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違う、そうじゃない。〜犯人は俺なんだ〜  作者: 岩波備前


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霧崎探偵事務所業務日誌 その3 [前編]

※推理もの、ミステリー作品ではありません。ミステリー風味のラブコメです。

※主人公はほんのりと変態です


とある日の、霧崎事務所。


いつも通り依頼の確認を行っていた所、静葉が事務所を訪れた。

綾乃にも事前の連絡は無かったらしい。


「綾乃様、おはようございます。お忙しい所、失礼致します」


「あ、ああ。おはよう。どうしたんだい、静葉?」


静葉は挨拶もそこそこに、やや慌てた様子で俺達に告げた。


「綾乃様と隼人くんに、ある男性の身辺調査を依頼したいのです」


「‥‥‥身辺調査?‥‥‥誰について調査を」


「綾乃様はご存知であるかと思いますが、最近お屋敷で働き始めた、黒木湊くろきみなとという使用人について調査を依頼したいのです」


「くろき、みなと•••••••ああ」


名前を聞いて思いあたる事があったようだ。


「新しい使用人さんか?」


「ああ。2週間前に霧崎家に務め始めた私達と同じ位の齢の男性だ。仕事は出来るんだが••••••」


綾乃が言葉を詰まらせる。


「何か問題が?」


「いや、彼の仕事振りや人柄には全く問題ない。真面目な印象の好青年だが••••••まともに顔を合わせたことがない」


「苦手なのか?」


人を見た目で判断しない綾乃がそんな事を言う。

珍しい事もあるんだなと、尋ねてみた。


「••••••いや、私ではなく、彼の方が苦手みたいなんだ」


「へ?」


「黒木は、女性が苦手なのです」


綾乃の言葉に理解が追いつかない俺に対し、静葉が分かりやすく説明してくれた。


「••••••はっ?何で?」


「何でも、幼少期からまともに女性と関わりがなかったそうで。小学生になる頃からやっと関わりを持つようになりましたが••••••」


「珍しいな••••••まさか、人里離れた場所で育ったのか?」


冗談混じりで返答する。

予想外にも真面目な表情で静葉は答えた。


「はい、その通りなんです。黒木のお祖父様と一緒に山で育ったみたいで」


「凄いな••••••今、現代だぞ?」


驚愕する。小さな機械で殆どの事が出来てしまう情報化社会の中で、そんな生き方をしている人間がいるとは••••••


「彼とは小学生の頃からの付き合いですが、高校を卒業するまで山にある自宅から通学していましたから••••••何時間もかけて」


「••••••」


絶句する。まじか。


「そんな彼と、静葉の間に何か関係が?調査を依頼する位だから親しい関係なのかい?」


「••••••綾乃様と隼人くんと離れた後、初めて友人になってくれた男性で‥‥‥今は同僚です。ただ、彼と働く上で変に意識したくないだけです••••••」


絶対違う。

静葉にとって、黒木という人は単なる同僚ではないだろう。


俺から見てもそう思う。


「••••••嘘を付くのが下手だね。静葉、本当の所は?••••••それが分からないと依頼は受けられないよ?」


「それは‥‥‥」


綾乃は当然のように返答していた。

静葉も誤魔化せるとは思っていなかったのだろう。


「‥‥‥‥‥‥ふぅ」


一息付いた後、覚悟を決めた表情で答えた。


「‥‥‥湊は、私にとって大切な男性なんです••••••はっきりと申しますと、彼が好きです。1人の男性として••••••」


「おお••••••」


「ほぉ••••••」


赤みがかった瞳で俺達を真っ直ぐ見つめる。

嘘偽りや誤魔化しの一切無い、正真正銘の恋心の発露だ。


「綾乃様と隼人くんだから、本心をお伝え致しました。お二人なら、分かって頂けると信じていますから••••••」


流石に恥ずかしかったのだろう。

白い肌に朱が差し、伏し目がちになってしまった。


「いや、あまりの真っ直ぐさに言葉を失ってしまっただけだよ。気分を害してしまったのなら謝るよ」


綾乃が優しい声色で話しかける。


「ああ、綾乃が言いたい事を言ってくれた••••••変な表現かもしれないが‥‥‥正直格好良いぜ、静葉」


本気でそう思う。


「綾乃様、隼人くん••••••」


薄っすらと目に涙を溜めながら、俺達に視線を向ける。


「静葉程の女性にそこまで言わせるとは••••••その黒木とはどのような男性なのかな?」


綾乃が尋ねる。

静葉程の器量良しの美人に覚悟を決めさせる男だ。俺も気になる。


「はい、湊••••••は小学生の頃から私の傍にいてくれたのです••••••」



••••••••••••

••••••

••••

••


静葉の話によると、俺達から離れた後は別の小学校に進学した。

静葉はその特徴的な容貌から、同年代の男女からいじめを受けていたらしい。男子からは気味悪がられ、女子からは妬まれ。


俺も綾乃も気にはならなかったが、静葉の髪や肌の色、瞳の色などはそういった対象になりやすいようだ。


雪女みたい、とからかわれる事もあったそうだ。


そんな中、1人だけ静葉をかかばってくれた男の子がいた。


それが、黒木湊。


静葉も当時から黒木を知っていたそうだが、関心は無かったそうだ。

なぜなら、何もしてこないどころか、誰に対してもおどおど、びくびくしていたらしい。

殆どの子に対し、目も合わせないし、喋らない。ただただ『ごめんなさいぃ••••••』と小さく呟くだけであった。


そのため、彼もいじめの対象だった。

ただ、彼は怒りも泣きもしない。何があっても困ったような表情で小さく笑うだけであったそうだ。


静葉は、俺達と離れた事により寂しさや新しい環境での不安から、表情には出さないものの、内心は悲しさでどうしようもなかった。


ある時、クラスメイトに私物を隠されてしまい、途方に暮れていた。


『••••••どうしてわたしだけ』


限界に達した静葉は涙を流して泣いてしまったらしい。


そんな静葉と、静葉を笑うクラスメイトを見て、黒木が動いたそうだ。


静葉を背中で庇うようにクラスメイトの前に立ちはだかる。


『よってたかって女の子をいじめるな。いじめるなら僕にしろ!』


震える身体と、裏返った声であったが、顔だけは真っ直ぐに静葉を批難するクラスメイトを見据えていたそうだ。


(この子も、怖いのに••••••)


