霧崎探偵事務所業務日誌 その4 [前編]
※推理もの、ミステリー作品ではありません。ミステリー風味のラブコメです。
※主人公はほんのりと変態です
「隼人、君、暇だろ?雇ってやる」
私は大学の食堂で、昼食を食べていた男にそのような提案をした。
自分でも上から目線な言動だと思う。
でも、目の前の男なら大丈夫だろう。
何故なら私の幼馴染だから。
◇
隼人との最初の出会いは4歳の頃。
母親のお腹の中にいた頃を含めるともっと前になる。
私の母親と隼人の母親は子どもの頃からの親友らしい。
よほど相性が良かったのだろう。
現在に至るまで変わらずに友情を育んでいる。
そのつながりで父親同士も仲が良い。
まあ、妻に逆らえない者同士、シンパシーが合ったのだろう。
そんな家族環境で生活していたためか、隼人とも良く関わるようになっていた。
‥‥‥今も変わらないが、どうやら私は友人というものに縁が無いらしい。
私から近づこうとすると皆離れてしまう。
別に意地悪をしたとか、されたとかは全く無い。
この理由については人生で3人目の友人が出来た時に初めて分かるのであるが。
小さい頃の私には不思議でしょうがなかった。
なので自然と隼人が初めての友人となる。
意外にも隼人から声を掛けてくれたことは覚えている。
『あやのちゃん、ともだちになってくだい』
今の隼人からは考えられないほど、可愛らしいお誘いだと思う。
今の私がそこにいたら、持って帰ることは間違い無いだろう。
『うん、きょうからおともだちね。はやとくん』
そう返した私は、この時から隼人の事が気になっていた。
いや、語弊がある。
好きだった。
一目惚れというのだろうか。
子どもながら、この人とずっと暮らしていくんだろうなと、疑いもしなかった。
私は霧崎家の長女として生まれた。
家族や家柄に加え、容姿や才能にも恵まれている。
世界広しといえども、これほど幸せな人間は私くらいだろう。
そんな私が、一番幸運であったと言えるのはこの時。
隼人と同じ時を生き、出会うことができたこの瞬間において他はないだろう。
ここから全てが始まった。
◇
幼少期から小学校を卒業するまでは常に一緒にいた。
私は隼人しか友人と言える人はいなかったし、隼人も男の子としてはかなり珍しく、女の子である私を邪険に扱わず友人として接してくれた。
『別に何を言われたっていいんだよ。綾乃といると面白えしな』
隼人にも男友達はいたが、私の傍から離れていた記憶はない。
常に傍にいてくれた。
私もそれなりにお転婆だった。
隼人と一緒に近所を探検したり、虫取りや追いかけっこ、季節の遊びなど、様々な遊びをした事を覚えている。
ぬいぐるみやお人形も好きだった。隼人も嫌な顔をせず付き合ってくれた。
『これはよいものだ‥‥‥』
当時のテレビでやっていた何かを真似ていたのだろうか。ぬいぐるみやお人形をまじまじと見ながらそんな事を呟いていた。
この時から、今の隼人の性癖の片鱗が見えていたのかもしれない。
そんな中、私達には特にお気に入りの遊びがあった。
探偵ごっこだ。
『よし、綾乃、調査に行くぞ』
『うん、分かった。今日はどこにいくんだい?』
『目的はない。だから俺達が何かないか探しに行くんだよ』
『いきあたりばったりだね』
祖父の事務所で近所の地図を見ながらそんな事を話していた。
当時は地図の見方なんてあまり分かってはいない。なんとなくテーブルに広げているだけで雰囲気があった。
『綾乃、隼人。気を付けてな』
『うん、分かってるよ、爺さん』
『行ってきます、お祖父様』
