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違う、そうじゃない。〜犯人は俺なんだ〜  作者: 岩波備前


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霧崎探偵事務所業務日誌 その3 [中編]

翌日。


依頼された調査の為、今日は早朝から行動を始めた。


「何だかいまいち落ち着かないな」


「そこまで馴染みの無い格好だからね」


「‥‥‥綾乃に雇われなければ、今頃は多少馴染みもあったんだろうがな」


「安心したまえ、これからは嫌でも着る機会はあるよ••••••だって遅かれ早かれ、今と同じ道を辿っていただろうから」


「••••••職業選択の自由は?」


「君に限っては無いね」


俺と綾乃はシンプルなスーツを身に纏っている。

綾乃曰く、就職活動中の若者には見えるんじゃないかい?との事であった。


対象の黒木は俺のアパートの近くにある駅周辺で研修先にいた家政婦と会う約束をしているらしい。

何故ここまで分かるのかは定かではない。

情報元の静葉に聞いてもはぐらかされた。


『これも家政婦の仕事ですから』


と。情報収集も仕事の1つらしい。

••••••静葉が動いた方が早いのでは?

とも思ったが、それは無理らしい。

俺でも分かる位、静葉は黒木に対して奥手だ。

普段は淡々と業務をこなすのに、黒木とのプライベート関係だと途端にぎこちなくなる。

実は本人から今回の情報を得る際に黒木から『休みの日に遊びに行こうか』と誘われたと言っていた。提案された日にちは静葉も黒木も休みの日。お天気も暫く良好。まさに絶好のお出かけ日和だった。だが••••••


『ごめんなさい。その日は研修があるの』


と、断ってしまったらしい。


黒木は

『そっか••••••残念。草野さんはいつも勉強熱心で偉いね••••••僕も見習わなくちゃいけないなぁ』


と、その場で空いている日にちに、自身の研修をセッティングしていたらしい。


黒木と別れた後、静葉は自室で1人枕を濡らしていた。と語っていた。


『私、何をしているんでしょうね••••••』


はぁ••••••と、溜息を付きながら虚ろな目をしていた静葉の姿が忘れられない。

ちなみに、これが初めてでは無いらしい。

黒木とお出かけはしたいが、恥ずかしさと自信のなさから、咄嗟とっさに断ってしまうそうだ。


『これ以上同じ事が続くようなら、私は湊から”つまらない女“と、見捨てられるでしょうね••••••••••••そうなる前に『覚悟』は決めますが』


と、語る静葉は怖かった。


どうして霧崎家に関わる女性は、覚悟が決まり過ぎているのだろうか?


「••••••••••••そこまで想ってくれるのは、男冥利おとこみょうりに尽きるが••••••」


「隼人。よそ見するな。ほら、あれ••••••」


綾乃が俺を現実に引き戻す。


「あ、悪い。••••••あれか」


俺達の視線の先には、私服の黒木がいた。

俺達と同じ位の年だと聞いたが、それにしては少し堅い服装であった。


「••••••••••••なんか頼りなさそうだな」


「まあ、最初はそう見えるだろうね」


駅前なので人は割と多い。

その中で、黒木はおどおど、びくびくしながら、おっかなびっくり辺りを見渡していた。

目的の女性を探しているのだろう。


黒木は、俺よりも少し長めの黒髪。

顔つきは童顔寄りだが整っている。

そのまま齢をとるにつれ、良い顔つきになる事は予想できた。

身長は180cm近い俺よりも数cm低い位だろうか。


「••••••良い身体をしているな」


「まさか、君。そっちの気が••••••」


早合点はやがてんするな!俺はノーマルだ!」


俺の言葉に少し青ざめる綾乃。

それなら、私はどうしたら••••••と戸惑いだしたので、直ぐに訂正する。


「ほっ‥‥‥なら良いんだ••••••ただ、少なくともノーマルではないよ、君」


「••••••••••••」


そこだけははっきりと言われた。


「とにかく。誤解するなよ?黒木の身体は良く鍛えられている、って意味だ。あれは一朝一夕でなんとか出来るものじゃないのさ。ガキの頃から今まで鍛え続けないとああにはならない」


俺もそれなりに格闘技をかじっていたから分かる。

服の上からでも分かる、筋肉の付き方や体幹の安定感。

俺どころか、そこらの経験者よりも遥か上をいっている。


「ああ、それはそうだろうね。黒木家は一般家庭ではあるけど、武術を伝える家でね。彼の祖父は数少ない達人と呼ばれる人からも『本物』と認められていたそうだ••••••表には出ない、本当の武を遣う人間の1人らしい」


静葉が黒木からそう聞いたらしい。

小さい頃、今日のお菓子は何にしようかなあ、と考える程度の軽さで。


『おじいちゃんのところに黒い服を着た人がたまに来るんだ。依頼?とか何とか言ってたけど、おじいちゃんがふらっと出掛けて、翌日には帰って来ていたから大した事じゃないみたいだけどね』