静葉はそう思いながらも、その背中の頼もしさは忘れられなかったそうだ。


暫くは静葉も黒木もいじめを受けていたそうだが、静葉の生活に変化があった。


『草野さん、大丈夫?』


『大丈夫••••••ありがとう、黒木くん。何でわたしをかばってくれたの?』


『草野さんが可哀想だったし。おじいちゃんから言われているんだ。“勝てないと分かっていても、怖くて逃げ出したくても、大切な人は必ず守り通せ。それが男の生き方だ”•••••••って。良くわからないけど、助けなきゃって思ったら、身体が動いちゃった』


『••••••そう、なんだ』


『それに僕は変だと思うんだ。だって草野さん、すっごくきれいで、とってもかわいいのに‥‥‥何でいじめるんだろうね?』


『か、かわいいっ!?』


『うん、銀色の髪も赤い目も。すっごく綺麗だし、かわいいよ?』


『••••••••••••そう?』


静葉は髪の色や瞳の色について忌避感きひかんは無いが、他人から奇異きいな目で見られている事には気が付いていた。

他の人と同じ色であれば悩む事もなかったのに、と少なからず考えた事もあった。

そんな髪と瞳を綺麗だと褒められたのは、身内以外では初めてだった。


『そうだよ。僕なんて背も低いし、ぼんやりしてる、なんてよく言われるし••••••草野さんが羨ましいよ』


『そんなことないよ。さっきは格好良かったよ』


『ありがとう、草野さん。優しいね』


『本当だよ••••••ねぇ、良かったら••••••お友達になってくれない?』


静葉は今迄で一番勇気を出して、黒木に友達になって欲しいと伝えた。


『えっ?いいの!••••••ありがとう!嬉しいなあ。僕、草野さんが初めてのお友達なんだ』


『へっ?そうなの?』


『うん、僕。おじいちゃんと一緒に山にいたから。小学校に来るまでは友達がいなかったの』


『や、山?』


『うん、やっぱり変、かなあ••••••?皆がおかしいって言うんだけど』


『••••••ふふっ』 


『変••••••?』 


『いえ、ごめんなさい。びっくりしちゃったの。全然変じゃないよ』


本当はちょっと変、と思っていたけど、あんまりにも不安そうな表情を浮かべていたので、口には出せなかった。

それに私だって変だ、という思いもあり、独りじゃない、と安堵すら覚えた。


『そう?良かったあ••••••』


『改めて••••••私、草野静葉。静葉って呼んでね?』


『えぇっ••••••し、しずっ••••••無理ぃ••••••恥ずかしいよぉ』


『••••••なら、草野で良いよ?』


『うん、ありがとう。草野さん。僕は黒木湊。湊って呼んでね』


『私の名前は呼べないのに、湊の名前は呼ばせるんだ』


『えっ、いや、そのぉ••••••』


『ふふ、いいよ。普段は黒木くん、2人の時は湊って呼ぶから』


『う、うん。良いよ。分かった••••••これから宜しくね。草野さん』


『こちらこそ、湊』


小学生の頃に出会った黒木とは高校生になるまで友人として交流があったそうだ。


変化があったのは高校3年生の頃だ。


静葉と黒木は卒業後の進路について話しあった事がきっかけであった。


『湊は高校を卒業したらどうするの?』


『うーん••••••どうしようか悩んでいるんだよね。僕、草野さん以外とは上手く話せないし。大学に行く••••••想像できないなあ』


『私は家業の道に進むわ。草野家はとある屋敷の家令や家政婦として勤める事が、代々受け継がれているから』


『凄いよね。草野さんって勉強も出来るし、スポーツも得意だし。先生からも、国内の難関大学も合格間違い無し、って、太鼓判を押されているくらいだもんね』


『私にとっては別に特別な事ではないわ。それよりも、家政婦として役目を果たす事の方が大切だから』


これも事実。勉学や運動が出来るに越した事はないが、それが全て仕事に直結する訳ではない。

家政婦としての技術や心構え、そして主に対する忠誠心がの方が重要だと考えている。


『確か、小学校に上がる前に一緒にいた女の子の屋敷で働くんだっけ?』


『そういえば貴方には話していたわね。そうよ、とある屋敷というのは霧崎の家の事よ』


『霧崎••••••って、まさか、あの?何代も前から続く資産家の家で、複数の会社を纏めているとか••••••』


『その霧崎家で間違いないわ。私はその家のご当主のご令嬢である(霧崎綾乃)様に仕える予定ではあるわ』


『凄い話だね。僕には縁の無い話だよ••••••その霧崎綾乃さん、って人はどんな人なの?』


嫌な予感がする。まさかとは思うが、興味を持つことがあれば••••••嫌だ。


『••••••とても聡明で、堂々としているわ。人柄も良く、次代のご当主なとしてはふさわしいお方よ••••••』


だから、重要な部分以外で秀でている所を伝えた。


『へー、草野さんがそこまで言う人なら、一度会ってみたいなあ』


