霧崎探偵事務所業務日誌 その1 [後編]
探偵の男と別れたあと、綾乃は砂原さんに新たに分かったことについて報告をしていた。
「はい‥‥‥分かりました‥‥ええ、心配しないで下さい。調査が終わるまでは私達が付いていますから‥‥‥‥はい、では、おやすみなさい」
綾乃は通話を終える。
「どうやら君の予想は的中したみたいだ」
綾乃は砂原さんからいくつか情報を得ていた。
俺が違和感を覚えたのは、砂原さんの話から。
マンションと大学の道のり、それも通学と帰宅の時間帯だ。その時に視線を感じたり、マンション近くで追われるような目にあったと話をしていた。その時は会社員以外に怪しい人影は無かったそうだが。
俺が見かけたのはまさにその会社員だ。
いや、もしかしたら会社員の格好をした人物かもしれない。スーツに鞄を持っていたら誰だってそう見えるだろう。きちんとした身なりなら、普通の服装よりはストーカーには見られないはずだ。
それに探偵の男の話によると、砂原さんの通学コースを見張っていたようだが、本人には気が付かれないように注意していたと話していた。
それに俺達が見ていた範囲でもマンションに近づくことはあったが、砂原さんに恐怖を与えることはしていない。
なら、探偵の男をストーカーだとは思っていなかったはずだ。
そうなると、砂原さんが遭遇したストーカーというのは会社員(風)の男の可能性は高い。
「これからどうするんだ?」
「砂原さんから提案があってね。明後日、その時と同じ行動を取るつもりらしい。危険だが‥‥‥」
「大丈夫か?」
「それは私達次第だ。思った以上に君は評価されているらしいな。『霧崎さんが信用している新堂さんがいるのであれば、私も頑張れそうです』だそうだ。‥‥‥良かったな、随分と信頼されて?」
綾乃が若干嫌味ったらしく話している。
「綾乃が自慢したからじゃないか?」
「それはそれ、これはこれだ••••••この場合は君が悪い」
子どもみたいにぷいっ、そっぽを向いてしまう。
‥‥‥完全にすねたな。
「そっかあ‥‥‥」
こうなった場合は素直に認めた方がいい。
綾乃自信も引くに引けないんだろう。
「‥‥‥‥‥‥むー••••••」
綾乃が恨めしそうに唸っている。
‥‥‥ああ、この流れだといつもなら抱きしめるか頭を撫でるかしていたからな。
それが無いからなんとなく落ち着かないんだろう。
(良い傾向だ‥‥‥)
意地が悪くなったな、と自分でも思う。
まあ、綾乃が可愛いから悪いのだ。
「とりあえず事務所に戻ろう。一日中仕事に励んでいたから疲れたしな」
「‥‥‥ああ、そうだね」
綾乃に事務所へ帰ろうと促し、帰路についた。
◇
帰宅後。
突然だが、霧崎事務所には一応シャワールームが存在する。割と狭く、風呂も無いが、脱衣場は完備。なので時々利用させてもらうこともある。
で。
今は綾乃がシャワーを利用している。
「君も入ってきても良いんだぞ?」
シャワーを浴びる前に、割と本気で言っていたが丁重にお断りした。
「‥‥‥まあ、いずれはそうさせてもらうさ」
と返したら、顔を赤らめながら脱衣場に消えていったが。
••••••反撃される覚悟がないなら、言わなければいいのに。
シャワーの音と、綾乃の身体に当たる水音を耳で感じながら、ぼんやりとソファで過ごす。
浴室の音を聞きながら、浴室の中を想像するのも悪くない。
‥‥‥寧ろ、良い。
「••••••いいな、これ」
俺はそんな事を考えながら、綾乃がシャワーを浴び終わるのを待った。
◇
「済まない。待たせたな」
暫くして、綾乃が浴室から出てきた。
「いや、構わないさ。俺も仕事を片付けたらシャワーを借りるよ」
「‥‥‥そうか」
綾乃はそのままドライヤーで髪を乾かし始めていた。髪が長い分、洗うのも乾燥させるのにも時間はかかるのだろう。
俺は敢えて、身だしなみを整え終わるまで仕事をしながら時間を潰した。
••••••1つ、確認したいことがあったから。
綾乃が一段落付いた時点で俺も動くことにした。
「一段落付いた。俺もシャワーを浴びるよ」
そう言いながら、俺は上着を脱ぐ。
上はシャツ一枚だ。
「ここで脱ぐのかい?」
「いや、上着を後で洗濯でもしようかと思ってな。先に上着だけかごに入れておこうかと。一日中着ていたからそれなりに汚れていると思うしな」
「‥‥‥そうかい」
俺は脱いだ上着をかごに入れた。
綾乃はその姿をじっと見ている。
「綾乃••••••入って来るなよ?」
「••••••フリかい?」
「純粋な注意だ」
「それは残念」
冗談の応酬をしながら浴室へ向かう。
(どうなるか‥‥‥)
俺は服を脱ぐ振りをした上で浴室に入り、シャワーを流す。時々シャワーヘッドを動かしながら水音を偽装。
もったいないがお湯を流したまま静かに脱衣場へ戻り、少し待機。
そして、音を立てないように脱衣場の扉を少し開ける。
(人のことを変態とは言えないんじゃないか?)
