覚悟
「まだ出るには、早いのではないですか?」
「早く着くに越したことはない。それに、こっちが遅れてしまったらそれこそ最悪だ」
午後六時。片平家の玄関で五人と二人が向き合っていた。
「でも、夕食もまだお取りになっていないでしょうに」
「レイさんに軽食を用意していただきました。車の中でありがたくいただきます」
西村は礼儀正しく答えた。しかし、霧矢はため息をつくと、小声でつぶやいた。
「車の中でもどさなきゃいいがな」
「でしたら、レイ以外の使用人に送らせます。そもそも、私が会って間もないお客様にそのような失礼な真似をするとでもお思いですか?」
「僕には平気で失礼な真似をするくせに」
憤慨して霧矢は美香に背を向けた。美香は霧矢の背中に微笑みかける。
「それは、もうあなたは身内も同然ですから。父親の付き合いは昔からありますし」
霧矢はため息をついた。西村と晴代はくすくす笑いを漏らした。その横で、霜華は不愉快そうな表情で玄関のシャンデリアをにらみつけていた。
「私と晴代さんは留守番ですが、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
「ありがとう。特に私は気をつけなければ。この面子の中で一番非力なのは私なのだから」
文香は硬い口調で気遣いへの感謝の言葉を述べた。
「非力だって? 素手で火焔をつかむことができる人間が何を抜かすか」
「霧矢って、さっきから文句ばかり言ってる。不機嫌になるようなことでもあった?」
セイスの問いかけを霧矢は無視した。そのまま踵を返すと、玄関のロータリーに止まっているワゴン車に乗り込んだ。霧矢に続いて他のメンバーも乗り込む。
「それでは、くれぐれも、無理はなさらないでくださいね」
見送りに来た美香と晴代を流し目で一瞥すると、霧矢は車のシートに背中を投げ出した。全員が乗り込むと、運転席には初老の執事、川内が座った。
「場所はすでに地図で確認しておりますので、ご安心を」
カーナビに目的地をセットすると、車はそのまま滑るように走り出した。
街灯に照らされた薄暗い街並みを眺めながら、隣に座っている男に霧矢は話しかけた。
「西村、昼間下見に行ってきたが、決して安全とは言えない。僕は直接見なかったが、霜華が変な奴がうろついているのを見たそうだ」
「それで?」
「あの倉庫は、裏社会の連中が利用している場所だってことを忘れるなということだ。僕としては、クリスさんは塩沢よりは好感が持てるが、彼もまた裏側の人間だしな…」
西村とは顔を合わせずに霧矢はつぶやくようにして答えた。西村はしばらく黙り込むと、ポケットに手を突っ込んで中を探っていた。
「セイスから、カードを渡されている。応戦くらいはできる、かな……」
いつもらしくない自信のない声を発した西村に、霧矢は意表を突かれ、彼の顔をまじまじと見つめた。霧矢に見つめられ、西村の表情はさらに曇る。
「おい、自信を持て。お前のいつもの自信はどこに行ったんだ?」
「自信なんてどうやったら持てるって言うんだ。あれだけの現実を見せつけられたんだからな。ただ、自信はないが、希望はまだ捨ててないぜ。捨ててないんだ」
低い声で答えると、西村は霧矢から顔を背けた。霧矢も外の景色に視線を移した。
「会って何を話すかは、決めてきたのか?」
「……いや、何も。何も決めてないんだ」
「中里の顔を見て、込み上げてくる感情のままに話をする。そんな感じか?」
「そう思ってもらっても結構だぜ」
ぶっきらぼうに答えた西村は、自分の足下を見つめて続ける。
「とにかく、会いたい。それだけだ。理由なんて特にないんだ。そんなものだぜ」
「そうかい。だったら、僕はもう何も言わないさ」
赤信号で車が止まる。交差点を家に帰る人が渡っていく。
「でも、覚悟はあるんだろう。それなら、それだけで十分だ。覚悟がある限り、僕はお前にいくらでも付き合ってやるから、安心しろ」
「お前こそ、気持ちが悪いぞ。何でそんなに協力的なんだ」
度肝を抜かれたような口調で西村は答えた。霧矢は笑みを浮かべると西村の顔を見た。
「それだけの反応ができるなら十分だ。お前はやれるぞ」
呆気にとられて、西村は霧矢の顔を間抜けな顔で眺めていた。霧矢は西村の肩を叩いた。
「ちょっと、からかってみただけだ。でも、気をしっかりと持っておけ」
信号が青になり、再び車は走り出した。それに合わせて、西村は声をあげて笑い出した。
「そうかよ。いつも通りのお前だったな、この野郎!」
西村は半分憤慨した表情を浮かべると、霧矢の肩を殴りつけた。
「いって!」
「無理するなよ。傷はまだ治りきっていないんだから。殴られた僕よりも、殴ったお前の方が痛がっていたら、それこそ世話ないぜ」
痛がる西村に、霧矢だけでなくセイスや霜華までもが笑った。西村はバツの悪そうな表情を浮かべると、そのまま黙り込んでしまった。
レイから渡された軽食のサンドイッチの包みを破り取ると、西村は乱暴に食べ始めた。そんな彼の様子を、セイスは心配そうに眺めていた。




