尋問
「ここまでくれば人気もないだろう。見られる心配はないし、絶叫をあげても大丈夫だ」
人気のない路地裏に車を止めると、塩沢は気絶した女を車から引っ張り出した。クリスも塩沢の後ろに車を止め、路地から簡単には逃げられないようにした。
「さて、尋問は君が一番得意とする分野だが…」
不本意そうな表情でクリスは塩沢と気絶した女を交互に見た。塩沢は車の後部座席からスーツケースを持ってくると、女の前で開けた。
「相も変わらず、君はとんでもないものを持ち歩いているな。ナイフ、ライター、ムチ、ペンチ、バール、針、硫酸、苛性ソーダ、スタンバトン…」
拷問道具のバーゲンセールを目の前にして、クリスは気持ちが悪くなってくるのを感じた。自分も裏社会の人間ではあるが、拷問をかけた経験はなかったからだ。
「さて、準備も一通り終わったところだ。始めるぞ」
普段と何の変わりもないような口調で塩沢はクリスに開幕の合図をした。クリスはため息をつくと、気を失った女の頬を軽く叩いた。
「う……」
うめき声をあげて、女はもぞもぞと動いた。そのまま、目を開けるとしばらくまばたきをしていた。そしてやっと目の焦点が合ってきたのか、塩沢とクリスを交互に見た。
「ぐ…手錠?」
かすれた声で自分の後ろ手が拘束されていることに気が付いた。女は外そうともがくがどうにかなるようなものでもなかった。
「今日一日中、マリーの替え玉になっていたようだな。ご苦労なことだ」
塩沢は拳銃を取り出すと、銃口を女の顔に向けた。
「な、何をするつもり!」
「……いくつか質問に答えてもらおう。答えないのであれば、お前は、今想像している通りの結末を迎えることになるだろう」
冷たい口調で塩沢はそう告げると、銃口を少し逸らし、そのまま引き金を引いた。
「ひっ!」
サプレッサー付きで銃声らしい銃声は響かなかったが、排出された空薬莢が地面を転がる金属音が響いた。同時に、女の耳たぶから血が滲みだしてきた。
「射撃の腕には自信がある。殺しはしないが、次は耳がまるごと吹き飛ぶと思え」
「あ、あ……」
女の顔が恐怖とパニックに変わった。が、塩沢は意に介さず続ける。
「単刀直入に聞く。マリー・ハーシェルはどこだ」
「……な、成田空港よ」
「本当か?」
声に温度があるとするならば、塩沢の声は氷点下だった。脇でただ眺めていたクリスでさえ、思わず一歩後ろに下がってしまった。
「ほ…本当よ……」
塩沢はしばらく女の目をにらみつけていた。女は恐怖のあまり冷や汗を浮かべていた。
「マリーの外出した時刻は?」
「し…知らないわよ。でも、私が出た後に、出たはず……」
塩沢はクリスに目くばせした。
「おい、監視カメラの録画データを調べて、マリーが出てきた時刻を洗え」
クリスはカバンから端末を取り出すと録画データを調べ始めた。数分の間、クリスは端末を操作し続けていたが、やがて顔を上げた。
「僕たちが追跡を開始してから、一時間ほど後に、マリーらしき人物が出てきた。でも、これも、彼女みたいな特殊メイクの変装かもしれない」
塩沢は再び視線を女に向けた。
「……あの川崎の建物にお前以外のマリーと背格好の似た女はいるのか?」
「い、いないわ……私だけよ」
「となると、もう、奴は成田に着いているな。乗る便は知っているか?」
「わからない」
塩沢は懐からナイフを取り出すと女の靴に突き立てた。
「嘘だな」
「し、知らないわよ」
女は焦りの表情を浮かべた。塩沢はさらにライターを取り出し、火をつけた。
「毛髪は、人体の中で最も火が燃え移りやすい部位だ。それくらいは知っているだろう」
塩沢は女の背後に回り込んだ。ライターの点火音が響いた。
「行き先はジャカルタ、今夜の便、で、でも、時刻までは知らない!」
「ふむ、ならばもうお前に用はないな。さらばだ」
路地裏に、薬莢が転がった。