覗き見た視線の先には上着を抱きしめている綾乃がいた。
「すぅーっ‥‥‥‥はぁ‥‥‥」
かごの近くで座り、俺の上着に顔を押し付けて、深呼吸している。
••••••実にほわほわした表情を浮かべていた。
本人は完全に油断している。
隼人成分を取り入れようと必死な様だ。
(可愛いからもう少し見たいが‥‥‥)
そんな事も頭をよぎったが、それは後日。
今は、この瞬間を押さえたい。
「綾乃?」
「すぅ‥‥‥ふわあぁっ?!はや、はやとっ?!なんで!?」
綾乃がとんでもないスピードで上着を背中に隠す。
顔は真っ赤。びっくりした表情のまま固まっている。いや、目が泳いでいる。大分必死だ。
その姿を見て一言。
「‥‥‥変態だな?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥•••••••ふぇ‥‥‥」
綾乃のびっくりした顔が歪む。
ぽろぽろと涙が流れ出す。
「あ、やべっ‥‥‥」
••••••やりすぎちゃった。
「あー、すまん‥‥‥意地が悪かったな」
俺は綾乃の傍に近寄り、頭を撫でる。
「ばか‥‥‥いじわる‥‥‥‥‥すこしはかげんしろよぉ‥‥‥」
「いや、あんまりにも可愛くてな?すまん」
「この‥‥‥せいてきさでぃずむぅ‥‥‥」
「そこまで言うか‥‥‥」
相当恥ずかしかったのだろう。
綾乃が泣き止むまでかなりの時間がかかった。
◇
「先に手を出したのは隼人だったな‥‥‥」
「いや、泣いている綾乃を慰めないのは、男として間違っているだろう?」
「そんな状態に陥れた君が言うなよ‥‥‥」
頭を撫でたり、抱きしめたりして何とか落ち着いた綾乃がそんな事を言い出し始めた。
「まあ、確かに。触れ合わないと決めたのは俺だしな。それにこの状況を期待していたのも事実。約束した通り、言うことは聞いてやりたいが••••••」
「が‥‥‥なんだい?」
「先に手を出したのは綾乃だぞ?」
「へ?」
「え?」
お互いの理解に齟齬があるようだ。
「••••••いやいや、君が先に耐えられなかっただろ。実際に私を宥めるために私に触れたじゃないか!」
これは譲れない、とでも言いたそうな様子で訴えている。必死な所、申し訳ないが‥‥‥
「‥‥‥俺は確かに言ったはずだ、綾乃が先に変なことをしたら言うことを聞いてもらうと、とな」
「‥‥‥‥‥‥あ」
「人の上着の匂いを嗅ぐことは、変なことじゃないか?」
••••••散々変態扱いしていたしな?