祖父から見送られながら、私達は探偵7つ道具なる玩具を鞄に入れて外に出掛けていた。
近所の猫を追っかけたり、道端に捨ててある靴やハンカチ等の持ち主を探そうとしたり。近所の人をこっそり尾行してみたり。
散々遊び回ったあとは事務所に戻り、お菓子を食べて帰る。
実に楽しい時間だった。
◇
けれどもそんな時間も終わりを告げる。
高学年になると進学の話が出てくる。
両親は私を少し離れた場所にある学園に通わせたいそうだ。
自分の子どもが女の子なら、お嬢様学校に通わせ、お嬢様として育てる。
何でも、母さんの小さい頃からの夢らしい。
『私はそこに行きたくない』
私は色々な知識を学び、口が達者になっていた。
隼人の真似もしたかった私は、少しずつ口調が男の子っぽくなっていた。
これは今でも変わらない。
それ以外では良い子で居続けた。両親が喜ぶから。
そんな私が初めて両親に逆らった。
初めて母さんの泣いている姿を見た。
そんな姿を見てしまったら私は何も言えなくなってしまう。
でも、隼人から離れたくはない。
だから両親に条件を出した。
『大学は隼人と一緒の学校に通わせて欲しいです。それと隼人の周りに女の子が近づかないようにして欲しいの。その2点を約束してくれるなら、私は完璧なお嬢様として学園生活を送ります』
と、告げた。
何故?とは言われなかった。
何故ならその話をする前に
『隼人の事が1人の男性として好きです』
とはっきり両親に話していたから。
両親もそれなら、と了承してくれた。
ちなみに私と隼人の関係について、反対されるかも、なんて心配は全くない。
まあ、あれだけ一緒に過ごしていたのだ。当然だろう。
両親や祖父にも常々隼人の事を話していたからな。
それに両親も祖父も、隼人のことを自分の家族の様に思っているようだ。
本当に良い人達だと思う。
後日、隼人のいる場面でもう一度この遣り取りをした。
離れ離れになってしまう隼人に、多少なりとも牽制しておきたかったからだ。
それも進学の為の準備として両親に協力を得ていた。
隼人の目には私と両親がどったんばったん大騒ぎしているかの様に見えただろう。
そのおかげで隼人には、私の両親に逆らうととんでもない事態になる、という記憶を刷り込む事が出来た。
気の毒だが、隼人に変な虫がつかないようにするには仕方がないことだった。
◇
中学、高校と、お嬢様学園に通う間は完璧なお嬢様を演じ切った。
才色兼備、品行方正、公平無私。
純粋培養の深窓のお嬢様。
それがその時、演じていた役柄だった。
苦では無いが、面白くは無かった。
小学校時代が楽しすぎたため、物足りなさを感じるのは仕方が無い。
おかげで友人も出来なかった。
それは少し残念でもあった。
‥‥‥暇な時間は隼人に連絡を送ったり、休みの日は隼人と遊びに行ったりはしていた。
(隼人にも自分の学校生活がある‥‥‥)
時々気が引けてしまう事もあったが。
◇
隼人から進学予定の大学を聞き出した。
『私もそこに進学する』
『はぁっ!ちょっ、なんでだっ!?』
そう伝えたときの隼人の表情は中々見ることが出来ない、面白いものであった。
◇
『あー‥‥‥4月から、宜しくな』
『ああ、宜しく頼む』
高校を卒業した後、一緒にカフェでお互いの学校での生活について振り返りあった。
『野郎共との青春しか覚えが無ぇ‥‥‥』
両親は約束を守ってくれた様だ。
私がいない間も、隼人に女性が寄らないようにしてくれていたらしい。
どうしたのかは分からないが、まあ学校にはいろんな人がいるからな。
そういった事が得意な人がいてもおかしくはない。