『それは、駄目』


草野家経由で面会くらいは出来るが、それは教えたくない。

とにかく会わせたくない。


『えぇっ?••••••まあ、そうか。そんな凄い人に会うなんて、普通は出来ないよね』


予想以上にしょんぼりしてしまった湊に何だか悪い気がしてしまった。


罪悪感を感じる••••••


『••••••ええ、そうよ••••••••••••いや、ごめんなさい。今の言葉は忘れて。正直な所、会う事は可能よ』


『そうなの?』


『でも、駄目』


『そうだよね』


『••••••違うの、ただ、私がそうしてほしくないだけ••••••』


正直に言った。これ以上はごまかせない。

湊に申し訳ない。


『草野さんが?』


『••••••••••••だって、綾乃様、とても美人なんだもの』


言いたくなかった事実。


今の自分の容姿にそれなりの自信はある。

中学から現在に至るまで、男子から言い寄られた事は両手足の指でも足りない。

そんな静葉から見ても霧崎綾乃は美人としかいいようがない。それどころか、自分では足元にも及ばないと思う。

容姿や人柄は当然だが、それに加えて真っ直ぐな生き方に惹かれる。

これと決めたら、何が何でも掴み取る。

そんな心の強さは、自分には無いから。


だから、そんな人に、湊を会わせたくない。


『そうなんだ。凄いねぇ』


『ありえないとは思うけど、万が一でも、湊を取られたくないし••••••』


つい、心の内が口をついて出てしまった。


『僕が?何で?』


『••••••あまり追求しないで頂戴』


聞かれていなくて良かったと思う反面、聞いて欲しかったと思う気持ちもあった。


『そう?分かったよ。ならこれ以上は聞かないよ』


『••••••良いの?』


『うん、草野さんが困る事はしたくないからね。僕にとって、大切な人だから』


『••••••••••••私以外にはそんな事言わないで』


たまに心が激しく揺さぶられる発言をしてくるので困る。


『いや、言えないよ。だって僕がまともに話しを出来るのは草野さんだけだもね』


そして、大体の場合、追撃が入るので非常に困る。


『••••••ねえ、もし卒業した後の進路が決まっていないのなら、私と一緒にお屋敷で働かない?絶対に後悔させないから』


『え?草野さんと一緒に?••••••そうなると、家令さん?僕が?••••••出来るかなあ』


『出来るわ。私が協力する。だから、私と一緒に••••••』


『••••••じゃあ、僕もお屋敷で働こうかな。草野さんと一緒なら頑張れそうだ』


『ええ、お互いに頑張りましょう••••••••••••ありがとう、湊』


そんな感じで高校を卒業した静葉達は、霧崎の屋敷へ勤める事を前提に、使用人としての修行に入ったらしい。

静葉は当然のように問題なく家政婦としての道を邁進していた。

そんな中、心配していた黒木に嬉しい誤算があった。


静葉の予想を超えて黒木が頑張ったとの事だ。

人見知りは激しいが、それでも懸命にコミュニケーションを取ろうとしていた。

自分の人見知りを自覚していた黒木は、人から指示を受ける前に、その人が必要としている事を早めに察知して、提供•解決する方向に注力した。

元々、努力を苦労とは思わない性格で、ひたすら勉強や訓練を繰り返していたそうだ。

そのかいもあって、使用人としての技術は相当なレベルにまで至った。


使用人として、一人前に近づいた2人は最後の実地訓練として、霧崎の家に連なる家に期間限定で研修に入る段階まできた。

俺と綾乃が同行した円城家も、その研修先の1つだった。


円城家の一件から、研修先が変わったが、そこが黒木の研修先でもあったそうだ。


本来であれば、仲良く2人で研修出来る。

静葉にとっても、それは非常にやりやすいだろう。


しかし、そこで事件が起きた。







円城家から別のお屋敷で研修を受けた当初は問題は無かった。


『ああ、草野さん。久し振りだねぇ。円城様のお屋敷では‥‥‥えっと、その‥‥‥お疲れ様••••••』


『湊こそ元気そうで良かったわ。確かに円城様のお屋敷では色々な事があったけど、勉強になったわ。だから‥‥‥この話はおわり』


『‥‥‥そうだね。うん、ありがとう』


そんな感じで、黒木と再会し、順調に研修を進めていたある日。

たまたま、通りかかった部屋から黒木と家政婦の話を聞いてしまった。


『••••••いつ頃なら大丈夫ですか』


『そうねぇ••••••••••••貴方の研修が終わったら•••••••••••••この日はどう?』


『はい、その日なら大丈夫です』


『なら、決まりね••••••••••••最初はバッグを•••••••次は食事••••••••••最後は••••••指輪••••••』


『はい、大切な日なので、しっかりとしたものを贈ります』


(••••••湊?••••••何で?)