「‥‥‥‥‥‥いや、全然」
「嘘付くんじゃないよ!?」
しらばっくれやがった。
「だって‥‥‥」
流石にそれは通らないことは理解していたのだろう。
俺の追求からは逃げられないと察した綾乃が悔しそうに言葉を絞り出す。
「だって?」
「‥‥‥‥‥‥もう、限界なんだもん」
「そうか‥‥‥」
綾乃が白旗を上げた。
「‥‥‥隼人が望むのなら、できることなら何でも叶えてあげる‥‥‥でも私は切ないんだよ‥‥‥‥‥‥隼人はそんな私を見るのが愉しいみたいだし‥‥‥‥‥‥喜んでくれるのなら私も嬉しいけど‥‥‥」
「頑張ってくれたんだな‥‥‥」
「‥‥‥••••••うん、頑張った」
「おかげで愉しかった。ありがとよ」
「‥‥…こんなときまで、なんでそんなこと言うのかなあ‥‥‥でも、まあ、許すけど‥‥‥」
「まあ、お詫びでは無いが、今日で終わりにしようか。俺も綾乃に触れ合えないことが辛いってのも本当だからな」
「そうしてくれ。じゃあ、お詫びとして抱っこしろ‥‥‥」
「寧ろ、俺が嬉しいんだが」
「それでも良いから‥‥‥」
「はいはい」
「うー‥‥‥なんだかあしらわれている気がするけど‥‥‥やっぱり直はいいなあ‥‥‥」
「吸うなよ」
「5日ぶりの隼人だ。存分に味あわせろ」
「はいはい‥‥‥」
俺に抱っこされながら深呼吸する綾乃を抱えながらソファで暫く過ごすことにした。
◇
「今日は一緒に寝るか」
「ふぇっ!?」
綾乃を何とか引き剥がしてシャワーを浴びた後、俺から提案した。
珍しいことなので綾乃もびっくりしている。
「嫌なのか?」
「そんなことは無いが‥‥‥どうしたんだ?」
「いや、さっきの約束を果たしてもらおうかと思って」
「そんな事が無くても何でも言うことは聞くのに‥‥‥」
「まあ、そうだろうが。綾乃には協力してもらいたくてな」
「‥‥‥何をさせる気だい?」
「いや、そんなに面倒な事じゃない」
「それが一番怖いんだが‥‥‥」
「寝る時にな、事務所の暖房を切ってからこれに入ってほしいんだ」
俺は自前で用意した寝袋を見せる。
最近購入したもので冬用のものだ。ジッパーで横幅のサイズ調整が可能、2人でも入ることの出来る位大きなものだ。
「••••••ここに、かい?」
「ああ••••••冬山遭難ごっこだな?」
「‥‥‥馬鹿なのかい?」
「夏場に冷房を掛けながら布団にくるまるとか、冬に暖房を掛けながらアイスを食べるとか、そんな感じの試みに近いだろ?••••••一度はやってみたくなるものさ」
「やはり馬鹿だろ。君?」
「••••••駄目か?」
「••••••私が断るはずがないだろ?」
「なら、決まりだな」
「服装は何でも良いのか?」
「普通の格好ならな」
「なら、丁度良いのがある」
「••••••用意がいいな」
綾乃が脱衣場に移動し、着替えを始める。
そこまで時間はかからないようだ。
その間に寝袋を開き、身体を滑り込ませる。
••••••うん、暖かさは十分。
脱衣場から出てきた綾乃が衣服を見せてきた。
「こんなのはどうだい?」
「前に見たことがあるような」
「あれとは違う。これはネグリジェだ。健全な寝間着だよ」
綾乃は全体的にふわっ、とした生地の寝間着に着替えていた。
寝やすいように髪も纏めている。
白のネグリジェらしい。
以前着用していたベビードールとは違い、露出や透けはなく、性的なものは感じないが••••••
「生地、薄くない?」
「ネグリジェだからね。文句言うな。では、お邪魔します••••••」
寝袋に入ろうとする綾乃へ一言。
「あ、すまんが後ろ向きに入ってくれないか?俺が綾乃を抱き枕にしたい」
「‥‥‥まあ、いいけど」