『私は甘い学園生活を送ることが出来たがな‥‥‥羨ましいかい?』
『友達は出来たのか?』
『‥‥‥‥‥‥』
それは卑怯だろう。
そんなこんなで4月から同じ大学に通うことが出来るようになった。
(数年ぶりに隼人と同じ学校に通うことが出来る)
表面上はそんな素振りは見せなかったが、楽しい事が待っているんだろうな、と心を踊らせていた。
◇
『何でこんな事に‥‥‥』
想定外の事があった。男性陣が多すぎる‥‥‥
いや、男女比率の事では無い。私に言い寄る男の数だ。
小学生の頃は隼人以外に近寄る男子はいなかったのだが、大学生にもなると皆一様にがっついてくる。
『見た目は悪くない。いや、寧ろ良い方だとは思う‥‥‥だが、あまりにも多いっ‥‥‥』
同学年の男性陣を始め、高学年の先輩、サークルの人々‥‥‥次から次へと。
『まあ、そうなるだろうな。綾乃、美人だしな』
『はぁ‥‥‥ありがとう。そういって貰えて実に嬉しいよ』
この男、どの口で‥‥‥、と少しだけ苛ついた。
そんな美人がこんなにも近くにいるのに、他の男性陣の様にアプローチを掛けてこない。
『綾乃の旦那は幸せ者だな。替わってほしいくらいだ』
この間、実家で手料理を振る舞った時に言われた言葉だ。
『‥‥‥そうかい』
(隼人はその旦那に入らないのか‥‥‥)
表には出さないようにしていたつもりだが、僅かに苛つきが言葉端に出てしまったかもしれない。
気が付いてほしいような、気が付いてほしくないような。複雑な気持ちだ。
そう思った記憶がある。
『そんな美人が近くにいると、君も困るんじゃないかい?君に言い寄る女性に、勘違いされかねないだろう』
心にも無いことを言った。
こちらから挑発したらどんな反応をするのだろうか、そんな小さな悪戯心。
それが不味かった。
『確かに‥‥‥綾乃みたいな美人が近くにいると、俺は男共に殺されかねん‥‥‥あまり一緒に居ないほうが良いのか?』
『い、いや、それはないだろう。早い話、恋仲と思われなければいいだけだからな。だから、大学ではお互いに適度な距離感を保っていればいいだけさ』
『‥‥‥?‥‥‥まあ、そうか?』
思わず早口になってしまったため、隼人も少し驚いた様だ。
(‥‥‥危なかった‥‥‥危うく大学生活のスタート地点で転んでしまうところだった)
ここで勘付いてくれると助かるが‥‥‥まあ、期待は出来ないか。
(いっそのこと私から‥‥‥)
私から告白するか?と考える。
それは小さい頃から何度も考えていたことだ。
恋仲になってしまえば、私も隼人にも余計な虫がつかなくなるだろう。
だが‥‥‥
(無理だ‥‥‥)
結局は『無理』という言葉に収束してしまう。
(私からなんて‥‥‥恥ずかしい。それに、今のこの関係が‥‥‥)
隼人以外にそういった関係になることは考えられないが、そういった関係になろうと言うのは恥ずかしい。
言おうと思っても言えなくなる。
まったく、一番大事なところで弱気になるのは私の悪い癖だ。
それに、隼人とは友人なんだ。
気を遣わない対等な関係。
あまりにも心地よい関係を、終わらせることは出来なかった。
◇
3年生に進級する前に祖父が亡くなった。
数年前に脳梗塞を発症してからほとんど植物人間のような状態だ。
倒れる日も事務所にいたが、運が悪く、発見されるまで時間が経ち過ぎていた。
たまたま祖父の知り合いが事務所に来てくれたため、発覚した。
私も隼人も時々お邪魔していたが、この時に訪問していれば、と歯がゆい思いがある。
祖父の通夜にはたくさんの人が来た。
霧崎家の親族はもちろん、祖父に仕事を頼んだ依頼人の人達も数多くいた。
