自覚はある。

その事を告げたら、彼は興奮を抑えきれない様子であった。


あの時、もうひと押しするだけで私の念願は叶っていたが、それは彼の矜持きょうじを傷つける。

‥‥‥不意打ちみたいなものだから。


今回は隼人に宣言してある。

少し過激な事をすると。

彼も了承した‥‥‥なら、彼が我慢できなくなったとしても、文句はないだろう。


彼に選択をゆだねる。

それが私なりの矜持だった。







「いまは、駄目ぇっ!!‥‥‥」


経験したことが無い程の快楽に負けてしまい、無様な姿を晒してしまった。


理性が足元を伝って流れていく。


その事実を認識した瞬間、羞恥心が限界を迎えてしまった。


「‥‥‥うおぉっ!?••••••だ、大丈夫、なのか‥‥?」


心配してくれた隼人を拒絶してしまった。


けしかけたのは自分なのに、余裕が余裕が無くなったら直ぐに自分を見失ってしまう。


(本当に、肝心な時に限って駄目になる‥‥‥)


察してくれた隼人が事務所の外に出ている間に、処理をする。


(この程度でうろたえるなんて、情けないよ‥‥‥)


散々そういった事をほのめかしたのに、いざという時には尻込みしてしまう自分が嫌になった。


(隼人を拒絶してしまった‥‥‥)


その事実が心にのしかかる。

非常に、重い事実。


信じきることも出来ない。

受け入れることも出来ない。

そんな自分に、愛想が尽きた。


(‥‥‥距離を、置こうかな)


大好きだから。

愛しているからこそ。

彼の重荷にはなりたくはない。


‥‥‥隼人には、私は重すぎる。


(大学を卒業したら、私から隼人を解放しよう)


そのためには少しずつ手回しが必要だ。残りの時間。ゆっくりと時間をかけて。


終わりに向けて、隼人との思い出を作ろう。


彼のお願いを聞いて、私が応える。

そして精一杯甘える。


それが、最後の思い出作り。


(寂しいなあ‥‥‥)


隼人の為に、そんな大義名分で動くと決めても。

隼人の温かさは、忘れられそうに無かった。







依頼が落ち着いた時点で事務所を休止し、大学へ復学した。多少は無理をしたが、まあ、正規の手続きの範囲だろう。

それからは、大学に入学した時のような関係に戻った。


復学までの日々は実に楽しかった。

隼人のお願いを聞くことも愉しくなっていたが、以前のような肉体的な接触は控えていた。

それでも、隼人は悦んでくれたが。







そして、私と隼人は無事に大学を卒業した。


隼人は事務所を再開した時点で籍を入れる為の話をしてくるであろう。

それは、私にとって望ましいことだが、今は受け入れる訳にはいかない。


事務所の手入れは終わった。

業者を入れて水回りや電気系統のメンテナンスもしてもらい、掃除もした。


隼人には明日、事務所に来て欲しいと連絡した。

つまり、今日1日は彼はここには来ない。


準備は出来た。


(これが、この事務所での最後の仕事だな)


デスクに座り、手紙をしたためる。

隼人への感謝と決別を記した手紙。


これを書き終えた後、実家に戻る。

そして明日には、この街を去る。


‥‥‥隼人の知らない土地で生きる。


両親には事前に話はしておいた。

母さんは何かを言いたいようであったが、父さんがそれを制していた。


『私達からも言いたいことはある。けれども、綾乃の意思を尊重するよ‥‥‥ただ‥‥‥‥‥‥後悔はないようにね』


‥‥‥本当に私は恵まれている。


霧崎家のことについては時期を見て、関わるつもりだ。

それが何年後になるかは知らないが、恐らくその頃には、隼人の隣に素晴らしい女性が寄り添っていることであろう。


私の隣には、誰もいないだろうが。


(これで、良いんだ‥‥‥)


今迄隼人を振り回してきた罰だと思って受け入れよう。


手紙を書き終えた。

封筒にいれ、掃除したばかりのデスクの上に置く。


ふと、視線をソファに向ける。

隼人がいつも仕事をしていた場所。

本人がデスクなんぞいらん、と勝手に定位置にしていた。


昔は、そこで私と隼人は、玩具を広げながら探偵ごっこの打ち合わせをしていた。


探偵になろうと、2人で指切りもした。


そんな懐かしい思い出が鮮明に蘇る。


(‥‥‥実に楽しい、遊びだったなあ)


でも、探偵ごっこは終わりにしよう。

人生は玩具ではないのだから。




「‥‥‥‥‥‥‥いやだ‥‥」


視界が歪む。

本心が漏れてしまう。


「‥‥‥‥‥‥おわらせたくないよ」


覚悟は決めたつもりだったが、そんな意思に反して涙が流れてしまった。


‥‥‥弱音も吐いてしまう。


「どうにかしてよ、はやとぉ‥‥‥」


本当に面倒で、重くて、嫌な女だ。

最後の最後まで隼人頼りだ。


「たすけて‥‥‥」


こんな自分を助けて(変えて)欲しい。

それが、私の真実だった。



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