事故
「やっと追いついた。それにしても、結構いい車に乗っているものだな」
「車にはこだわりがあるみたいだからね。見かけにこだわる女だってことは知っていたよ」
ターゲットの乗った車は夕暮れの首都高速を走り続けていた。
「それにしても、この道筋からして、間違いなく行き先は羽田だぞ。人目が多すぎる」
「困ったねえ。空港のターミナルビルでやるなんて、目立つことこの上なしだ」
まるで他人事のようにクリスはぼやいた。塩沢は助手席でため息をついた。
「マリーはまだつけられているということは気付いていないはずだ。だが、彼女が空港に着いてしまったら、もうチャンスはないと思え」
「空港ビルでも、君の腕なら狙撃できるんじゃないのか?」
「無理だ。午後六時過ぎの羽田空港に何千人の利用者がいると思っている」
「じゃあ、いっそ、今のうちに交通事故を装って衝突するか。痛いだろうなあ」
「本気なら勝手にしろ。だが、助手席の方から衝突させるなよ。俺は死ぬにしても交通事故では死にたくないからな。ぶつける気なら運転席の側からぶつけてくれ」
クリスのブラックジョークに塩沢も同じように返した。クリスは渋滞する首都高速を器用に運転しているが、ハンドルを握る手は苛立ったように動いていた。
「参ったねえ。まさか、あんなに寄り道しといて、行き先が空港だったなんて」
「数時間も都内を乗り回した挙句、これだ。マリーも何がしたかったのか」
昼過ぎに尾行を開始したものの、ターゲットは都内の人ごみで買い物を繰り返していた。相手もさるもので少しも隙を見せなかった。結局、見失っては探し出し、見つけては見失うことの繰り返しだった。
「おい、インターを降りるみたいだぞ」
塩沢の指摘に、クリスは慌てて方向指示器を出した。ランプウェイをゆっくりと回り、二台の車は料金所を抜けた。
「まずいな。このままだと国際線ターミナルを目指していると考えて間違いない」
「空港で殺人事件なんて起こしたくはないし、起こされても困るねえ。何とかして、人気のないところで始末したいところだけど」
「だったら、お前も彼女を追って日本を出るか?」
「そんな用意してないよ。もともと、国内ですべてカタをつけるつもりだったし」
「じゃあ、何とかするしかないな」
ぶっきらぼうに答えた塩沢だったが、その表情は悔しさが浮かんでいた。クリスは覚悟を決めた。隣が何と言おうと知ったことではない。
「こうなっては仕方ない。ぶつけるか」
「何だって?」
呆れ顔で答えた塩沢にクリスは無言でアクセルを踏み込んだ。
「おい馬鹿! 本気か!」
珍しく慌てる塩沢だったが、クリスはアクセルを緩めなかった。車は徐々にターゲットの車に近づいていく。
「安心してくれ。軽くぶつけるだけだ。接触事故を装って、相手を車から降ろす」
「畜生、お前に運転なんか任せるんじゃなかった」
塩沢は悪態をついて途中で運転を交代した自身を責めたが、後の祭りだった。
「相手が降りた後はどうするんだ。警察でも呼ぶのか?」
「一瞬の油断をついて気絶させてくれ。マジックカードかスタンガンがいいだろう」
「気絶させる? 殺害じゃないのか?」
「人目がある。万一、誰かに殺害現場を見られたら、騒ぎになりかねない。相手を気絶させるくらいなら、二対一だしできるだろう」
車間距離は確実に近づいていく。衝突まで秒読みだ。
「相手の車はどうする」
「気絶させたマリーは元の車に戻す。さっきの毒をマリーに投与。そして、僕がマリーの車を運転して、遺体はいつも通りに処分する。君は、いつもの板金屋にこの車を運んで事故の痕跡を消してくれ。遺体を処分した後、あの車も追って処分する」
「別行動というわけか、好都合だな。いいだろう」
塩沢はダッシュボードからスタンガンを取り出すと、動作するかをチェックした。パチパチというスパークの音が車内に響いた。
「それじゃ、行くぞ。舌を噛むなよ」
二人は衝撃に備えて身構えた。
一年以上も放置していてすみませんでした。連載は再開しますが、掲載は不定期かつペースはかなり遅めになります。
読者の方々には多大なる迷惑をおかけしました。深くお詫び申し上げます。