誰もが本当に悲しそうにしている。その姿が印象的であった。
(慕われていたんだな‥‥‥)
子どもの頃から祖父と依頼人達の遣り取りを見ていて感じていたが、ここに至って改めてそう思った。
『爺さん、随分と慕われていたんだな』
隣にいた喪服姿の隼人がそんなことを呟いていた。
『でも、もう少し良い死に方をしても良かったと思うぜ‥‥‥』
この場では失礼な物言いかと思う。
でも、私には分かっていた。
隼人もあの時、事務所を訪れていれば、今とは違った結果になっていたのだろうと考えている。
悔しそうに歯を食いしばりながら涙を堪えている彼の姿を見て、それが分かってしまった。
『いや、幸せだったと思うよ‥‥‥こんなにも悔やんでくれる、自分の孫みたいなやつがここにいるんだからね』
隼人は祖父と仲が良かったからな‥‥‥
『‥‥‥ありがとよ‥‥‥‥‥』
目元に手を当てながら、空を見上げる彼から目を逸して上げた。
見られているのも恥ずかしいだろう。
◇
祖父が亡くなってから少し後、遺言を親族で確認した。
まあ、妥当だろう、といった感じで遺産の配分がなされていた。
誰も文句は言わない。
それもそうだろう。なにせ皆が金を持っているからな。
遺産の相続にトラブルが無いことは非常に良い。
これも祖父の人徳のなせる業か。
そんな中、無視できない事もあった。祖父の探偵事務所についての文言だ。
親族の間でも知られていたが、所詮は小さな雑居ビルに入っている古い事務所。誰も興味は無かったらしい。
『その事務所、私が受け継いでもよろしいでしょうか‥‥‥?』
遺産分配中、静観していた私が声を上げた事に親族の人たちは驚いていたが、祖父と私の関係を知っていたため、特に異論は無かった。寧ろ『綾乃ちゃんなら』と賛同してくれる人もいたくらいだ。
(本当に良かった‥‥‥)
異論が無いことに安堵していた。
(この事務所だけは、残しておきたかった‥‥‥)
私と隼人と祖父、3人の思い出の場所。
小さい頃の思い出が詰まった宝箱のような事務所。
これからも大切に出来ると実感し、とても嬉しかった。
◇
大学生と探偵の二足の草鞋は、大変ではあったが中々面白いものであった。
学園にいた頃から、探偵として活動するために必要な知識や資格の勉強はしていたので、探偵として働くことはさほど難しい事では無かった。
休みの日を利用しての活動であったため、難しい依頼は受けることは出来なかったが、失せ物探しや浮気調査など、比較的短期間で解決で出来る依頼に絞って受けていた。
(隼人の身辺を探るために身に着けたものが役に立つとはね‥‥‥)
隼人と別の学校に進む前から少しずつ学んできた技術が活きた。
おかげで依頼も順調にこなす事が出来、それなりに評判も得ていた。
(軌道に乗ったら、隼人も事務所に呼ぼうかな)
事務所としての体裁が整ったら、隼人を事務所に呼ぶのも良いだろう。
お互いに懐かしい話をして盛り上がるのも悪くはない。
(‥‥‥‥‥‥あの頃の夢は、もう忘れてしまったのかな)
思い出す。
いつもの様に事務所で探偵ごっこをしていたある日。隼人が私と祖父に向かってこう言った。
『大人になったら爺さんみたいに探偵になってみたいな』
『なら、綾乃も一緒に誘ってやってくれ。そうしたら俺も安心だ』
『うん。そのつもりだよ。綾乃が一番信頼できるやつだからな』
『なら、私も一緒に探偵になろうか』
『おう、約束だ』
『なら、指切りしよっか』
微笑ましそうに見守る祖父の前で、お互いに指切りをした。
(‥‥‥私は探偵になったぞ、隼人は‥‥‥覚えているのかい?)
