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違う、そうじゃない。〜犯人は俺なんだ〜  作者: 岩波備前


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12/20

霧崎探偵事務所業務日誌 その2 [前編]

「にゃぁーん」


猫が来た。


「‥‥‥今日の依頼人は、随分と可愛らしいな」


「いや、ちゃんと見ろ。見覚えあるだろ?ガリバルディだ」


「にゃっ」


事務所の扉から、かりかりと音がしたため開けた所、足元にキジトラの猫がすり寄ってきた。


ガリバルディだ。


珍しくボケていたが、綾乃も気が付いていたのだろう。

俺の足元にしゃがみ込み、ガリバルディを撫でている。


相変わらずかわいい。


「すみません。霧崎さん‥‥‥ですよね?お久しぶりです」


ガリバルディを追ってきたのか、見覚えのある女性が事務所前の階段を上がってきた。


「ああ、あの時の••••••」


サークルで自主制作映画を撮影していた女性だ。


「はい、その節はお世話になりました」


「なーん」


ガリバルディを抱きかかえながら、会釈する。


「実は霧崎さん達に依頼したいことがありまして••••••」


ガリバルディと飼い主の女性を事務所へ案内した。







「依頼、とは?」


「はい、可能であれば、1週間程この子を預かって欲しいのです」


「にゃー」


「ガリバルディさんを、ですか?」


俺は意外な依頼に驚く。

綾乃も同じ気持ちなのだろう。目を丸くしていた。


「ええ、以前に撮影していた映画のシーンに納得のいかない部分がありまして。そのシーンのクオリティを上げるために取材に行きたいんです」


話を聞くと撮影していた映画に興味をもってくれた企業があったそうだ。

普通ではまずありえない事だが、なんでも、撮影中に出会った人がその会社の幹部クラスの人だったそう。

せっかくの機会なので、少しでも映画のクオリティを上げたい。それなら取材が必要だ、となったらしい。


「ガリバルディを知り合いやペットホテルに預ける事も考えたのですが••••••最近になって、この子。霧崎さんの事務所に向かう事が増えたみたいで。以前もガリバルディがお世話になりましたし、可能であれば、と••••••」


無理であれば諦めますが、と話す。


「確かに探偵の仕事ではありませんね••••••」


個人的には大歓迎だが、業務としては••••••と悩んでいると、綾乃が鶴の一声を出した。


「条件次第では、お受け致しましょう」


「良いんですか?」


「良いのか?いや、俺は構わないが」


条件とは?と尋ねると綾乃が説明を始める。


「ええ、条件としてはガリバルディさんの外出を妨げない••••••つまり、今までの生活を崩さない事を認めて頂ければ••••••」


「はい、構いません。元々、散歩に出掛ける子なので。むしろそうして頂けるとありがたいです」


「承知しました。では、この依頼。お受け致しましょう」


「ありがとうございます。後でこの子の使っているものをお持ちしますね」


綾乃が依頼人と握手を交わす。


「にゃん」


『宜しく』とでも言っているのか、ガリバルディもしっぽをぱたん、としていた。







依頼料の話や物品の受け渡しが終わった後、俺と綾乃とガリバルディだけが事務所に残った。


「••••••よく依頼を受けたな?」


「ガリバルディはかわいいからね•••••••まあ、それだけではないが」


「丁度依頼も少ない時期だし、依頼人とも面識はある。••••••まあ、依頼の内容には思う所はあるが••••••別に人柄に問題がある訳ではない。今回の依頼もそうだが、わざわざうちを選んでくれたんだ。リピーターになってくれるのであれば歓迎だよ」