と、話していたので、静葉は逆に気になり調べたそうだ。

ネットには出ていない情報なので、草野さんに頼んだそうだが。


草野さんから『機密』の一文が載る書類を出された時に察したそうだ。


また、余り詮索をしないほうが良いよ、と草野さんからそこはかとなく言われたらしい。


「黒木も祖父から仕込まれている筈だが、本人はそこまで重要視していないそうだ。まあ、本人の性格と絶望的に合わないし、そういった活躍は期待出来ないそうだが」


と、黒木が霧崎の家に勤める際にそんな事を聞いた事があるとか。


「ただ、静葉から聞いた話だと、黒木は車にかれようが、3階からコンクリートの上に落ちようが怪我1つ負わない位には身体は丈夫なようだよ。ちなみにこれは中学生の頃の話だ」


黒木が猫や子どもを助けた際に、静葉が見たそうだ。


「それ、人間じゃないぞ?」


「似た事を本人に言ったら、泣きそうになったらしい」


悲しき怪物モンスターか?


「あと、2人ともいじめを受けていた時期もあるそうだが、彼は静葉を背にして決して逃げないそうだ。彼からは絶対に手は出さないが、何をしても静葉を庇う。••••••そんな彼に怖くなって、いじめる人もいなくなったらしい。••••••静葉が、それはもう嬉しそうな様子で語っていたな」


まあ、そんな奴が何をしても静葉の前に何度でも立ちふさがるんだ、いじめる方もさぞ怖かったろう。


「だからこそ、静葉は彼にかれたんだろうね」


「本当に、静葉は良い奴に出会う事が出来たんだな••••••」


しんみりする。


あの静葉に惚れられるのは相当な事だ。黒木も幸せだと思う。


「ただ、今は静葉が限界に近い。あれ、本当に黒木を襲うぞ?」


「本来なら嬉しい事なんだがなぁ」


静葉の性格を考えると、本懐を遂げた後に霧崎家から去るだろう。


黒木との証が残ればまだ良いが。

残らなければ迷わずこの世の未練を断ち切る事は確実。


それは2人が余りにも不憫だ。


「••••••••••••ここだけの話にしてもらいたいが、静葉の身体は健康そのものだが、子どもが出来にくい体質だそうだ••••••」


産めない訳ではないが••••••と、そんな事を綾乃が呟いていた。


なおさら不味い。


「‥‥‥2人の人生を賭けた依頼だな」


「そうだね、最悪な展開にならなければ良いが••••••」


緊張感を持ちながら黒木を監視する。


少し経った後、例の家政婦らしき人が黒木の傍に近づいてきた。


溌剌はつらつとしているがどこか上品な雰囲気がある。黒木よりも僅かに年上のように見えた。


黒木もその家政婦には気さくに話し掛けていた。

かなり気を許している事が分かる。


「あの黒木が••••••?もう、駄目かもしれない••••••」


「諦めるな、綾乃」


天を仰ぐ綾乃を、俺は勇気付ける事しか出来なかった。







黒木と家政婦はそのまま、海外のブランド品を扱う店に入って行った。


「私達は外から監視した方が良い。本来なら客として入るべきだが、黒木に勘付かれる可能性がある」


まともに顔を合わせた事が無いとはいえ、自分が仕える主人の娘を見逃さない訳はない。

そんな考えもあって、スーツ姿で調査を進めるとの事。

今、俺達は黒木達の入っていった店の近くにあるカフェに滞在していた。


「それにしても、綾乃は何を着ても似合うな」


「褒めてくれてありがとう。依頼で無ければ存分に愛でてくれても構わないんだがね」


コーヒーを飲みながら、目の前の綾乃を見る。


紺色のシンプルなスーツ姿。

ジャケットに、タイトスカート。

後はビジネスバッグに理知的な印象を与える眼鏡。


どこからどう見ても立派なオフィスレディ。


「俺とは似ても似つかないな」


「卑下するなよ。君だって似合っているよ」


同じく紺色のスーツを身に纏う俺にフォローを入れてくれる。優しい。


「ありがとよ」


適当に時間を潰しながら監視を続けていると、綾乃のスマートフォンに連絡が入る。

静葉から、らしい。


「ああ••••••そうだ。••••••見ただけでは••••••2人の仲は••••••いや、まだ決まった訳ではない•••••••••••ああ、分かったよ••••••••••••では」