綾乃が寝袋の隙間に入り、後ろから俺に抱きかかえられるような形になる。
「おお、これは••••••」
顔が窮屈にならない程度に寝袋を閉じると、全身が包まれている感覚になる。
十分な大きさがあるとはいえ、流石に2人が入るとそこまで余裕は無い。
自ずと綾乃の身体を抱きしめる形になってしまう。
「髪は大丈夫かい?」
「ああ、何とかな。綾乃が動いてくれたおかげで気にならないぞ」
足元側に少しずれてくれたので邪魔にはならない。顔の横辺りに当たるので寧ろ堪能できるくらいだ。
「思ったよりも良いね。背中から抱きしめられている感覚が心地良い」
「お互いに5日間もまともにこうしていなかったからな。その分もあるんだろうな」
暖房を切ったせいか、外気に触れる窓の方から室内の温度が下がり始める。
徐々にだが、顔に当たる空気の冷えを感じるようになってきた。
「冷えてきたな‥‥‥」
「寝袋の中は暖かいから気にはならないよ。十分眠れそうだ」
綾乃の言う通り、寝るには十分な暖かさだ。
俺としては腕の中に湯たんぽがあるようなものだから特にそう感じる。
「‥‥‥」
腕の中の湯たんぽに少し力を込めてみる。
「‥‥‥寒いのか?」
「いや、湯たんぽの確認をしたまでだが?」
「私は湯たんぽ代わりなのか‥‥‥」
綾乃が予想していた答えとは違う言葉が返ってきたようだ。
小さく溜息を付いている。
「‥‥‥‥」
小さな好奇心がうずく。
抱きしめている手をくすぐるように僅かに動かしてみる。
「っ‥‥‥こら、くすぐるな」
手の動きから逃れるように身をよじる。
けれども寝袋に動きを阻害され、思うように逃げることが出来ない。
「‥‥‥‥‥」
俺も大分参っていたのだろう。
そんな綾乃の様子を見ていて理性のタガが少し外れてしまう。
先程よりも手の動きを大きくする。
時々弾力のあるのもに触れるが、それは仕方がない。
「‥‥‥だから、動かすなっ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
動かす度に反応がある。
(なんだか変な気分になるなあ‥‥‥)
今度は足を絡めてみた。
同時にお腹の部分も触ってみる。
「‥‥‥ぅんっ‥‥‥ふざけてっ、いるのか‥‥ぁ」
綾乃はお腹を触られるのにも弱いらしい。今ので確信した。
「綾乃、そろそろ寝ないと明日に響くぞ」
「どの口が言うか‥‥‥」
小さく抗議してくるが、その言葉とは裏腹に本気で嫌がっている様子は無い。
「‥‥‥‥‥‥」
なので、更に密着してみた。
「?!‥‥‥隼人••••••当たってる‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
流石にこんな事をしていたら元気にもなってしまう。
だからといって本能に流される気はない。理性をフル活用してでも。
‥‥‥それは籍を入れてから。
今はそのぎりぎりを愉しみたいのだ。
なので、自爆覚悟で一言呟いてみた。
「発情したみたいだ」
「‥‥‥‥‥」
腕の中で綾乃がびくっ、と反応する。
「‥‥‥そんなこと、耳元で言うなよぉ‥‥‥」
俺の言葉に対し、綾乃は可愛い反応をする。
••••••鳥肌が立つくらい、愉しい。
(••••••これは、良いな)
ASMRというもの一部界隈で人気だそうだが、その界隈の紳士の気持ちもわかる。
いや、今は声を聞かせる側ではあるが、ASMR作成者はきっとこんなシチュェーションも想定していたに違いない。
「‥‥‥今は手は出さない」
「それは、何度も聞いた‥‥‥」
「だけど、籍を入れたら覚悟しろよ?」
「ぇ‥‥‥?」
「俺も我慢はしているんだからな?その分、綾乃を滅茶苦茶にする予定だからな?」