打算ありきの決定だったようだ。

確かに繰り返し利用してくれる人がいれば、それだけ収入に繋がる。


「爺さんの時もそうだったな」


「ああ、常連の依頼人がいるほどだったからね。おかげで仕事は切れないから助かっているよ」


俺がここに雇われてからも、何件も依頼を受けていた。大半は迷子のペット探しだったり、身辺調査だったり••••••


依頼人の中には爺さんの世代から利用してくれている人もいた。


「良い事務所だよな」


「だからこそ無くしたくはないんだよ」


「なぁーん」


2人と1匹で思いを馳せる。


「とにかく、依頼は依頼だ。しっかりとガリバルディのお世話はさせてもらうさ」


「にゃ」


綾乃がガリバルディを抱っこする。

ガリバルディも素直に抱っこされていた。

本当に人懐っこい猫だ。かわいい。


俺も綾乃もガリバルディで和んでいた

その時、綾乃のスマートフォンに電話が入った。


「誰からだろう?」


「にゃー?」


綾乃がガリバルディを俺に手渡し、スマートフォンを確認する。


「••••••••••••あー」


画面を見た綾乃は微妙な表情をする。

嫌そうではないが、困るというか警戒するというか••••••


「誰からだ?」


「ん••••••」


綾乃が差し出したスマートフォンには『砂原 怜』と。


「別に普通じゃないか••••••それにあれから何度も連絡を取り合っているんだろ?」


「まあ、ね。砂原さんも良い人だから、私も好ましく思っているが••••••」


綾乃は俺の顔を見ながら、僅かに渋い表情をする。


「••••••••••••隼人を取られないか、心配なんだよ」


「へ、何だって?」


「••••••ふん」


良く聞こえなかったが、綾乃はやや不機嫌になってしまったようだ。

でも、電話には出るようだ。


「お待たせしてごめんなさい。綾乃です••••••はい••••••はい••••••え?••••••••••••え、ええ。今、依頼の関係で猫さんがいますけど••••••••••••はい••••••あ、分かりました••••••では」


通話を終える。


「これから砂原さんが来る••••••近くを通ったから少し顔を出したいそうだ。それにガリバルディも見たいとね••••••」


「良かったじゃないか。わざわざ会いに来てくれるなんて」


「••••••••••••ばか」


「••••••?」


綾乃が恨めしそうに俺を見る。

何かしてしまったようだ。


「むーっ、にゃ」


とりあえず頭を撫でてみた。

ガリバルディもつられたのか、綾乃の髪に小さく猫パンチしていた。


「くそう••••••こんなのでほだされる自分が憎い••••••」


嬉しいんだか、悔しいんだか分からない表情を浮かべながら素直に撫でられていた。







「かわいい猫さんですね。お名前は?」


「ガリバルディです。3歳の男の子だそうです」


「そっかあ、ガリバルディさん。宜しくね」


「にゃーん」


事務所に来た砂原さんは綾乃と俺に挨拶した後、早速ガリバルディにも挨拶をしていた。

相変わらずガリバルディは人懐っこい。初めて見る砂原さんにもすり寄っていった。

砂原さんも猫が好きなのだろう。直ぐに打ち解けていたようだ。


「にしても‥‥‥怜さん。今日は、その‥‥‥凄いですね」


「そう、ですか‥‥‥?」


綾乃が砂原さんの服装を見ながら恐る恐る呟く。

まあ、そうなる気持ちも分かる。


事務所に来るまでは大きめの、地味な上着を羽織っていたものの、事務所に入ってからはその上着を脱いでいる。

そして、その下からタイトな縦セーターが現れたからだ。

首元までしっかりと覆う、灰色のリブニットセーター。


まず最初に目に入るのは鎖骨の下にあるとても大きな一部分。

以前、アオザイを着てくれた時に見たものよりも更に強調されている。

漫画などでは女性の大きなものを『メロンサイズ』と良く表現されているが、まさにそれ。

大きさの暴力といっても過言ではない

更に見るべきは、鎖骨下の一部分の大きさに反比例する、細い腰。

‥‥‥非常に失礼ながら、綾乃程の細さやお尻の大きさは無いものの、適度に肉付きがあり、とても良い。


「暖かいですねぇ‥‥‥‥‥」


(‥‥‥脱ぐ時、揺れたぞ?)