姿は見えなかったが、親密な様子で和気あいあいと会話をしていた。

いつもの黒木とは思え無いほど饒舌じょうぜつだったし、相手の女性も期待している様子だったらしい。


(湊に、好きな人が••••••)


静葉は呆然としたままその場を去る。

頭は真っ白だが身体は勝手に動くため、そのまま研修を終えた。


••

••••

••••••

••••••••••••



「それが、1ヶ月前の話です」


1ヶ月前と言えば、円城家の一件から一週間くらい経った時期か。

そのすぐ後に砂原さんからストーカー調査を依頼された。


「今回、綾乃様と隼人くんには、湊の身辺調査を依頼したいのです••••••前回の依頼に続き、恐れ多い事ですが、頼れる方が綾乃様と隼人くんしかいないんです」


深々と頭を下げられた。


「依頼としては承知したが••••••手っ取り早く、私から直接尋ねても良いんだが?」


「それは••••••その••••••困ります。綾乃様が尋ねるのも不自然ですし、下手をしたら私が探っている事に勘付かれます••••••••••••それに、もし、他に好きな人がいる事が分かったら••••••••••••私•••」


「いや、一応聞いただけだよ?そういう手もあるよ、と••••••」


「湊に好きな人がいたら••••••••••••覚悟を決めます」


「へ?••••••覚悟?」


「覚悟••••••とは?」


静葉の赤い瞳に、くらい光が灯る。


「はい••••••‥‥‥湊を襲います」


場の雰囲気が凍りつく。


「••••••••••••嫌われようが、はしたない女と思われようが、構いません••••••••••••遊びの関係と認識されても良いんです。彼との証だけでも、頂ければ•••••••••••••その後は、彼の元から消えますので••••••」


覚悟が斜め方向に向かっている。

それは、色々と不味いのでは?


「同意無しは不味いぞ!」


「待ちたまえ!それは早計だ••••••」


私だってまだなんだぞ••••••?とぼやく綾乃。


‥‥‥何も言えねぇ


「改めて、身辺調査を依頼したく存じます。その場合は、少なくとも心の準備が出来ますので」


「••••••なあ綾乃。この依頼、受けようぜ?」


「そうだね、私も受けようかと考えていたよ」


この依頼を受けないと2人が不幸なことになる可能性が高いので、俺と綾乃は静葉からの依頼を受けることにした。







来週まで対象の予定が分からない、との事で静葉は一旦屋敷へ帰っていった。

来週にもう一度打ち合わせを行い、決行日を調整することとなった。


静葉が帰宅した後は俺と綾乃の2人きりになる。


なら、することは1つだ。


「綾乃」


「今度はなんだい?」


小さく息を吐きながら、俺に向き直る。ここ最近、綾乃は小言を言わなくなった。多少の無茶を頼んでも黙って実行してくれる。

やりやすいと思う一方で寂しさや物足りなさを感じないと言えば嘘になる。


「何だか張り合いがない‥‥‥」


「何を言い出すかと思えば‥‥‥」


綾乃が俺の反応を見て呆れた声をあげる。


「だって、前みたいな遣り取りが無くなってきたなあと‥‥‥」


俺がお願いし、綾乃が文句を言いながらも受けてくれる。


自分勝手な言い分だと自覚はしている。


「何だそんなことかい?」


綾乃がなんてことのないように答える。


「私が仮に嫌がったとしても、隼人が望むのであればやらないという選択肢はないからね」


それに、と言葉を続ける。


「私がこんな態度を取るようになった理由を考えてみれば分かると思うが?」


逆に考えてみろ、と話を振る。


「‥‥‥同じことの繰り返しで慣れた?」


「まあ、それも無いわけではないかな‥‥‥ただ、それは些末さまつなこと」


分からないかい?と肩をすくめる。


すまん、わからん。降参。と伝える。

綾乃は俺の耳元に近づき、ぽつりと呟いた。


「‥‥‥もう、身も心も、君の色に染まっちゃったんだよ。私も、心の底から愉しいと思うほどに、ね」


「‥‥‥‥‥‥」


綾乃が?と理解した瞬間、興奮が全身を駆け抜け、鳥肌が立つ。


意味深な瞳で見つめながら元の場所に戻る綾乃を見ていると、じわじわと重い感情が沸き起こって来る。


‥‥‥征服感。


1人の女性を修復不可能な程度まで狂わせてしまったという黒い感情。


「‥‥‥」


言葉が出せないまま、綾乃のもとに近づき、華奢な身体を抱きしめる。


普段よりも力が入ってしまった。

綾乃も苦しい筈だが、分かっていてもセーブ出来ない。


「痛い、苦しいよ‥‥‥でも、それ以上に嬉しいんだ‥‥‥」


腕の中で妖しく微笑みながら、呟く。


「もう、戻れないねぇ‥‥‥」


この瞬間、自分の手元にあったものの価値が理解できた。


1人の人生。それを自分の手で転がすことの出来る優越感。


それが、綾乃のような極上の女なら。

これ以上の悦びはない。


「‥‥‥‥‥俺、鈍感だったんだな」


「今更気が付いたのか‥‥‥」


「ああ、慣れたとか張り合いがないかも、なんて言ってた俺は忘れてくれ。全面的に俺が間違っていた」


「忘れる訳無いだろ?だってそれを含めて今の君がいるんだから‥‥‥私から君を取り上げないでくれよ?」


紆余曲折うよきょくせつの道のりにいた俺すらも大切、と言い切る綾乃。


「本当に、綾乃は‥‥‥良い女だな」


「隼人にそう思って貰えて、光栄なことだ」


そこからはお互いに話すことはなかった。

時間として長いか短いか分からなかったが、俺は綾乃をそのまま抱きしめ続けていた。







「心機一転。考え方が180度変わったぜ」


「それは良かった、かな?」


「ああ、常に最新の俺で綾乃を愛でる事が出来るようになったからな」


「隼人もアップデート出来て良かったね」


くすくすと笑う綾乃。そんな何気ない動作にも小さな興奮を得ることが出来る。


「‥‥‥魔性の女って、今の綾乃みたいなやつを言うんだろうな」


「君専用だけどね」


にくいことを言ってくれる。


「ああ、それと今だから言うけど、身も心も君色に染まっているのは違いないけど、完全ではないんだよ」


「どういうことだ?」


動揺する。まさか、俺に落ち度が?