通話を終える。


「何かあったのか?」


「いや、静葉が進捗を聞きたいと連絡してきたみたいだ。ただ••••••黒木と女性について話した所から静葉の動揺が伺えてな••••••」


「どんな風に?」


「『そうですか••••••』と。ただ、声は震えていたが••••••あれ、後半泣いていると思う••••••」


「あちゃー••••••」


かなりこたえている。

綾乃の沈痛な面持ちから、静葉の様子が容易に推察された。


「••••••••••••まだ調査は始まったばかりだからね••••••」


綾乃は俺と自分に言い聞かせるように呟いていた。







長い事店内にいたが、黒木達は何も購入せず店から出てきた。


「何も買わないみたいだな?」


「そうだね。お金は問題ないと思うが」


霧崎家の使用人はかなりの高給を貰っている。

綾乃から聞いてから、使用人になる事も少し考えた程。

それなら確かに問題は無い筈。


「人の好みもあるからね」


必ず購入しなければならない事もない。

次の行き先に意識を向けた。







「次はここか」


「昼時だからね」


黒木達は明るい雰囲気のレストランに入っていた。

一目見ただけで高級店だと分かる。

内装や椅子、テーブルの1つ1つ店主のこだわりを感じる。

若い客や年輩客など、客層はまちまちだが、誰もが静かに料理を楽しんでいた。客の質は高いみたいだ。


「高そうな店だ••••••」


「そうかい?まあ、私は前に行った旅館や食堂の食事が好みだが••••••」


「美味かったしな」


綾乃にとっては普通らしい。

それでも食堂レベルの食事で満足してくれるから安上がりで助かる。


黒木達は窓際のテーブルで食事をしていた。


家政婦から話しかけ、黒木が答える。

お互いに打ち解けている雰囲気だ。


「随分と仲が良さそうに見えるな」


「この場合は手放しに喜べないが••••••」


再び綾乃のスマートフォンに連絡が入る。

予想通り、相手は静葉。


「••••••••••••ああ、今は••••••まあ、仲は•••••••••••いや、待て早合点するな••••••ああ••••••落ち着け•••••••••••••分かった」


通話を終える。


「どう、だった?」


聞くのが怖い。


「••••••••••••どうしよう?」


綾乃も困っていた。


綾乃曰く、どうやら静葉は既に限界に近いらしい。

多分、黒木に女性の影が見えた時点から追い詰められていたみたいだ、と。


『湊が••••••仲良く女性と••••••そんなの見たことない••••••••やっぱり私じゃ••••••••••••もう、湊を••••••』


と。涙声で話していたそう。

綾乃の言葉には逆らえないので、今はぎりぎり理性を保っている。


「••••••黒木をかくまう準備を考えないといけないか?」


「いや、まだだ。まだ分からない」


弱腰になる綾乃。

俺の事に対しては基本的に強気だが、それ以外のハプニングには少し弱気になる事もあるようだ。







食事を終えた2人は、貴金属の装飾品を扱う店に入っていった。

外観は言わずもがな。


「ここはうちも使う店だね。主に外商で」


利用客の1人1人に担当がつくらしい。

客と何十年も付き合いあるコンシェルジュもいるそうだ。


「一般客は利用出来ないのか••••••」


「普通はね。でも、うちの使用人なら問題無いよ。まあ、これでも中堅の店だが••••••」


霧崎家の使用人でもVIP対応を受けられるとか。

後、さらっととんでも無いこと言うな。







意外にも短時間で店を出てきた。

何も持たずに。


「あれ?また買わないのか」


「ここなら、それなりのものはある筈なんだけどね」


俺達は首をかしげる。


2人は談笑しながら歩き、とある店に入った。

前の店とは違い、何の特徴もない小さな店だ。

軒下には古い看板が掛けられており、外の壁には蔦や葉っぱが引っ付いていた。


夕方に近い時間帯。

何事も無ければここが最後の店か?