上着を脱ぐ動作の中で、砂原さんの一部分が大きく上下左右に動いた。

動きを例えるなら、頭大の水風船が重力に従いながら揺れる感じ。


駄目だと思っても目で追ってしまう。

悲しい男の性だ。


「‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥」


綾乃が黙りながら俺の腕に抱きつく。

心地よい感触が腕に伝わる。


「私だってそれなりにあるんだから‥‥‥」


ぼそっと呟く。

確かに、綾乃の一部分はしっかりとある。


••••••ただ、砂原さんが規格外なだけで。


そんな遣り取りをしながら砂原さんからの妙な視線を感じていた。


「‥‥‥‥‥‥私も、頑張ったんですよ?」


そんな言葉が聞こえたような気がしたが定かではない。







大学が早く終わった為、マンションに戻る。

綾乃さんと新堂さんのおかげで安心して帰ることも出来るようになった。••••••本当に有り難いことだ。


(綾乃さん、良い人で良かった)


この間のストーカー調査以降から急激に仲が深まったと思う。

こちらから連絡しても快く受けてくれているし、今度は2人でお食事に行く約束もした。


(こんなことなら、早くお友達になれれば良かったのになあ)


そこだけは残念に思う。もう少し早くお友達になることが出来ていれば、今とは少し違う関係になれていたのかもしれない。


(凄く美人だし、堂々として格好良い。それにとても優しい‥‥‥)


少し前に長年の想いを伝える事が出来た。


‥‥‥残念ながら、綾乃さんはその気はないようだったが。


(変‥‥‥なんだよね?)


自分でも薄々自覚はしている。

••••••恋愛の対象が、女性であると。


(男の人は‥‥‥少し怖かった‥‥‥)


小さい頃から男の子よりも女の子に惹かれていた。

お互いに子どもだったから良かったけれど、中学・高校と進学するにつれ、他人とのズレを大きく感じるようになった。


(学園にいた時は、そんな子もいたけど‥‥‥)


綾乃と同じ学園に通っていた時にも、自分と同じ嗜好を持つ方も何人かいた。中には同性同士で関係を持つ人も‥‥‥


(私には、綾乃さんしか‥‥‥)


学園で初めて綾乃さんに出会った時から、私の想いの方向は決まっていた。


艷やかで、絹のような長い黒髪。

静謐せいひつな森に降る、きめ細かな新雪のような白い肌。

職人によって魂を吹き込まれた日本人形のように整った顔。

春の訪れを喜ぶ、桜の花びらのような色をした柔らかな唇。

顔の造形だけではない。その全てを調和している、瑞々しさと女性らしさを併せ持つ肢体したい


(どれをとっても、感嘆の言葉しか浮かばない‥‥‥)


一目惚れ、と言うものなのだろう。


しかも、外見だけでなく中身も美しい。


(恵まれているなあ‥‥‥)


こうして出会うことの出来た自分が、いかに恵まれているかを自覚しない日は無い。


(でも、綾乃さんだけではないみたい‥‥‥)


最近自覚したことがある。


ストーカーの調査を依頼した時だ。


今の生活を崩したくはないが、ストーカーの人も怖かった。

だからこそ探偵である綾乃さんに助けを求めた。


(最初は、怖かったなあ)


思い出すのは綾乃さんの隣にいつもいた男性。

新堂さん。


第一印象は普通の青年。

他の男性と同じように、近づき難い。

特徴としては背が高く、少し体格が良いくらいか。

顔は整っているとは言え、世間にはもっと美形と言われる人もいるだろう。


••••••正直、綾乃さんには釣り合わないと思っていた。


(でも、綾乃さんが信頼している人だから)


今だからこそ分かる。隼人さんに向けられる、綾乃さんの矢印の大きさが。


(本当に、大好きで‥‥‥愛しているんだろうなあ)