「だって身体は‥‥‥まだ君の色に染まりきっていないからね」


小さく笑いながら下腹部を擦る綾乃。


「‥‥‥勘弁してくれ。これ以上は俺が保たん」


「ああ、このくらいにしておくよ。いずれ私の中も‥‥‥血も••••••隅々まで染めてもらう予定だから」


「だから、そういうことは言わないでくれ。嬉しすぎて、しぬ」


「これでも手加減しているんだけど‥‥‥だって、さっきの君に言っていたら間違いなく私を襲っていただろう?」


「‥‥‥」


間違いない。無理矢理でもしていた。

でも、それは‥‥‥


「ああ、分かっている。君は後悔していただろうね。1度しかない経験を衝動的には失いたくないものな?」


「‥‥‥図星だが、でも綾乃はそういうことを望んでいただろ?」


興奮する度に俺を襲ったり、襲わせようとしていた。本気で。


「君の色に染まった、と言っただろ?‥‥‥これ以上ないタイミングで召し上がってほしいから、私も気を遣ったのさ」


「‥‥‥はぁぁぁぁっ••••••••••暫くは勝てんな‥‥‥」


一種の焦らしか。

さすあや。


「いずれ立場が逆転するから、それまでは私に花を持たせてくれないかい?」


「ありがとよ‥‥‥」


悪戯っぽく笑う綾乃に素直に従うことにした。


「‥‥‥それはそうと1つ提案があるんだが」


「なんだ?」


「ああ、これから君の趣味に付き合うことになると思うんだけど、衣装は君が選んでくれないか?」


「まあ、それはいつもと変わらないな」


「それでだ、今日だけでいいから、その後のシチュエーションは私に任せてくれないか?」


「それは‥‥‥」


俺の趣味は衣装とシチュエーションのマリアージュを愉しむもの。

衣装だけ、シチュエーションだけ、と分けることは出来ない。だからこそ志を同じくする同士以外には理解されない。

だが、綾乃は言った。俺の色に染まっていると。それなら俺の意図を組むことは出来るはず。

俺がこう考えることも当然お見通しだろう。

なら‥‥‥


「‥‥‥頼む」


「‥‥‥ふふ、ありがと」


俺は準備していた紙袋を思い出す。


「なら、これを‥‥‥」


「分かった」


先程まで俺達にまとわりついていた粘液のような蠱惑的な雰囲気から、いつもの様相に戻りつつある。


「あの流れでこれだものな、緩急の差が凄いね?」


「敢えて言わなかった事を‥‥‥」


苦笑いをしながら手渡した。


「じゃあ、待ってて」


「ああ、なら‥‥‥」


綾乃が俺の服のすそを掴む。


「そうじゃなくて、ここで」


「はっ?」


「着替えるから、見てて」


今までにないことを言う。

着替えを見られるのも恥ずかしいだろうし、俺も目の前に広がる景色を想像しながら事務所へ入る楽しみもある。


‥‥‥だが、敢えてそのセオリーを崩す。


体験するのもまた一興。


「まあ、綾乃が良ければ」


「ん」


小さく頷く。


「じゃあ。こっちへ座る」


綾乃が自分の仕事用のデスクを指し示す。

別に禁じているわけでは無いが、ここには座ったことはない。


「‥‥‥あ、ああ」


促されるままデスクの椅子に座る。

椅子は綾乃が受け継いでから購入したものだが、デスクは爺さんの代から使っているもの。天然木を使用したものだが、実用性に富んでいる逸品。

細かい傷や汚れの1つ1つに歴史を感じる。

子どもの頃の俺や綾乃も、静かに見守ってきたのだろうと思う。


椅子に座る。太腿と臀部から始め、腰、背中、頭と、体重を預ける感覚が身体に伝わる。身体の輪郭に合わせて沈み込む。適切なフィット感。最高の素材を使ったものだと一瞬で理解できた。