「うん?••••••ほぅ•••••ここか」


綾乃が珍しいリアクションをする。


「知っているのか?」


「ああ、ここは高級店ではないが良い店だよ。祖父が世話になった店だからね」


「爺さんが?」


「聞いただけだが、ここの店主は昔気質だが、腕利きの彫金師だそうだ。祖父が祖母に送った指輪もこの店で用意したものらしい」


「良いな、そういうの••••••」


「私の指輪もここで良いよ」


「それは良く考えてからな」


「ふむ、期待しているよ」


穏やかな雰囲気になる。

このまま終われば良いが、そうはいかない。


「とりあえず監視するか」


「だな」


近くの喫茶店に入り、店の外から監視を再開した。







「綾乃。出てきたぞ」


「見えているよ」


俺の視線の先には2人が。

今度は小さな紙袋を持っていた。

黒木は嬉しそうに、家政婦は優しい表情を浮かべていた。


「なあ、綾乃••••••これ」


2人の間にはなんだかほんわかした雰囲気がある。


「なら、良いが••••••」


綾乃も同じ様に感じていた。


同時にスマートフォンが震える。


「••••••••••••」


無言で通話を受ける。


「ああ•••••••••••••••だな••••••何?•••••••••ここは•••••••い、いや、待て••••••静葉っ!?」


綾乃が動揺していた。

俺は出来るだけ冷静に努める。


「どうした••••••?」


「静葉が••••••ここに向かっている」


「••••••」


綾乃から現在の状況と場所を聞いた途端、走る音と同時に通話が切れたらしい。


限界を超えてしまったようだ。


「とりあえず2人を追う。そして静葉を止めなければ••••••」


「無事に済めば良いが」


静葉が暴走してしまわないうちに片を付けなければならない。

俺と綾乃は共通の認識を持って尾行を続けた。







「••••••疑惑は晴れたみたいだが」


「何故こんな所に?」


夕方。


黒木は駅前に戻り、家政婦を見送っていた。

その時の黒木は何度も頭を下げていた。


その姿を見て、俺達は最悪の展開を迎える事は無いと察した。


その後、黒木は1人で何処かへ向かう。電車に乗り、降りた後は暫く歩く。

不思議な事に、目的地があるかの様だ。


「何処に向かう気だろう?」


「確か、ここは静葉の••••••」


綾乃がぼそっと呟く。

思いあたる節がありそうだ。


暫く尾行を続けると、郊外の高台に行こうとしている事が分かった。


階段を上がり切った先は、街並みが一望出来る位に見晴らしが良いだろう。


黒木は高台の頂上から街を眺めていた。


「••••••何を?」


「いや、待て。隼人、あれを」


視線の先には黒木以外に人影があった。


息を切らせながらも、彼に向かって小走りで近づく銀髪の女性。


俺達はその人影に見覚えがある。


「静葉?」


「出るぞ、隼人!」


綾乃が俺の手を引っ張り、物陰から飛び出る。


「静葉っ!!」


「!?」


「へっ‥‥ひゃあっ!あっ、あ、綾乃様!?それに草野さんまで?」


綾乃の声に驚く黒木と静葉。

静葉は足を止め、こちらと黒木を見る。


「綾乃様、申し訳ありません。私はもう我慢が出来なくて••••••」


泣きながら切実な思いを訴える静葉に対し、黒木はきょとんとしていた。


「へっ?草野さん、泣いているの?」


黒木が静葉の表情を見て慌てだす。

静葉に近づき、両手を優しく握る。


「く、草野さん!?どうして泣いているんですか?それに何故ここに!?」


「だって、湊が••••••」


俯きながら涙を流す静葉。

黒木はその姿に困惑する。


「ぼ、僕?な、何かしちゃったかな。とにかくごめんなさい」


困惑しながらも静葉を宥めようとしている。

助け舟を出すかの様に、綾乃が言った。


「実は君に親しい女性がいるのではないか、と調査の依頼を受けてね。•••••••••••静葉から」


はっ、とする黒木。


「草野さんが、綾乃さんに、僕を?」


「心配、だったから••••••」


静葉からそう言われた黒木は驚きながら答える。


「えっ、いや、いないよっ!?綾乃様と話すのだって恥ずかしくて申し訳ないくらいだし、他の女性となんて無理だよぉっ••••••」


「なら、なんであの女性と?」


俺が黒木に尋ねる。俺の方が話しやすいかもしれない。


「あ、貴方は••••••ああ、綾乃様の••••••初めまして、黒木と申します。このような場面で挨拶させて頂くとは思いませんでしたが••••••」


丁寧に挨拶と礼をしてくれた。

話に聞いた通り、仕事は完璧らしい。


「先程の女性は••••••あっ」


黒木も気が付いたらしい。

静葉に目線を合わせて話す。


「草野さん、僕と一緒にいた女性は前の研修先の家政婦さんだよ」


「それは、知ってるの••••••」


「うん、そうだね。でもあの人、旦那さんもお子さんもいるんだよ?」


「えっ••••••?」


黒木の話によると、一緒にいた家政婦は、前の研修先で指導してもらった人らしく、最初は恥ずかしくて目を合わせられなかったそうだ。しかし、見かねた家政婦が黒木に『何のためにここにいるんだ』と発破を掛けたらしい。咄嗟に静葉の顔が浮かんだ黒木は『友人と約束したんです』と答えた所『その話、詳しく』と聞かれた。