2人の関係を知った時から、間に割って入ることは出来ないと悟った。


(ああ、これは駄目だな‥‥‥割って入れそうにないや)


でも、そんな考えに逆らう感情が芽生えてしまった。


ストーカーの男に襲われそうになった時の事。

事前に覚悟していたとは言え、男性から一方的な劣情を抱かれる恐怖。

今まで感じたことのない不快感と恐怖は耐えがたいものであった。


新堂さんは、男の手の中で身を竦ませるしかなかった私を助けてくれた。


(‥‥‥‥‥‥吊橋し効果、なのかな?)


助けてもらった瞬間、胸に広がる安心感と頼もしさを感じるあの眼差し。


(‥‥‥‥‥‥綾乃さんが信頼する訳だ)


男性は苦手で、女性が好き。

それはこれからも変わらないだろう。


でも、あの時助けてくれた彼なら。

自分は綾乃さん以外にも‥‥‥


(‥‥‥少しぐらい‥‥‥お近づきになってもいいかな?)


今日は特に課題もない。

真っ直ぐ帰るだけ。


••••••でも、少しだけ寄り道をしたいと思う。


(‥‥‥恥ずかしいけど、新堂さん、喜んでくれたみたいだし‥‥‥)


綾乃さんとお揃いのアオザイを着た時の反応を思いだす。

初めての事で恥ずかしさが大半であったが、その時の新堂さんは喜んでいた••••••と思う。


歩みを止め、小さな服屋さんのショーウィンドウを見る。


反射で自分の身体が映る。


(重いし、痛いし‥‥‥大きくても良いことはないんだけどなあ)


反射した窓から視線を動かし、自身の胸元を見下ろす。目立たないようにゆったりめの服を着ているが、足元が見えない。


(男の人にはじろじろと見られるし、女の人にも、変な目で‥‥‥)


溜息を付く。

おかげで着られる服も限られるし、可愛い下着も少ない。

無くなればいいとは思わないが、せめて綾乃さんくらいなら丁度良いと思う。


(だけど、新堂さんの為に‥‥‥)


むん、と小さく気合を入れる。

大学の友人に聞いたことがあるが、男性は強調された胸が好きな人が多いらしい。


(なら、あれが良いかな?)


店内に入り、目的のものを探す。


そう時間もかからず、見つけた。

それを手に取り、試着する。


「少し‥‥‥いや、きついなあ‥‥‥」


一番大きなサイズを選んだ筈だが、胸がきつい。


(また、大きくなってる‥‥‥これ以上いらないよー‥‥‥)


一部分だけ、成長が止まらない身体が憎い。


(••••••でも、喜んでくれるよね?)