小さい頃の他愛のない約束。
けれども、私は忘れることが出来なかった。
◇
数カ月後。
4年生を目の前にして、ある情報を手に入れた。
(祖父の、コレクションが‥‥‥)
懇意にしている情報屋から、そんな情報を手に入れた。
ガセネタもあるので、情報の真贋を見極める感覚も探偵には必要だ。
実は、私はそういった事には強い。寧ろ外したことが無い。
(これが才能か‥‥‥)
直感。
嘘か本当か、良いか悪いか、が何となく分かる。
両親にも隼人にも話していない。
探偵して、強力なアドバンテージ。
いざという時の切り札だ。
(別に隠すものでもないか‥‥‥)
だからといって明かす必要もない。
だから、そのままにしておこうと思った。
そんな直感が、今回の情報が本物だと告げている。
(榊原家‥‥‥か)
聞いたことがあるような、ないような。
後々になって分かったが、どうやら霧崎家の遠縁にあたる家らしい。今では殆ど関わりはないが。
(金で解決しても良いが‥‥‥祖父の考えもある。それは尊重しないとな)
祖父は若い頃に手放したコレクションを探すために、年老いてからこの事務所を開設した。
自分の力で一国一城の主になる。そのために手放したコレクションを再び自分の力で取り戻したい。その思いで。
(金で解決した方が早いのに‥‥‥まったく頑固なお人だった‥‥‥)
父親から受け継いだ大切なコレクション手放してしまった負い目もあったのであろうな、と思う。
(そのために開設した事務所を正式に受け継いだ私が。祖父の代わりに取り戻すのも悪くはないな‥‥‥)
私と隼人を見守ってくれていた祖父への恩返し。
それも良いのかもしれない。
(‥‥‥‥‥‥‥あ)
そこで思い出す。
そういえば、祖父が元気な頃に、祖父と隼人が何かを話し合っていた時があった。
祖父が懐かしい思い出を語るように話し、隼人が真剣な表情で聞いていた。
(私が事務所に入って来た時には中断してしまったが)
その一瞬の場面は覚えていた。
(‥‥‥‥‥‥隼人も、知っているな)
直感。
隼人はあの時にコレクションの話を聞いた。
そして、祖父から探して欲しいと頼まれた。
祖父は、冗談半分であっただろう。
しかし、隼人は冗談とは思っていなかった。
(血の繋がりはないのに、頑固な所は似ているんだよな‥‥‥)
隼人は機会さえあれば、祖父のコレクションを探すだろう。ならば、その機会を与えてあげればいい。そうしたら、隼人は‥‥‥
(この情報を‥‥‥)
一見分かりにくいが、ある角度から見ることで気付いてしまうような場所に情報を記したメモを残す。隼人なら、直ぐに見つけるであろう。
(見つけたタイミングで隼人からリアクションがあるはずだ‥‥‥)
これから起こるであろう事に胸を踊らせながら隼人の行動を待つ。
久しぶりに楽しい時間だった。
本当に、私は肝心な時に役に立たない女だ。
この時に限って、直感が働かないとは。
この時程、自分の浅はかな行動を後悔したことは無かった。
◇
(嘘‥‥‥‥‥‥どうして‥‥‥)
榊原氏の殺害現場を見て、直ぐに分かった。
(隼人が‥‥‥‥‥‥殺した‥‥‥?)