「‥‥‥そんなに?」
「最初は事務所で‥‥‥」
「ここで‥‥‥?」
「最初は優しくするつもりだが‥‥‥」
「‥‥‥‥‥•」
「途中から多少乱暴になるかもしれない」
「••••••っ!」
「押し付けて無理矢理••••••ってのも良いな」
「•••••••••••••••」
綾乃が静かになってしまった。
(流石に気持ち悪すぎたか‥‥‥)
5日間の欲求不満が爆発した結果とはいえ、我に帰るとこれはないな、と思う。
正直恥ずかしい‥‥‥
そんな事を考えていたら、綾乃がぽつりと呟いた。
「‥‥‥‥‥私は、多少乱暴でも構わないから」
「‥‥‥••••••綾乃って、所謂••••••受けなのか?」
(前々からそうじゃないかと思っていたが••••••)
「‥‥‥‥‥‥••••••ん」
少しだけ沈黙が続いた後、小さく頭が縦に動く。
攻められる方が好みらしい。
「‥‥‥分かった、覚えておく」
「••••••」
良いことを聞いた。これだけで5日間の我慢の元は取れた。
「••••••••••••ぁ」
(悪戯はこのくらいに‥‥‥)
俺も満足したので、素直に疲労感に身を委ねようとした。
「‥‥っ‥‥‥‥ん‥‥‥‥‥ぁっ‥‥‥」
腕の中の綾乃の様子がおかしい。
小さく喘ぎ声が聞こえる。
(‥‥‥急に静かになって妙だとは思ったが)
俺の腕の中で綾乃が断続的に震えていた。
同時に腰や足をもじもじさせている。
微かに腕も動いているようだ。
••••••いや、手か?
(‥‥‥あー‥‥‥‥)
‥‥‥察した。
「‥‥‥綾乃さん?」
「?!‥‥‥なにっ?」
びくっ、と身体を震わせ、反応する。
顔を見えないが僅かに息が荒い。
「‥‥‥そういうことは、1人の時にしような?」
顔は良く見えないが、恨めしそうな表情をしているに違いない。
「‥‥‥‥‥これは、はやとがわるい」
「すまんかった‥‥‥どうかしていました」
その後は何も言わずに寝袋を開放し、綾乃を外に出す。
寒がりながらもトイレに向かい、暫くしてから仮眠室へ向かっていった。
寝袋には綾乃の熱と香りが残っている。
(俺も今日は眠れそうにないな‥‥‥)
自分がけしかけた事とはいえ、ここまで火傷するとは思わなかった。
今回の事を教訓として、綾乃には適度に触れ合おうと決めた。
◇
翌日。6日目。
事務所内で顔を合わせたが、お互いに少し寝不足だった。
「‥‥‥昨日のことは忘れないからな?」
仮眠室から出てきて早速抱きついてきた綾乃がそんな事を言っていた。
適当に相手をしつつ、準備を始める。
◇
砂原さんは昨日の電話の通り、朝から出掛けていた。
大学で残りの課題を進めるそうだ。それが終わり次第、美術館を巡ったり買い物をする予定らしい。
「こう言うのもなんだが、砂原さんの1日は色気がないよなあ」
「‥‥‥‥‥」
綾乃が黙り込む。
初めてまともに会話した時の事を思い出してしまったのだろう。
しかし、砂原さんに浮いた話しがないのは仕方が無いと思う。
(••••••何せ、対象が同性だからな)
整った顔立ちをしているのにもったいないと思う。育ちの良さが言葉や態度から隠しきれていないので、人気は高そうだが。
「••••••ま、人それぞれか」
今は目の前の事に集中しよう。
今日は綾乃と一緒に砂原さんの動向を探ることにした。
「怪しい人物はいるかい?」
「‥‥‥‥‥‥今の所は‥‥‥」
それとなく視線の先を伺う。
あの時見た男はいない‥‥‥いや
「••••••いた。服装は違うが、多分あれだ」
小声で綾乃に伝える。
以前見た会社員風の服装では無いが、写真に写っていた男に似ていた。
綾乃もそう感じたのだろう。