椅子は適度な柔らかさがある。座った時に自然な感じだ。

ただ、そこに身体を置く。それ以上でも以下でもない。全身の力を抜くことが出来る。

それのみに特化したクッション性を感じた。


「綾乃はいつもこんなに良い椅子に座っていたんだな‥‥‥」


「まあ、否定はしないが‥‥‥少し違うな。私にとって君の膝が最上の椅子なんだけどね?」


「俺は落ち着かねえよ」


「私がリラックス出来るからいいのさ」


「そっかあ‥‥‥」


何も言うまい


そんな言葉の応酬をしているうちに、綾乃は着替えを始める。


最初は黒のタイツを脱ぐ。

薄っすらと肌の色が見えている。防寒よりも衣服に合わせた印象が強い。

脱ぐ時の手や足の動きに目が離せない。

次は上着。

しわのない黒のシャツのボタン外す。

ボタンを外す度に広がるシャツの隙間から、黒のインナーが見える。

シャツをソファに掛け、インナーを脱ぐと綾乃の上半身は下着のみとなる。

白いレース地の下着。物が良いのは一目瞭然だ。


続いて、スカートのホックを外し、ゆっくりと脱ぐ。上と同じ下着だ。

下着姿のなった綾乃は紙袋から出した衣服を手に取る。


俺の選んだ服は主に3つからなる。

丈の短いブラウス、ふわっとした生地のワンピース。そしてエプロン。

ここまでの情報で、まずメイド服が思い浮かぶ。


‥‥‥違う。


俺が用意したのはディアンドル。

ドイツの民族衣装だ。


年若い娘や、小間使い向けの衣装として重宝されていたもの。


秋にビールや料理を振る舞う、オクトーバーフェスが有名どころだろう。

イメージとしては若い女性がふわっとしたディアンドルに身を包み、ビールと料理を運ぶ。

胸元や手足がやや露出しており、溌剌はつらつとしながらも、ほのかな色気を感じる。

‥‥‥これも良いものだ。


だが、俺が選んだディアンドルは比較的堅い印象を与えるものだ。

色味は全体的に地味めの白、黒、深緑で構成されている。

ブラウスは鎖骨までしっかりと覆うもの。

ワンピースの丈は膝下までしっかりとあり、スマートな印象を与えるシルエット。


実用一辺倒でつまらない。

そう思うのも仕方がない。


けれども紳士諸君なら分かる方もいるはず。

仕事着、普段着が醸し出す色気と言うものを。

そもそもそういった『色』というものが存在しないものが、素材や環境などの要因で偶然見せる刹那の『色』。


そこに俺は魅入られる。

これは大衆的な愉悦ではなくてもいい。極少数の好き者が理解を示すものであればそれ以上の事はないのだ。


例えるなら、男友達のように気を使わなくてもいいな、と思っていた尊大な口調の女の幼馴染が、いつのまにか彼女となり、あれよあれよという間に『女』の姿を見せつけながら依存してくる。


‥‥‥そんな感じ。


そこまで思案したところで、綾乃へ視線を戻す。

意識の大海に漕ぎ出した時間は‥‥‥5秒か。ふっ、俺も衰えたものだ。


「相変わらずろくな事を考えていないと見えるな‥‥‥‥」


綾乃がぼそっ、と呟くが無視する。

気にしない、気にしない。


綾乃はじとっ、とした目で見ながらも、ブラウスに袖を通す。丈が短い為、控えめな臍部さいぶが僅かに見える。

次いでワンピースを着る。背中のスペースから足を通し、そのまま上半身にあげるように整える。器用に背中のホックと紐を固定していた。


すらっ、としたスカート部分を覆うようにエプロンを着用。全体のシルエットを調整し‥‥‥完成。


「‥‥‥どうかな?」


スカート部分を両手で持ち上げながらその場でくるん、と一回点。


「‥‥‥‥‥」


2人しかいない事務所で、綾乃に拍手を送る。


なぜだろう、頬に熱いものが流れている。


「congratulation‥‥‥」


「なんで祝われなければならないのか‥‥‥?」


困惑する綾乃。

だって、言いたかったんだもん。


「まあいいや、じゃあ、隼人。こっち」


綾乃がソファの方へ促す。

先に綾乃が座り、俺が隣に座る。


「どうするんだ?」


「この間のお返し‥‥‥膝枕してあげる」


ぽんぽん、と自分の膝に誘導する。


「おお‥‥‥」


素朴な提案。

だが、良い。


「お邪魔します」


「どうぞ‥‥‥」


綾乃の膝に頭を預ける。


ディアンドルのさらっとした肌触りに、綾乃の太腿の柔らかさと体温。

綾乃本来の匂いと香水の香りが混じり、心地よさを覚える。


綾乃の存在を間近に感じる。


「寝心地はどうかね?」


「俺の寝室に即採用したいくらいだ」


「それはまた今度な?」


普段と言動が逆になっている気がする。


「‥‥‥ふふっ」


綾乃が穏やかに小さく笑い、俺の頭を撫でる。優しい感触だ。


「このまま寝てしまいそうだ」


「構わないよ?」


「仕事があるんだが‥‥‥」


「休憩でいいよ」


「そっかあ‥‥‥」


事務所の代表がそう言うので、俺は少しだけ仮眠を取ることにした。







「‥‥‥あっ」


目を覚ます。

ややぼんやりとするが、今の状況は把握できた。


「‥‥‥膝、痛くないか?」


「大丈夫だ。そんなに時間は経っていないから」


綾乃はスマートフォンを目の前に差し出す。

寝ていた時間は1時間程度。

確かに休憩には丁度良い。


「すまんな‥‥‥」


「本当に気にしなくても良いよ。だって私も寝ていたからさ」


隼人の頭を撫でていたら眠くなったよ、と話す綾乃。


俺に気を使うためについた嘘ではなさそうだ。


「なら良かった」


「それと、隼人。今度はこっちに向いてご覧?」


綾乃が俺に身体の向きを変えるように促す。


「向きを変える‥‥‥?まさか‥‥‥」


「うん」


綾乃は自分のお腹側に顔を向けるように促す。


「いいのか?」


「いいよ。後ろに手を回してもいいし」


「なら遠慮なく」


「んっ‥‥‥」


綾乃に促されるまま、顔の向きを変え、腰に手を回す。


つまり、腰を抱きしめながら、下腹部に顔をうずめる体勢になる。


「‥‥‥あぁ」


綾乃の柔らかさと匂いが顔面を覆う。

手には腰とお尻の感触が。


帰るべきところに帰ってきた安心感がある。


ここが‥‥‥故郷?