静葉との馴れ初めや静葉との交友関係。この仕事を始めた理由などを話した所、家政婦に気に入られて意気投合したらしい。


「じゃあ、あの話は‥‥‥」


静葉が研修先で聞いた話をした。

黒木はその時の話を思い出し、静葉に語る。


「それはね、草野さんへのプレゼントについて相談していたんだよ。今日はこのプレゼントを受け取ることと、あの人との約束を果たす為に一緒にいたんだよ。ほら」


黒木が最後の店から持ち歩いていた紙袋を静葉に差し出す。


「ぷれ。ぜんと?」


いまいち理解出来ていない静葉に黒木が言葉を続ける。


「うん、明日。草野さんの誕生日でしょ?それに、霧崎のお屋敷に来てから草野さんにはお世話になっているからね」


優しく微笑みながら、紙袋から小さな箱を取り出す。


「誕生日‥‥‥あっ‥‥‥これ、私に‥‥‥」


静葉は明日が自分の誕生日であることを思い出した様だ。

戸惑いながら、おずおずと箱を受け取る。


「少し早いけど、どうぞ」


黒木に促され、箱を開ける。

中には銀色のリングが入っていた。


「指輪‥‥‥‥‥‥‥‥綺麗‥‥‥」


静葉が大切なものを扱うかのように、その手に乗せる。


銀色に輝く、プラチナのリングに月桂げっけいを象った彫刻がされていた。

素朴だが、何処か気品を感じる逸品。


「綺麗でしょ?草野さんの髪の色と、名前にちなんだリングなんだよ」


「‥‥‥どうして、これを‥‥‥?」


「うん、それはね‥‥‥」


‥‥‥‥‥‥

‥‥‥

‥‥


話によると、プレゼントの候補は女性から、最後の店は静葉の祖父‥‥草野さんから助言を貰ったそうだ。

だが、リングのデザインや材質については黒木が選んだものらしい。


静葉へのお礼を兼ねて誕生日にプレゼントを贈ろうと思い立ったが、何を送れば喜んでくれるのか分からない。

黒木は研修先で出会った女性に相談した所、2つ返事でOKを貰ったそうだ。

そして、女性のアドバイスから指輪を送ることを決めたが、何処で買えば良いのか分からない。

そこで自分の上司で静葉の祖父である草野さんに相談したそうだ。

草野さんは親身なって黒木の話を聞き、最後に黒木が訪問した店を紹介してくれた。


紹介を受けてから、直ぐに休みを利用して店を訪れたそうだ。

事前に草野さんから話しがいっていたことも要因だろうが、店主は黒木の人柄を認め、何年かぶりにその腕を奮ってくれたらしい。


指輪が完成したと連絡を受けた黒木は、女性にもその旨を伝えた。


それまでに寄った店は女性が前から行きたがっていた店とのことで、黒木も指輪以外にも送ると喜ばれるものがあるかなと考え、相談した時に一緒に行く約束していたそうだ。


そして今日、女性と2人でウインドウショッピングを楽しみながら指輪を受け取りに行った。


これが、黒木と女性の関係に対する、真相であった。


‥‥

‥‥‥

‥‥‥‥‥‥



「と、いうわけなんだよ」


「‥‥‥‥‥‥」


静葉は黒木の話を静かに聞いていた。

顔はいつの間にか俯いており、表情が伺えない。


それでも、指輪は大切に握られている。


「あ、あれ?‥‥‥草野さん?‥‥‥」


何も言わなくなった静葉を心配する黒木。


「‥‥‥隼人」


綾乃が俺の袖を引っ張る。


「‥‥‥良いのか?」


万が一の事を考えるとここにいたほうが良いのではないかと思う。


「‥‥‥良いから」


それでも良いらしい。


「‥‥‥‥‥‥分かった」


黒木が静葉に気を取られているうちに、静かにその場を離れた。








「••••••••••••」


帰る素振りを見せた綾乃は、近くの物陰に隠れる。


「帰るんじゃないのか」


「••••••••••••少し見守りたいんだよ」


出歯亀か?と勘ぐるが、そんな雰囲気は感じない。


寧ろ、切実な感じがする。


「••••••あ、ああ」


綾乃の雰囲気に押され、俺達は物陰から2人を見守る事にした。







湊を意識し始めたきっかけははっきりしている。


初めて友人になった日。

自分も怖いのに、私を守ってくれた。


それからも私達に対してのいじめは続いたが、その度に必ず私の前に立ってくれた。


いじめっ子から叩かれたり、蹴られたりされる。

教科書や筆箱を隠される。

机に落書きをされる。

机ごと床に倒されることもあった。


湊はその度に、困ったように笑いながら私の傍にいてくれた。


変化があったのは高学年になってから。

いじめる人が少なくなった。


反していじめはエスカレートする。

それでも湊は決してへこたれない。


殴られようが階段から突き飛ばされようが気にしない。

手も出さないし、怒らない。

困ったように笑うだけ。


でも、私がいじめを受けていると、必ず駆けつけて、庇ってくれた。


この頃にはいじめっ子も、湊の強さが分かってきたのだろう。

どこでも、何をしても、何度でも立ち上がる。


その姿は、相手にしているいじめっ子にとっては怖かっただろう。

でも、私にとってはいつも優しい男の子だった。







中学に上がる頃には、いじめる人はいなくなった。

その代わり、私達には友人と言えそうな人たちが増えた。

私も湊もそれなりに学校生活を楽しめた。

でも、湊は女の子相手ではまったくと言っていいほど関わろうとしない。


『だって恥ずかしいよぉ‥‥‥草野さんくらいだよ、こうして話せるのは‥‥‥』


山育ちが長く、異性に触れる機会がなかった事や小学校でもいじめを受けていた事から、女性に対して免疫がないらしい。


私はこれは好都合だと思ってしまった。


だって、この頃から湊がクラスメイトの女子から好ましく思われ始めていたから。