「あれで間違いないと思うよ」
「じゃあ、このまま尾行だな」
俺と綾乃は砂原さんの身辺に注意しつつ、男の後を追うことにした。
◇
夜。
砂原さんがマンションに帰る途中。
男は自然な風を装いながら、砂原さんの後を付けていた。
「この時間帯は人気がないな‥‥‥」
「そうみたいだね‥‥‥隼人。頼んだぞ」
「ああ‥‥‥」
俺も綾乃も嫌な予感がしていた。
だからこそ、俺は直ぐに駆けつけられる体勢を取る。綾乃は通報の準備も済んだようだ。
マンションに近づく。
男が動いた。
音を立てないように砂原さんに近づき、後ろから口を塞ぐ。
「‥‥‥?!‥‥んーっ!?うーっ?!」
砂原さんは抵抗出来ずに口を塞がれたまま、路地裏に連れ込まれた。
「隼人っ!!」
「おう!!」
綾乃の声を後ろに、既に俺は男に向かって駆け出していた。
「やめろっ!!」
「誰だっ?!」
路地裏で砂原さんを抑え込んでいた男が驚愕の表情を浮かべる。
まさか、こんなにも早く助けが入るとは思いもしなかったのだろう。
その隙を見逃さず、男の身体の身体に掴みかかる。
「クソッ!!」
男は砂原さんを放り、俺に向かって蹴りを入れる。
蹴りが当たらない距離を取りながら、砂原さんを見る。
(怪我はないか、良かった)
それを隙だと思ったのか。男は勢いよく拳を振るってきた。
砂原さんをその手から離さなければ、もっと大変だったのだが‥‥‥好都合だ。
男の拳を腕で受けつつ、空いた身体に一撃を入れる。
「ぐっ‥‥‥うあっ‥‥‥!?」
体勢が崩れた瞬間を見逃さず、空をさまよう男の手を押さえるとともに、襟元も同時に掴み、重心を崩して地面に叩きつける。
「があっ!!‥‥‥‥」
良い所に衝撃を受けたのであろう。男はそのまま抵抗せず、静かになっていた。
気絶したようだ。
「ふぅぅぅぅっ‥‥‥焦ったぜ‥‥砂原さん!大丈夫か?」
人相手に動いたのは高校生の時以来だ。
内心、心臓がバクバクしていたが砂原さんに心配はかけさせられない。
「‥‥‥は、はい••••••私は大丈夫です‥‥‥」
「本当に‥‥‥大丈夫ですか?」
砂原さんはぼんやりした表情でこちらを見ている。少し心配だ。
「隼人っ!怜さんは無事か?」
「ああ、砂原さんは無事だ。何ともない。男も押さえた」
綾乃が俺達の元へきた。
本当に焦っていたようで、思わず下の名前で呼んでしまっている。
「よし、じゃあ警察へ通報するぞ」
綾乃が警察へ電話をする。
「これで、ストーカーの心配は無くなりましたね」
「‥‥‥は、はいぃ‥‥‥」
安心させようとできる限りフレンドリーに声を掛けたつもりだが、砂原さんは口数が少ない。
‥‥‥ショックを受けていなければ良いが。
◇
治安が良い地域だけあって、警察は5分程度で現場へ来てくれた。
俺達は男を引き渡し、事情を説明。
事情聴取に時間がかかってしまったが、何とかその日の内に帰ることは出来た。
「‥‥‥一件落着か」
「まあ、そうだね」
砂原さんをマンションまで送っていった後、俺達も事務所へ帰る事にした。
ストーカーの男は会社へ向かう途中で何度も砂原さんを見かけていたそうだ。
そんな砂原さんを見ている内に、彼女に惹かれてしまったらしい。
本人はそんな気は微塵も無いが、中々罪づくりな人だと思う。
••••••それにしても先程から綾乃の機嫌が悪いように思える。
何かしてしまったか、と尋ねるが
「••••••知らないなら良いんだ」
と呆れるような、安心したような複雑な表情を浮かべていた。
事務所に帰ったあと、執拗に抱っこと撫でる要求をされた。
おかげで、暫くひっついたまま仕事をしなければならなくなってしまった。
‥‥‥何なんだろう?