圧迫感を我慢しつつ、店員さんへ声を掛ける。


購入するのであれば、このまま着て帰ってもいいとのこと。


「すみません、これ、頂けますか?あと、合いそうな上着も欲しいんですが‥‥‥」


応対した女性店員は驚いた表情していたが‥‥‥まあ、慣れてはいる。


店を出る。


セーターと追加で購入したアウターに付いてきた袋に、今迄着ていた上着を入れた。


「よし、頑張るぞ‥‥‥」


そう呟きながら綾乃さんへ連絡を入れる。

駄目なら諦めるが、多分大丈夫だろう。以前から暇な時は事務所に顔を出しても良い、と許可は貰っている。


呼出音が暫く続いた後、小さな物音とともに、凛とした声が電話口から響いて来た。







砂原さんが綾乃に促され、ソファに座る。そこまで長居はしないとのこと。

今度、綾乃と2人で食事に行くらしい。その時の店を決めているようだ。


気のせいか、砂原さんが一部分をやたらと強調しているように思う。

綾乃へスマートフォンを差し出す際や、髪をかき上げる仕草。背伸びや肩をリラックスさせる動作など。

多岐に渡って魅力的な動きをしている。


「‥‥‥‥‥‥」


目を奪われる度に、隣に座る綾乃の身体がどんどん密着してくる。

やわっこい。


「ふふっ‥‥‥」


そんな俺達を見て砂原さんが小さく笑ったような気がした。

何かを確認したかのように思う。


ただ‥‥‥嫌な気分はしない。


暫く話し合いが続き、当日の予定が決まった様だ。


「ありがとうございます、綾乃さん。ではお食事、楽しみに待っています」


「ええ、私も。では、お気をつけて」


砂原さんを見送る間も、綾乃はずっと俺の腕にくっついていた。


「••••••取りませんから、安心して下さい」


「むー‥‥‥」


悪戯っぽく微笑む砂原さんに、子どもみたいに唸る綾乃。随分と仲良くなったものだ。


••••••俺、嬉しい。


砂原さんが帰る。


マンションに向かって歩いている砂原さんを窓から確認した綾乃は、ずんずんと俺に近づいてきた。


「隼人には、私がいるんだからな?‥‥‥怜さんのところには行ったら駄目だぞ」


「なやーん」


ガリバルディとともに、ソファに座る俺に念押しするように訴えて来る。


そして、俺の胸元に正面からダイブ。


ぐりぐりと顔を押し付けた後、くるんと身体の向きを変え、俺の腕の中にすっぽりと入ってしまう。

ガリバルディは俺の隣で丸くなっていた。


「暫く触ってもいいから‥‥‥忘れるんじゃないぞ?」


俺の両手を自分の胸元に誘導する。

丁度手で支える形になった。

手に納まるか、少しはみ出る程度。

実に落ち着く柔らかさとサイズ感。


「ああ、忘れないさ」


「なら、いい‥‥‥」


綾乃からも許可がでているため、少しの間、手で弄ぶことにした。


良い反応と感触を愉しむ事が出来た。







ガリバルディを預かった翌日。

つまり2日目の朝。


「なやん」


我が家のように事務所でくつろぐガリバルディ。

ソファの上で丸くなりながら毛づくろいをしている。

昔から言う、借りてきた猫、といった表現とは無縁の様らしい。


「綾乃、頼みがある」


「なんだ?」


「これを着て、俺の指示に従って欲しい」


「‥‥‥分かった」


俺の手渡した紙袋と、俺が手渡さなかった紙袋を見ながら頷く。


「ああ、後でこれも食べよう」


渡さなかったほうには朝食が入っていた。これから綾乃と一緒に食べようと思う。


「朝食を事務所で食べよう、と君から連絡がきたから食べずにここに来たが‥‥‥それも何か関係が?」


綾乃は少し警戒しているようだ。


まあ、無理もない。いつぞやの健全な赤ちゃんプレイが尾を引いているのであろう。

あの時の綾乃は、プライドが少し損なわれたような面持ちであった。


「ああ、だが前みたいなことはしない。ただ、綾乃に食べてもらうだけさ」


「そうか」


警戒はするが断る気は無いようだ。

綾乃はなんだかんだ言いながらも、俺のお願いは必ず聞いてくれる。全く、良い女だ。


「着替えるから、少し外に出たまえ」


「おう」


綾乃へ背を向け、外を目指す。

事務所内には脱衣場やトイレがあるが、よほどの事がなければそこでは着替えないように頼んでいる。


何故か?