「くすぐったいね‥‥‥」


小さく身動ぎする。


「しあわせだー‥‥‥」


「あっ‥‥‥んっ‥‥」


思わずお腹に顔をうずめたまま、口を動かしてしまった。

綾乃がぴくっ、と反応する。


「‥‥‥」


「堪能し終えたら、仕事に戻ろうか」


その言葉に従い、10分程度愉しんだ。


名残惜しいが身体を起こす。

綾乃にいつまでも甘えるのは申し訳ない。


「ふふ、もう少しくらいなら良かったのに」


「これ以上は依存してしまいそうだ‥‥‥程々にしておくよ」


「なら、またしてあげる」


綾乃もその場から立ち上がる。


「今日はこのまま仕事するから、存分に眺めると良い」


サービス精神旺盛な綾乃に感謝しつつ、俺も仕事を再開した。







翌週。


事前の打ち合わせの通り、綾乃の実家で静葉と最終調整を行った。


「湊は明後日に休みを取っており、その日に外出するそうです」


「なら、その日に調査を開始しよう。ちなみにその情報はどうやって手に入れたんだい?」


「湊からです。湊から今度遊びにいかないかと提案された時に、予定があることが分かりました」


「••••••静葉は黒木と良く遊びに行くのかい?」


静葉は首を横に振る。


「いえ••••••今までにも何度か誘われましたが、全て断っています」


「えぇ‥‥‥」


「遊びに行きたいとか思わなかったのか?それに黒木から誘ってくれたりとか‥‥‥」


「常々思ってるわ。‥‥‥湊から誘ってくれるけど‥‥‥その‥‥どうしたらいいのか分からなくて‥‥‥」


「あらまあ‥‥‥」


「別にそこまでかしこまらなくてもいいじゃないか。私なんて隼人と適当に出掛けるぞ?」


「そうだな。飯食いにいったり、遊びにいったりな


「綾乃様と隼人くんはそうかもしれませんが、私は‥‥‥」


「何か問題でも?」


「私はこんな女なので‥‥‥“湊が楽しめないかも”と考えたり“つまらないな”と幻滅されるのが怖くて‥‥‥」


「それはないだろ‥‥‥」


「ああ、そうだね。静葉への関わり方を見ていても、彼はそんな事を微塵も考えないと思うよ」


「私は、彼にふさわしくないんです‥‥‥」


何処までも自分を卑下ひげする静葉。

黒木が関わると、途端に自信を無くしてしまう。


「‥‥‥なら私と隼人が誘おうかな?」


にやっと笑いながら悪戯するように呟く。


綾乃の袖を掴み、すがるような表情で首をぶんぶん横に振る静葉。


「綾乃様でもそれは‥‥‥駄目、です」


無礼を働いている自覚はありつつ、絞り出すように呟く。


「ふふっ、大丈夫。冗談だよ」


静葉の必死な様子に、微笑ましさが隠しきれなくなる。


「そんなことをしたら、隼人くんを‥‥‥」


かくなる上は‥‥‥と俺をじっと見つめる静葉。


何をされるんだ、俺。


「駄目だ。それはやめたまえ。静葉相手だと洒落にならん」


「‥‥‥これは最終手段ですので」


一転。少し慌てた様子で返答する綾乃。油断できないらしい。


「‥‥‥」


「‥‥‥」


お互いに見つめ合う綾乃と静葉。

何を考えているかは分からないが、多分お互いに警戒しあっているのだろう。


「‥‥‥こほん、話を戻そうか」


綾乃が仕切り直す。


「では、明後日に決行する。場所は‥‥‥ああ、あそこか。なら‥‥‥隼人。明日君のアパートに泊めてくれないか?黒木が訪問する予定の店から君のアパートから近いんだ」


綾乃がそんな提案をする。

なにげに俺のアパートに来るのは初めてだ。


「‥‥‥まあ、いいが。明日の夕方からでも良いか?片付けるからな」


「泊めてくれるだけでありがたいんだ。君の劣情のはけ口程度‥‥‥別に気にしなくてもいいぞ?‥‥‥PCの素人フォルダとか、きつ目の玩具とか。‥‥‥最近君が買ったドールは中々かわいいじゃないか」