私から見ても、湊は格好いいと思う。

顔は童顔だが整っているし、勉強もスポーツも出来る。

おどおどしているが、決しておごらない謙虚な姿勢が受けた様だ。何処か大人っぽい雰囲気があると。


他にも人気に繋がった事件がある。

学校のベランダ近くの木で、子猫が降りられなくなっていた。細かな枝を伝って登ったのであろう。

ベランダから木の場所までそれなりの距離があり、クラスメイトや先生もどうしようも出来なかった。

そんな中、湊が何も言わずにするすると木に登り、猫を助けた。


木の高さは学校の3階相当。

皆が唖然あぜんとしていた。


でも、子猫も怖かったのだろう。湊の腕の中で暴れ始めた。

湊は怪我をさせたら可哀想だ、と思い、庇ったそうだ。

そして子猫ごと木から落ちた。

下はコンクリート。


皆で慌てて確認するが子猫は当然のこと、湊も怪我1つなくぴんぴんしていた。

打ち身や骨折どころか、擦り傷すら無かったそうだ。

制服にすら汚れが付く程度だった。どうしたらあんな芸当が出来るのだろう。


そしてその後。

今度は道路に飛び出てきた子どもを助けた。

子どもの横から乗用車が走ってきており、轢かれる寸前であったが湊が全身で包み込む様に子どもを庇った。


結果、湊は轢かれた。


でも、湊に怪我はまったくない。

子どもも同じ。

車すらへこみ1つ無かった。


見ていた人たちは言葉を失っただろう。

何故なら、子どもを助けたあと湊は子の親と車の運転手に深々と謝罪をして、そのまま学校に登校していたから。

あんまりにも異常なので、湊に聞いたことがある。


『うーん‥‥‥おじいちゃんからはもっと痛いことされたけどなあ』


と言っていた。

なんでも昔から武の鍛錬というものを受けていたらしい。

でも、湊本人は武術が苦手で、祖父に対しても泣いて逃げ回っていたらしい。


『僕には人をどうこうするとか、怖くて出来ないよ。っておじいちゃんに言ったら守りの技術?を伝えるって言われてね。それならいいかなあ、って鍛錬を始めたんだよね』


祖父から守りの技術と、それを扱うための身体作りを提案された所、それはすんなり受け入れることが出来たそうだ。

湊は元々おおらかな性格であったし、努力を苦労と思わない人種だ。

常人なら1日も保たない鍛錬を言われるがまま黙々とこなしていたらしい。


まあ、その守りの技術とそのための身体作りが黒木家に伝わる武術の根幹であるとは湊は分かっていない。

それと、その技術は攻撃にも転ずる事が出来ることも。


以前お祖父様に調べて貰った資料の1ページにそんな事が書いてあった。

奇しくも湊はその武術を完全に受け継いでしまったらしい。

本人は怪我をしないためのおまじない程度にしか考えていないが。

そんな非常識さも、危険な香りがすると女子に受けた。







中学生の頃もそうだったが、高校生になってから私に言い寄る男子が増えた。

中には湊よりも顔が良いと言える人もいたが、私は全く興味が無かった。

‥‥‥それよりも、湊に言い寄る女子を排除しなければいけなかったから。


高校生になってから、湊は片手位の人数の女子に好かれていた。それも割と本気で。

‥‥‥手強い相手だったが、それぞれの女子にお似合いの男子を誘導することで事なきを得た。

今でもそのペアは仲良くやっているそうだ。


でも、私は湊だけは強気に出ることができない。


小学生の頃も、中学、高校も。

いつだって湊が傍にいてくれた。

周りの見る目が変わっても、湊だけは変わらずに接してくれた。


急激な変化に戸惑いを隠せない私を、いつも安心させてくれた。

湊がいない時を考えることが出来ない。


(湊だけ‥‥‥傍にいてくれたら)


早くに両親を亡くしていた私には、身内と言える人はお祖父様しかいない。

お祖父様は優しい人だ。とても私を可愛がってくれる。

それに、霧崎の家の人も良くしてくれている。ご当主や奥方様も心配してくれていた。


優しい人たちに囲まれてはいるが、それ以上に湊が大切。

恩を仇で返してしまうようだが、これは曲げることが出来ない。


‥‥‥湊のためなら、私は命だって投げ出す覚悟だ。


だからこそ、高校3年生のあの時程、緊張したことは無かった。







「うーん••••••どうしようか悩んでいるんだよね。僕、草野さん以外とは上手く話せないし。大学に行く••••••想像できないなあ」


高校3年生になってからも進路を決めていないらしい。

のんびりしすぎだと思う反面、良かったと安堵する自分がいる。


高校を卒業したら、離れ離れなる。


中学校に上がる頃には、そのことを考えていた。

だから、そうならないように何度も頭の中でシミュレーションしてきた。

‥‥‥この時のために。


「••••••ねえ、もし卒業した後の進路が決まっていないのなら、私と一緒にお屋敷で働かない?絶対に後悔させないから」


これまで生きていた中で、一番怖かった瞬間。


湊の人生を、私の我儘で変えてしまう。

その代わり、全身全霊で彼の人生を支える覚悟もした。


『僕には無理だよ』


と、断られてしまったら‥‥‥私は駄目になる。


『••••••じゃあ、僕もお屋敷で働こうかな。草野さんと一緒なら頑張れそうだ』


この言葉を聞いた瞬間の私の喜びを、湊は知らないだろう。

思わず湊を抱きしめたくなった。

でも、頑張って我慢した。


(そんな事をしたら、嫌われてしまうかも)


そんな考えが、私を冷静にさせた。


それから無事に高校を卒業し、2人で使用人になるための修行を始めた。

私も湊も、順調に霧崎家の使用人になる道を進む。


(これからも、ずっと2人で‥‥‥)