俺が綾乃を迎えるのでは無く、綾乃が俺を迎える場面に心躍らされるためだ。


『何か違いがあるのかい?』


と言われた事もあるが、はっきりと言った。


『違う。分かりやすく言うのであれば[プレゼントを貰って開けるか、自分で用意したプレゼントを開けるか]の違いだ』


『分かるような分からないような‥‥‥少なくとも君が馬鹿だと言うことは分かった』


『ふっ‥‥‥褒めるなよ』


こういった場面で、男に馬鹿とは‥‥‥褒め言葉に過ぎんよ。


『無敵か••••••?』


呆れた様子でそんな事を言っていたな。


「ふぅ、今は今の綾乃に思いを馳せないと••••••」


思い出から現実へ戻ってきた。

以外に時間が経っていたのか、思ったよりも早く事務所から声が掛かる。


「おおっ••••••」


「まあ、こういったファッションもあるか••••••」


恥ずかしそうにしているが、満更でも無いらしい。


目の前の綾乃はオーバーサイズの白いTシャツに、ダメージジーンズ。足元には白と黒のツートンカラーのスニーカーを履いている。

頭にはアメリカンスタイルのキャップ。襟元にサングラスも掛けて貰った。

オーバーサイズの為、サングラスの重みで襟元がやや下がっていた。黒の下着が僅かに見えている。


スポーティさとストリート感を兼ね備えつつ、古きよき西洋風の活気を感じるスタイル。


「ああ••••••文明開化の風を感じる」


「君の中では、迎えていなかったのかい?」


時を超えて、明治時代を生きた人々の感動を、一身に受けた気がした。


和風美人の綾乃が西洋風の衣装に身を包む、そのギャップ。

落差があればある程、感動もひとしおだ。


ヴィンテージ感が漂うダメージジーンズの風合いに混じる、滑らかで血色の良い肌の色。

まるで、夏の夜空に浮かぶ雲の間から、ふんわりと姿を表した月の様であった。


肌の露出は男を悦ばせる。だが、あけすけに出せば良いものではないと言いたい。

濃い味のものを食べ続けているといずれは美味しいものであっても辟易へきえきしてしまうからだ。

箸休めや、滋味じみに富んだ味付け。

つまり、一歩引いた奥ゆかしさも必要だ。


限られた隙間から見える肌。その下に隠されている肢体を想像する愉しみが、まさにそれだ。


想像は無限大だ。その都度、好みのものに変えることが出来るし、飽きることはない。


‥‥‥要するに、健康的なチラリズムは正義。


「ありがたや••••••」


「拝むな、ばか」


あっ、拝んじゃった。

あまりにも神々しくて、つい。


「いや、まだ終わりじゃない。綾乃。ソファに座ってこれを食べてくれ」


手に持っていた紙袋から、細長い食べものを取り出し、綾乃へ差し出す。


「これは、ホットドッグかい?」


綾乃の手には24時間営業のファストフード店から購入してきたホットドッグが。


「ああ、嫌いじゃないだろ?朝飯代わりさ。飲み物も渡しておく」


カップに入ったお茶をテーブルに置く。


「俺も食べるからさ。一応、もう1つずつあるから、足りないなら言ってくれ」


同じものを取り出し、先に口に運ぶ。

まあ、美味しいよな。


「それなら頂こうか••••••」


「後は、綾乃に任せる••••••」


俺は何も言わない。ただ、綾乃を信じて眼差しを送る。


「••••••ああ、なるほど。君も好き者だね?」


綾乃は呆れたように呟く。

でも、期待には答えてくれそうだ。


「では、頂きます」


綾乃が包装を開く。


「にゃ?」


ガリバルディが綾乃の隣へ向かった。

少し気になるようだ。


「玉ねぎが入っているから駄目だよ?」


小さな声で優しくさとす。  


「なぁん」


ガリバルディが何を思ったか分からないが、とりあえず落ち着いてくれた。


「では••••••」


綾乃がホットドッグを口に運ぶ。

小さな口で、悪戦苦闘しながら何とか一口食べた。

僅かにケチャップが口元に付着する。


「あっ••••••」


口から離した瞬間、ホットドッグのケチャップが垂れそうになるが、包装を手で器用に動かしながらケチャップを受けとめた。


「むぅ••••••っ」


片手でホットドッグを持ち、もう片方の手で口元を押さえる。


口の中のものを味わうように、もくもくと小さく咀嚼している。


「••••••んっ」


ごくん、喉が動き、食物を嚥下する。


「はぁっ••••••」


口元を指で拭い、指先に付いたケチャップを唇と舌で舐めとる。


「っ•••••••••••ふぅっ」


普段の綾乃なら絶対にしない、行儀の悪い行動。

多分、一連の流れはわざとそうした部分もあるだろう。


ホットドッグをテーブルに置き、ティッシュで指と口元を拭く。


(ふむ••••••)