認めたくは無いが、現場に残る証拠が隼人を犯人だと訴えている。
(いや、そんな、馬鹿なことが‥‥‥)
隼人は殺してなんかいない。
(いや、それは‥‥‥)
それを信じてあげたかったが、信じてあげることが出来なかった。
(わたし‥‥‥なんてことを‥‥‥)
今更になって後悔する。
私が、隼人にコレクションの手がかりを渡さなければ。
私が、コレクションを手に入れるためのお膳立てをしなければ。
私が、隼人と一緒に探偵になりたいと思わなければ‥‥‥
隼人を殺人犯にすることはなかったんだ。
(‥‥‥この状況で、出来ることはただ1つ)
真実の隠蔽。
それも生涯を賭けて。
(隼人を、殺人犯にさせない‥‥‥)
そのために、他人の人生を狂わせてしまうことになっても‥‥‥
(私の全てを賭けて、隼人を守る‥‥‥)
これから行うことに対し、吐き気が止まらない。
それでも、歩みを止めることは出来なかった。
◇
「今回の実・行・犯・だものな」
依頼が解決した後、事務所で隼人にそう告げた。
隼人は驚いた顔をしていたが、否定はしなかった。
(話の流れで気が付いていたな‥‥‥)
なんとなく私の言いたいことに気が付いていたのであろう。直ぐに自分が殺した、と認めていた。
そんな彼の姿を見て、最初感じたのは安心感。
(秘密の共有とは、こうも安心するなんてね)
隼人が認めなければ、殺人を隠蔽している事を知っているのは私だけ、となる。
(我が身可愛さで隼人を道連れにするなんて‥‥‥)
自己嫌悪に陥る。
隼人に向かって偉そうに事件当時の事を話しているくせに、結局は私が楽になりたいといった保身に走ったに過ぎない。
(私も、普通の生活を送ることは出来なくなるが‥‥‥まあ、隼人も一緒なら)
そんな考えもあり、隼人が殺人を犯すことになってしまったきっかけを作ったのは私だ、と白状した。
(何も言わないのか‥‥‥?)
ここで隼人が怒るなり、公的機関に自白するなりしてもらった方が気が楽であったかもしれない。
でも、隼人は私を責めることは無かった。
(‥‥‥‥‥‥‥今の隼人なら‥‥‥)
私はつくづく嫌な女だ。
この状況を利用して、卑怯な事を考える。
(1人の女性として見てもらえるかもしれない‥‥‥)
清廉とは程遠い、情念と打算の入り混じった愛の告白をした。
「隼人が好きだ。出会った時から、ずーっとね」
この言葉も、想いも、全て真実。
けれども、一片の後ろめたさがないとは断言できなかった。
「館でも、君の動向が心配でね。自分で差し向けたとはいえ、何かあったら大変だ••••••••••••••あってしまったがね。大変な事が」
これも真実。
隼人が殺人を犯してしまってから、心底心配した。
それが純粋なものではないと分かっていても。
「••••••••••••実はかなり責任を感じていてね。それはもう、かなり」
これも真実。
私の浅はかな行動で、大切な人の手を、血で汚してしまった。
「だからこそ、私も人生をかけて黙っていようと思う。共犯者だね?」
私と隼人だけが、絶対に明かしてはならない秘密を共有する。
信頼できる者同士であるが故の、絶対的な安心感。
そして、お互いを縛り付ける楔。
「今ここで受け入れてくれるのなら、私はとても嬉しい。浮気とか傍から離れたりしないのであれば••••••••••••私を好きにしてもいいよ」
私の全てを隼人に差し出す。
隼人になら、何をされても構わない。
‥‥‥これ以上は、もう何もない。
その後も、繰り返し隼人を追い詰めるような言葉を掛けた。隼人が私を受け入れてくれないと、私は駄目になると。何度も何度も、執拗に。
つまるところ、隼人が私から逃げられないようにしたかっただけだった。
◇
「ああ、付き合うか。俺も綾乃が好きだからな」
この言葉を聞いた瞬間。全身の力が一気に抜けた。
(こんなにも、あっさりと‥‥‥)
私が何年も思い悩んでいた事が10秒にも満たない言葉で解決してしまった。
「今更、って感じだしな。まあ、正直俺もお前が傍にいないって事が想像出来ん」
しかも、隼人も私と同じ考えだった。
(隼人も、私がいて当然だと思っていたなんて‥‥‥)
この時ほど、安堵したことはない。
(本当に、馬鹿みたい‥‥‥‥‥‥こんなにも回り道をしていたなんて‥‥‥)
思わず、隼人に抱きついてしまった。
今迄の自分なら恥ずかしくて絶対に出来なかった行為。
(あったかい‥‥‥)
初めて感じる隼人の温かさ。
これからもずっと、この温かさを離したくないと思ってしまう程であった。
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