この幸せが続くと思っていた。




湊と家政婦さんの話を立ち聞きするまでは。







最後に綾乃様に連絡を入れた後、私はいてもたってもいられなくなった。


‥‥‥いや、湊と女性の会話を聞いた時から不安になっていた。


(湊に限って、そんな‥‥‥)


最初の方はそんな事はないだろうと、自分に言い聞かせていた。

だが、納得することは出来なかった。

それどころか、日に日に不安が大きくなるばかり。


(湊にもし、好きな人が出来たら‥‥‥)


‥‥‥耐えられない。

それははっきりと自覚している。


湊を愛しているから。


(駄目‥‥‥いかないで‥‥‥みなと)


そんな事を考えていたら、身体が勝手に動いていた。







「はぁっ‥‥‥はぁっ‥‥‥」


私は綾乃様から聞いた場所にいた。でも湊も、綾乃様達もいない。

当然だ。連絡を受けてから結構な時間が経っている。


「はぁっ‥‥はぁぁ‥‥‥どこに、いるの?」


急ぐあまり、スマートフォンを部屋に忘れてしまった。

普段の私なら絶対にしないミス。

湊の事になると冷静さを失ってしまうのは悪い癖だと自覚はしている。

途方に暮れてしまう。


(あの人が湊の想い人なら、今頃‥‥‥)


湊も家政婦さんも、お互いに大人。

もしかしたら‥‥‥と考えると。


(だめ‥‥‥)


湊の身も心も取られてしまったら、私はもう生きていけない。


「みなとっ‥‥‥みなとぉ‥‥‥いかないで」


涙が出る。

周囲の人は驚いているだろう。

泣きながら誰かの名前を呟く銀髪の白い女。

でも、私には周りを気にしている余裕は無い。


けれども不思議なことに、1つの場所が頭をよぎる。

初めて友人になった、思い出の場所。

私の足は勝手にその場所に向かった動いていた。







懐かしい。

高校生の頃まで住んでいた街。

母親は物心付く前に、父親は中学校に上がる時にそれぞれ亡くしていた。

お祖父様はそんな私を不憫ふびんに思い、引き取ることも考えてくれたが、私はその申し出を断った。


『湊の傍に居させて下さい』


中学校に上がる頃には、ある程度身の回りのことは出来ていた。

だからこそ、1人で生活したいと訴えた。

お祖父様に対する、初めての我儘。


お祖父様はそんな私の気持ちを汲んでくれた。

金銭的な援助は当然のこと、細かな手続きも全て行ってくれた。

おかげで苦労した覚えはない。

つくづく優しい人に囲まれていると思う。


そんな生活を送る中でも、この場所は特に思い出深い。

湊に初めて助けて貰った日にこの高台公園に来て、そして初めての友人になった。


高台の先にある階段を登った先、屋根付きの休憩場所。

出会ってからも、良くここに来ていた。

2人で他愛のない話をしていた時間は心地良い時間だった。


(何でここに来たんだろう?)


自分でも分からない。

ここが頭をよぎり、足が動いた。

そうとしか言いようがない。

湊がいるとは思っていなかった。


「••••••••••••あっ」


いた。


子どもの頃からずっと見てきた人が。


(みなと••••••)


涙が溢れ出す。


はやる気持ちを抑えたいが、身体が言う事を聞かない


走る。


階段の先から消えた湊を追うために。







「うん、明日。草野さんの誕生日でしょ?それに、霧崎のお屋敷に来てから草野さんにはお世話になっているからね」


湊と家政婦さんの関係が分かり、安堵する私を待ってくれない。

誕生日のプレゼントと言いながらお洒落な箱を手渡してきた。


(誕生日、私も忘れていたのに••••••)


促されるまま箱を開ける。

箱の中には銀色のリングが。


「指輪‥‥‥‥‥‥‥‥綺麗‥‥‥」


純度の高いプラチナを加工し、月桂の彫刻がされている。

慎重に手に乗せ、眺める。


(本当に、綺麗••••••湊が私に••••••)


私の為に、湊が手に入れてくれた。

そんな指輪に目を奪われてしまう。


「綺麗でしょ?草野さんの髪の色と、名前にちなんだリングなんだよ」


(わたし、の••••••)


湊が指輪を手に入れるまでの話しをしているが、あまり頭に入ってこない。


手の中の指輪を落としてしまわないように、優しく握りしめる。


(••••••••••••っ!!)