「なんで知ってるんだよっ?!それとここでは言わないでっ!」


プライベートの詳細を知られている恐怖。

探偵って、怖い。


「まあ、隼人くんも男の子だしね‥‥‥」


「私は気にしないよ?‥‥‥まあ?‥‥‥私がいるのにそちらばかりにかまけるようなら、思う所はあるけど‥‥‥ね?」


「やめてぇ‥‥‥」


うら若き女性2人に理解される恥ずかしさに、顔を覆いたくなる。

‥‥‥いや、覆った。


なにげに綾乃の言葉が怖い。


「まあ、少しだけ冗談さ。いいよ、明日の仕事が終わったらでいいかい?君は休みでいいからさ」


「‥‥‥残りは本気なんだすか?」


動揺が隠せず語尾が変になる。


「それは置いておいて‥‥‥本当に気にしなくても大丈夫だよ。安心してくれ」


「‥‥‥わかった」


大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

何とか落ち着いた。


「じゃ、明日。お世話になるよ」


俺の精神が鉛筆の先端のようにがりがり削れてしまったが、それ以外に問題はなく、そのまま解散となった。







翌日の午後。


綾乃から貰った休みを利用し、自室を片付けた。


危険物は全て処理した。

苦しい決断であったが、綾乃の信頼には代えられない。


仕事が終わったら買い物をして俺のアパートに来ると話していたため、事前にアパートの地図は渡しておいた。


そして、アパートのインターホンが鳴る。


「来たぞ。では、お邪魔させてもらうよ?」


「ああ、入ってくれ。あまり綺麗ではないがな」


「気にしないよ‥‥‥よいしょ‥‥‥なんだ、綺麗じゃないか」


「ありがとよ‥‥‥それとその袋は?」


「ああ、食事でも作ろうかと思ってな。嫌いなものはないだろ?」


「ああ、ないな。作ってくれるのなら助かる。そこの流しを使ってくれ」


「承知した」


綾乃が手際良く流し台で準備を始める。

ご令嬢なのに綾乃は料理が上手い。


付き合う前は綾乃の実家で時々ご相伴に預かっていたが、その時に理由を尋ねた事がある。


『将来の旦那のためさ。恵まれた環境にいるからといって、それに甘えるのは問題外だ。家庭を回せる位の器量は身に着けないとね』


とクールに答えていた。


『綾乃の旦那は幸せ者だな。替わってほしいくらいだ』


と素直な気持ちで言った覚えがある。


『‥‥‥そうかい』


とさらっ、と流された。

愛想ないなあ、と当時の俺は思いながらも特に気にしなかった。

‥‥‥今思うと綾乃。滅茶苦茶不機嫌だったなと分かる。


出された料理は美味かったが。


今はかわいいエプロン姿の綾乃を眺めつつ、料理が完成するのを楽しみにして待った。







「ああ、やっぱり美味いな‥‥‥いや、それ以上にほっとする味だ。ありがとうな、綾乃」


ご飯に味噌汁。焼き魚。煮物、和え物

。基本的な和食だが、どれも美味しく、懐かしい味がした。

毎日食べても飽きが来ない味とはこういうものだろう。


「お粗末様でした。‥‥‥まあ、君のお母様から教えて貰ったからね。おかげで新堂家の味は大体なら再現可能さ」


「この子凄い」


綾乃は後片付けまでしっかりしてくれた。隙がないな。


「さて、食後はまったりとするか」


「娯楽品も持ってきたから暇も潰せるぞ?」


綾乃は最新ゲーム機を持参していた。

最近になって世界の遊びが楽しめるゲームの存在に気が付いたらしい。

手頃で遊べるのでこれはこれで良いと喜んでいた。


「ま、実際の道具を使って遊ぶ方が好みだけどね」


とのこと。こだわりがあるんだな。


「イカサマも出来るから」


そんな身も蓋もない‥‥‥


そんな事を話しながらゲームを楽しんだ。

ちなみに俺が全勝。綾乃は俺に膝を屈していた。







「それにしてもこたつは良いねぇ‥‥‥」


「だろ?綾乃も買えばいいのに」


「堕落するのが分かっているからね」


「そうか‥‥‥」


俺達はこたつに入りながら横になっていた。

テーブルを挟んだ向こう側に綾乃が寝ている。

遊んだゲームや食べていたみかんはテーブルの上。


「‥‥‥なんだ?」


こたつの中。俺の足元がもぞもぞする。

気になって中を見ると、綾乃がいた。


「何やっているんだ?」


「悪戯をしようかと思って」


しれっ、と言い放つ。


「何するつもりだ?」


「さあね?」


「‥‥‥」


俺は綾乃を迎え撃つ。

要するに俺もこたつに潜り込んだ。


「ふっ‥‥‥」


だが、以外なことに綾乃はするん、とこたつから出てしまった。


「は?」


「隼人はそのままで」


困惑する俺に対しこたつの外から声が掛かる。


(何を‥‥‥)


そんな事を考えていた俺の目の前で綾乃の脚が動く。


「後は隼人の好きにしてもいいよ」


「‥‥‥」


なるほど。これが目的か。


俺は綾乃の行動の意図を知った。

目の前には綾乃の下半身が。

自然に広げた足の間に、スカートが広がる。

その先には恐らく‥‥‥


「いや、これはアウトだ」


がばっとこたつから身体を出した。


「せっかくお膳立てしたのに」


「流石にライン超えだな」


「そうかい」


これじゃあ本当の変態だ。


「まあ、そうだろうね」


「くっそう、分かった上でやりたがったな‥‥‥」


「ふふっ」


綾乃は俺の反応が予測出来ていたらしい。満足そうにしている。


「なら逆はどうかな?」


「またか‥‥‥」


再びこたつに潜り込む綾乃。

髪が乱れることもいとわないようだ。


2回目の行動に呆れる俺。

だから、反応が遅れた。


それが、綾乃の真の狙いだった。


「今度は‥‥‥なっ!?」


下半身からぞわっ、とした感覚が走る。


慌ててこたつ布団をめくると、股の間に綾乃の顔があった。


「こんにちは‥‥‥では」


綾乃はそのまま顔を伏せる。


「おーいっ!綾乃さんっ!?」


「はんだふぇ?」


俺の敏感な場所に限りなく近い部分。


太腿の付け根に顔を付けながら返答している為、口の動きや振動が敏感な場所を刺激する。


「そこで喋るなっ」


「ああ、ふわん」


気にせず喋る綾乃。


「だから‥‥‥」


願いが通じたのか、やっと太腿から顔を話してくれる。


そして一言。


「ふぅ、君の匂いが濃いねぇ‥‥‥」


「変態かよ」


「でも、想像しただろう?」


「••••••••••••」


ぐうの音も出ない。


「これは予行練習みたいなものさ、本番の時は••••••」


「本番言うな」


「••••••仕事着でやってもいいんだよ?」


「‥‥‥おおぅ」


思い出す。


事務所の中にも関わらず、コートに身を包み、足元に縋りつく綾乃を。


「••••••多少なら乱暴にしても良いんだよ?••••••頭を掴むとか、押し込むのもいいかもしれないねぇ••••••」


綾乃は言葉で想像を掻き立てる。


その時に、艷やかでさらさらとした黒髪ごと握りしめる自分を。

恐らく涙目になりながらも期待に満ちた表情を浮かべるであろう綾乃を。


背徳感が凄まじい。


「••••••ブレーキがぶっ壊れてないか?」


フェティシズムな方向に傾倒している気配を感じる。


‥‥‥綾乃はこんな子では無かったのだが。


「君が壊したんだが?」


「そうだった••••••」


俺が原因だった。

なら諦めるしかないな。




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