拭き取る動作まで手を抜かない。

丁寧に、かつ手早く拭き取り、ティッシュを処理した。


綾乃は俺の意図を十全に汲み取り、ホットドッグを食べる動作を、芸術に通じるエロティシズムにまで昇華させていた。


(さすあや••••••合格点を遥かに超える、オールウェイズを出してくれる)


「••••••へんたい」


感動のあまり、吟味するような目で眺めつつ口元を押さえている俺を、綾乃はジト目で見ながら呟く。

悪態をつきながらも、その後も角度やタイミングを変えながら、ホットドッグを食べてくれた。


さすあや(2回目)


「あっ••••••」


残り少なくなったホットドッグを食べ進めていた綾乃は不意にパンをぽろっ、とこぼしてしまった。珍しい。


「あっ!••••••パンが••••••へっ?」


そして珍しいことは重なる。

サングラスの重みで広がった胸元にパンくずが入ってしまった。


「にゃっ」


「ひゃぁっ!?」


ガリバルディがパンくずを追って綾乃のだぼだぼのシャツの中に入り込む。


「こ、こらっ!••••••ぁんっ••••••駄目••••••っ」


素肌を撫でる柔らかな毛皮に驚きつつ、何とかホットドッグをテーブルに置く綾乃。


「これは••••••」


ガタッ、と立ち上がりそうになるが、まだ慌てる時間じゃない。


「はふっ、はふ••••••にゃあん」


ガリバルディが目的のパンくずを食べたらしい。


「あっ••••••ふぇっ!」


綾乃とガリバルディの咄嗟とっさの動きが作用したのか。その拍子に綾乃の胸元で何かが外れた様だ。


ガリバルディがが襟元からにゅるん、と飛び出る。

綾乃の胸元を支えていた黒いものが半分になっていた。谷間があらわになる。


谷間を形作る膨らみと、適度な大きさの桜色のものが、ちらりと見えてしまった。


「••••••」


すぐさま綾乃は胸元を手で隠してしまう。顔を赤らめながら、恨めしそうに俺を睨む。

目元には僅かに涙が溜まっていた。


綾乃は覚悟を決めたり、やけになると積極的になる反面、こういったハプニングには弱い。


「••••••ありがとうございます」


「••••••••••••••••へんたいっ!」


怒りはしないが、恥ずかしそうに胸元を整えていた。


うん、良い女だ。







『まあ、ガリバルディには悪気はないだろうし。それに、玉ねぎじゃなくて良かったよ』


そんな事を言いながら、残りのホットドッグを食べながら話していた。俺も残りのホットドッグを食べる。綾乃は1つ、俺は2つ食べて朝食を終えた。


綾乃は何も言わずに、俺の膝の間に座りながら作業を始めていた。

張りのあるお尻の感触が実に良い。

それにいい匂いもする。

たまに抱きしめても文句を言わない。


最高だった。


「暫くはマーキングするから」


そんな理由らしい。

ちなみに、ガリバルディは外を散歩しに行った。

賢い猫だから、きちんと帰って来るだろう。







「なーーん」


鳴き声とともに、かりかりと扉から音がした。


今は夜中の20時。

ガリバルディを事務所内へ入れる。本当に賢い猫だ。きちんと帰ってくるし、食事やトイレも綺麗にする。かわいいだけでなく、良い子だ。


ガリバルディを預かる期間は、お互いに交代で事務所に泊まる事になった。

まあ、慣れてはいるので苦にはならない。


比較的、何事もなく、1日が終わった。



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