大切な人に指輪を渡す事が出来た、とはにかむ彼の笑顔を見た瞬間••••••もはや自分を抑える事が出来なくなってしまった。







「えっ?••••••草野さん?」


視線の先にいる静葉が黒木を抱きしめる。


「••••••湊が、好きなの」


「••••••へぇぁ?」


変な声を出す黒木。

多分、理解が追いついていない。


でも、静葉は待たない。


「湊が好き••••••好きで、好きで、たまらないのっ!もう、我慢出来ないの!」


「草野さんが、僕を?」


まだ理解出来ていない。


「ずっと前から言いたかったの!••••••ありがとうって、大好きだよって!愛しているって!!」


「えっ••••••••••••えぇぇ•••••••••••!?」


ようやく理解した。

黒木は顔を真っ赤に染め、わたわたし始めた。


「草野さん!?何でっ?••••••僕だよっ!?•••••••ぼんやりしてるし、人見知りだし、頼りないよ!?僕!」


自分で言ってて、切なくなりそうだが、黒木にはそんな余裕はないらしい。

そんな黒木の言葉に、静葉は子どものように首を振り、必死に否定する。


「それが良いのっ!!ぼんやりしてても、人見知りでもっ!••••••頼りになるのっ••••••私にとって湊は一番大切な人なのっ••••••」


秘めてきた想いが溢れ出す。


「湊がいないと、駄目なのぉっ••••••」


「私をひとりにしないでよぉ•••••••••」


「湊のためなら、何でもするからぁ••••••••••••••」


黒木の胸元で泣きながら必死に想いを伝える。

••••••後はもう、彼に縋りつく事しか出来ない。


「••••••••••••••••••何でもするの?」


その言葉を聞いた黒木が静かに呟く。


「うん••••••湊が私を好いてくれるのなら、何でも••••••」


静葉は自分の全てを黒木に差し出す覚悟で告げた。

黒木の言葉を聞き漏らさないように、真っ直ぐ彼の目を見つめる。


「••••••••••なら、僕も好きになるよ••••••••••••だから、お願い••••••」


「っ••••••」


黒木は胸元の静葉を優しく離す。

微笑みながら、静葉に伝えた。


「もう、泣かないで?••••••••••••静葉の笑顔が見たいんだ••••••それだけで、僕は満足だから」


静葉を泣かせたくない。

静葉の笑顔を見ていたい。


黒木にとって一番大事な事。


目の前の大切な人を安心させてあげたい気持ちから、自然と出た言葉である為、静葉、と言った事すら気がついていない。


「そんなこと、言われたらっ••••••••」


黒木の優しさに触れ、胸が温かな気持ちでいっぱいになる。


感情が涙となり、自分でも止められない。


「あれぇ!?何でもしてくれるんじゃないのぉっ•••••••••••••んむっ!?」


動揺しながらも、慰めるために目線を合わせてくれた瞬間。


黒木の唇を奪う。


「•••••••••••んっ•••••っはぁ」


「••••••ふぁ••••••く、草野さんっ!!?」


突然の口付けに混乱する黒木。

唇を離した静葉は、今迄に見たことが無いほどの満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、湊っ••••••大好きっ••••••!」


涙を拭く事もせず、本心からの言葉を彼に伝える。


「••••••ふ、ふふっ、草野さん、すっごく良い笑顔だよ!可愛いね」


あまりにも屈託くったくの無い笑顔に釣られて笑う黒木。

本当に嬉しいのであろうと、一目で分かる。


「でも、駄目••••••湊、草野さん、は止めて」


「なんでぇっ!?」


情けない声を出す黒木。

先程までの格好良さはない。


「さっきみたいに、静葉、って呼ばないと駄目」


「恥ずかしいよぉ」


「じゃあ、泣くからね」


涙を溜める静葉。


「駄目だよっ!••••••し、静葉••••••さん?」


「••••••••••••」


「痛い、痛い!••••••何でっ?」


黒木のお腹を指でぐりぐりする静葉。

黒木は意外な痛みと、無言の抗議に戸惑う。


「さん、も駄目」


「えぇ••••••」


「••••••••••••••••••ぐすっ」


「静葉っ!?」


本気で泣き始めた静葉に、思わず反応してしまった様だ。


「••••••ひっく•••••••すっ•••••やっと、呼んでくれた」


嬉しさのあまり、ぎゅぅっ、と抱きしめる。


「••••••恥ずかしいよぉっ•••••••••••••でも、少しずつ、慣れるから••••••静、葉も••••••いつまでも笑っていてね?」


「うん••••••約束する」


「••••••ありがとう」


胸元に顔をうずめる静葉の頭を優しく撫でる。

実に微笑ましい。


「••••••••••••」


「••••••静葉?」


一向に離れようとしない。


困惑する黒木を見上げながら、静葉は語る。


「あのね、草野家って••••••本家の人間はお祖父様と私しかいないの••••••でも、霧崎家とは何代も続く約束があるから家は残さなきゃいけない••••••••••••••••••意味、分かる?」


「••••••••••••ふぇっ?」


言葉は分かるが、意味は分かっていない様子。

そんな黒木に分かりやすいよう、はっきりと告げる。


「私•••妊娠出来るけど、赤ちゃんが出来にくい体質なの•••••••••••••だから•••これからいっぱい••••••愛してください•••ね?」


恥ずかしそうに••••••けれども期待に胸を膨らませながら、にっこりと笑う静葉。


「••••••••••••ふぇぇ」


静葉の求めている事を理解した瞬間、黒木は膝から崩れ落ちる。

恥ずかしさが限界を超えたようだ。


静葉も釣られて地面に座り込んでしまった。

それでも黒木は、静葉が怪我をしないように、しっかりと守り続けていた。




[後編へ]

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