救出
霧矢は瞬間的に動いた。少年の言葉が耳に届いた瞬間、体はもうすでに動いていた。相手から間合いを取り、剣のカードを右手に握らせていた。ただ、まだ実体化はしていない。
「……何者だ。ただの子供じゃないな」
「別に、リーダーからあの廃工場、倉庫? まあどっちでもいいや。建物の様子を見てこいと言われただけだよ。そしたら、お兄さんが一人で出て行ったのが見えたから、こうやってついてきたわけ」
少年はコンテナにもたれかかりながら退屈そうな口調で答えた。今のところ敵意らしい敵意は感じられない。ポケットにカードを戻すと、かわりに魔力分類器を手に取った。
「僕に何か用事でも?」
霧矢は魔力分類器を通してその少年を見た。魔力は放出されていない。
「特に何も。ただ、お兄さんがあまりにも特徴的だったから、つい」
「……僕の魔力がケタ外れに大きいからか?」
「うん」
素直にうなずく少年に霧矢はため息をつくと、握った筒をポケットに戻した。
「随分と旧式の魔力分類器だね。取り回しが利かなくて使いづらくない?」
「……君は、魔族、契約主、どっちなんだ?」
「さあ、どっちでしょー」
「……まあ、いいか」
霧矢はため息をつくと、話を続けることにした。
「それで、中里は来ないといったが、君は中里の知り合いなのか?」
「時雨ねーちゃんの大切な人を人質に取るような悪党には話すことはない、と言いたいけど、どうも、お兄さんは悪人って顔じゃないね」
「そりゃどうもありがとう。ということは、君、いや、リーダーがいると言っていたから、君たちは、西村を助けに来たってことか?」
「さすが、お兄さん、頭がいい。話もよくわかる」
無邪気な笑みを浮かべると、少年はコンテナから一歩離れた。その瞬間、少年の持っていた雰囲気が変わるのを感じた。霧矢は少年から一歩離れた。
「君、契約主じゃなくて、魔族だな?」
「正解。どうしてわかったのかな?」
感心した顔で少年は霧矢を見たが、その目には戦意が浮かんでいた。
「僕が今まで出会った魔族は、年少でも相当に頭が良かった。君くらいの年齢だったら、人間ならこういう難解な話題にはついていけない。だから、君は多分魔族だと判断した」
風華もセイスもローティーンとは思えないほどに頭が良い。霜華や有島も年齢に不相応な頭脳を持っていた。魔族の遺伝子をもつ存在は思考力に長けるというのが、霧矢が今までの観察で得られた結論だった。
「お兄さんも、相当人を見てるね。さすが、裏社会で生きてるだけのことはある」
相手は勝手に霧矢のことを裏社会の人間だと思い込んでいる。しかも、西村誘拐の主犯格として排除すべき対象だと思い込んでいる。
「魔族は人間よりも精神的な成長が早い。魔族の少年少女が人間のやり方で知能指数を測ると、凄まじい数値をはじき出す。確か僕は、百六十くらいだったかな。まあ、でもそのうち頭打ちになって、二十代くらいで人間も魔族も同じくらいになるって話だけど」
「……君は相当な切れ者のようだ。子供だと思って侮ったら痛い目を見るだろうな」
霧矢はさらに一歩下がった。相手が魔族である以上、どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。いつ攻撃されても対応できるまで距離をとる必要があった。
「実際、痛い目に遭わせてきたよ。油断するから、かなりやりやすかった」
「…で、僕も痛い目に遭わせるつもりか?」
霧矢はポケットに手を突っ込んだ。指先には剣のカードがある。
「時雨ねーちゃんの頼みだからね。まあ、最優先は西村龍太って人を救出することだけど、危害を加えた奴は絶対に許すなって言ってたからね。落とし前はつけさせてもらうよ」
妙なところで時雨に人望があることに霧矢はやや戸惑いを覚えた。この少年やその仲間数名は時雨の頼みとあらば、わざわざこんなところまで出張ってくるとは。その一方で、西村に危害を加える存在を許さないという点では変わっていないと感じた。
「中里本人はここには来ていないんだな?」
「危険人物指定をくらったのに、のこのこ外に出てくる間抜けはいない……と言いたいけど、僕たちが必死で止めたよ。脅迫状を見た途端、隠れ家から飛び出そうとするのをね」
霧矢はつい笑ってしまった。少年は怪訝な表情を浮かべる。
「何がおかしいんだよ」
「いや、中里の奴、いい意味でも悪い意味でも変わっていないな。西村に危害が加えるようなことがあれば黙っちゃいない。学校を燃やした時から変わってないなと」
「お兄さん、時雨ねーちゃんのこと、随分詳しいな。ただ賞金が欲しいだけの人間ってわけでもなさそうだ」
「……まあ、知り合いだ。三条霧矢という人間を知っているかと彼女に聞けばいい」
「…それが、お兄さんの名前なのか?」
少年は物の真贋を確かめるような視線を霧矢に向けた。幼子とは思えないようなその貫禄に、霧矢は感心を抱かずにはいられなかった。
「僕は名乗った。君の名前を聞こうか。それとも……」
「松島海彦だ」
少年はぶっきらぼうに答えた。霧矢は微笑む。
「では、海彦君。君を見込んで伝えておきたいことがある。君は中里に信用されているようだしな」
「何だよ」
「中里が来ないのなら、もうこの場にいる意味はない。僕たちは西村を回収して引き揚げる。ちなみに、あの脅迫状は嘘だ。西村は僕たちの友人でもあるから、危害を加えるつもりなんて毛頭ないし、あの写真もやらせだ。だから、君たちもこの場は退いてくれ」
「何だって?」
彼にとって霧矢の発言は予想の斜め上のものだったに違いない。素っ頓狂な声を上げた。
「こうでもしなきゃ、危険人物指定を食らった人間が外に出てくるとも思えなかったからな。でも、失敗だったようだ。来たのは中里じゃなくて、西村救出チームだったか…」
独り言のように淡々と答える霧矢を、海彦は怒りを含んだ表情でにらみつけた。
「じゃあ、何で、あいつがあの場所にいるんだ!」
「あいつ? 誰のことだ?」
「とぼけるな!」
聞き返した霧矢に、海彦は怒号を放った。そして、次の言葉は霧矢に再び衝撃を与えた。
「決まっているだろう! アブソリュート・ゼロのことだ!」