◇
翌日。大学を休んでまで砂原さんが事務所に来てくれた。
昨日のお礼をしたいとのことであった。
依頼料もしっかりと受け取っているのに、それにも関わらず上品な箱を俺達に手渡してくれた。
中身はお菓子のようだが、俺はこんな高そうな箱に入ったお菓子は見たことが無い。
恐らく、一般家庭出身の俺には生涯見ることすら無かった代物だと思う。
「昨日は本当にありがとうございました!‥‥‥おかげでこれから安心して過ごすことができます」
「砂原さんに安心してもらえるだけで私達も嬉しいですよ」
「そうですよ。依頼料も頂いていますし。‥‥‥ここまでしてもらって、寧ろ恐縮です」
俺も思わず頭を下げてしまう。
「頭を上げて下さい。‥‥‥それと霧崎さん‥‥‥いえ、綾乃さん。私もこうお呼びしたいので、昨日のように怜、と呼んで頂けませんか?‥‥‥そちらの方が嬉しいです」
「えっ?いや、その、‥‥‥怜、さん?」
「はい、綾乃さん!‥‥‥今後も宜しくお願いします」
砂原さんが身を乗り出しながら綾乃の手を取る。
‥‥‥本当に嬉しいんだろう。
綾乃も満更ではない••••••いや滅茶苦茶嬉しそうだ。
その後、砂原さんはソファに座り直し、俺の方を見つめる。
(綾乃とは違う視線が‥‥‥?)
「‥‥‥実は新堂さんにも、別でお礼がしたくて」
砂原さんが恥ずかしそうにしながらそんな事を呟く。
「いえ、そんな••••••」
「••••••私がしたいんです」
「そう••••••ですか?」
はっきりと言われてしまった。
「綾乃さん••••••そこの脱衣場をお借りしても?」
小さな声で綾乃に許可をとっている。
「え、ええ、どうぞ‥‥‥」
お借りしますね、と脱衣場に向かってしまった。
「!‥‥‥••••••隼人。私も席を外す」
綾乃も仮眠室へ行ってしまった。
「なんだ?一体?」
疑問符を浮かべながら、待つこと10分。
綾乃と砂原さんがほぼ同時に戻ってきた。
「あ、あれ?••••••綾乃さん?」
「やはり、ね••••••」
「うぉおっ••••••」
目の前には薄水色のアオザイを着た砂原さんと、白色のアオザイを着た綾乃がいた。
「すな、はらさん?」
「えーっと、その、綾乃さんが着ていたのを見て、買っちゃいました••••••」
この間、綾乃が着ていた時に呟いていた事を決行したようだ。
(予想以上に••••••)
砂原さんは着痩せするタイプだったようだ。
薄水色のアオザイが悲鳴を上げている。
恥ずかしそうに動く度に、それが大きく動く。
「着る事が出来そうなのがこれしかなくて••••••」
「••••••」
「いつまでも見ているんじゃない」
「ぶっ••••••」
綾乃は俺の隣に座りながら、強制的に俺の視界を塞ぐ。
••••••慣れた感触だが、飽きはこない。
「帰ってきた、って感じが••••••」
「そんなところで喋るなっ!••••••怜さんが居るんだから」
「あ、いえ、お構いなく••••••えっと、綾乃さん?私も隣に••••••」
「え、怜さん?••••••良いですけど••••••って!?」
「••••••あっ、駄目でした?」
返答を聞いた砂原さんも、俺の隣に座る。
そして俺を挟んで綾乃の肩に手を伸ばし、綾乃ごと俺を抱きしめた。
「ちょっ!砂原さんっ!」
「れっ、怜さん!?」
「こうすれば、2人分、楽しめますぅ••••••」
後頭部が大きなものに包まれた。
何とは言わないが、ふわふわしてる。
綾乃と砂原さんにサンドイッチにされてしまった。
「••••••お礼にはならないかもしれませんが•••••こういうの、初めてなんですよ?」
砂原さんは顔を赤くしながら、俺にだけ聞こえるように呟く。
懐中時計の件や綾乃への行動を見るに、この子も行動力があるようだ。
「いや、その、ありがとうございます••••••?」
戸惑いながら、お礼を言ってしまった。
「怜さん?••••••もうそろそろ••••••」
「••••••しあわせー•••••••」
大好きな綾乃が目の前にいる事で幸せ気分なのか、綾乃の小さな抗議が耳に入っていないようだ。
結局綾乃が泣きそうな顔で『••••••怜さぁん••••••隼人をとらないでぇ••••••』と訴えるまで、幸せサンドイッチが続いた。
おわり?




