喫茶
「うーん、高級な茶葉。いいものを使ってるね。たぶんこれはオレンジペコかな?」
「わかりますか? 晴代さんも、さすがは喫茶店の娘さんといったところです」
バルコニーで広い庭を眺めながら、美香と晴代はアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「こいつはろくでもない女だが、味覚だけはしっかりしたものを持っているからな」
「あら、お早いお帰りですわね」
猫被りの口調で美香は霧矢を出迎えた。霧矢は無言で椅子に腰を下ろすと、乱暴にティーポットを取り上げ、ティーカップに紅茶を注いだ。
「あ、茶漉しをかけないと。この紅茶、本格的な入れ方だから」
晴代の忠告を無視したため、霧矢のティーカップは滓だらけになっていた。
「ところで、霜華さんはどうなされたのですか?」
「お前と一緒にティータイムと洒落こむくらいなら、セイスと雑談していた方がいいらしい。レイさんにセイスの部屋へ案内してもらった」
「完全に嫌われちゃってるね。霜華ちゃんは、好きな人と嫌いな人で、その人への接し方が極端に違うタイプだから……」
「僕からしてみたら、何で霜華がお前を嫌わないのか不思議なくらいなんだが」
晴代をにらみつけて、霧矢はつぶやいた。晴代は抗議するような表情を浮かべて、茶菓子にフォークを乱暴に突き刺した。
その様子を見て、美香は意味深な笑みを浮かべた。
「あなたが戻ってくるまでに、いろいろと聞きましたわ。お二人は幼馴染だそうで。昔から、いろいろと面白いことがあったようですね」
美香の発言に、霧矢はむせてしまい口に含んでいた紅茶を危うく吹き出しそうになった。
「き、貴様! 美香にいったい何を吹き込んだ!」
「あたしは聞かれたことを答えただけだよ。霧矢の性格とか、普段の暮らしとか。おじさんとかおばさんの話題とかでも結構盛り上がったかな」
「それで? 他に何を聞かれたんだ?」
「霜華ちゃんとの馴れ初めとか」
霧矢はティーカップをソーサーに叩きつけるように置くと、晴代をにらみつけた。
「お前は一度、その減らず口を縫い合わされたいようだな。さすがに医療用の縫合セットは簡単には手に入らないが、服の縫い針くらいなら、すぐ手に入るぞ」
「女の子にそんな脅迫をするなんて、霧矢はドメスティックバイオレンス予備軍?」
晴代は口を尖らせて言い返してきたが、霧矢は彼女の言葉にしめたと感じた。
「美香、僕はドメスティックバイオレンス予備軍だそうだ。十年以上も付き合いのある幼馴染がそう言っているんだから間違いない。そんな男とくっついたら未来はないぞ」
「あら、それは大変。でも、彼女からあなたのお話を聞く限り、その矛先が私に向くとは到底思えませんわ。あなたは根では優しい人だと思いますが?」
霧矢は何も言い返せず、そこで黙りこんでしまった。晴代はニヤニヤ顔を浮かべて、霧矢の目を見つめた。
「まあ、私以外の女の子を殴れるほど、霧矢は度胸があるわけじゃないしね」
「晴代さんは殴られたことがあるのですか?」
「まあね。でも、別にケガをするほど強く殴ったりはしないけど」
「お前だって、時々僕の首を締め上げたり、鳩尾に正拳を打ちこんだりするだろうが」
霧矢の返した言葉を受けて、美香は少し不思議な笑みを浮かべた。
「それほど、お二人は仲がよろしいのですね。少しうらやましく感じます。私も、時には殴り合うことができるほど親密になれたらどれだけ嬉しいことか」
とんでもないことを口にした美香に、霧矢は一瞬度肝を抜かれてしまった。そして、再び我に返るまでに、数秒の時間を要した。
「おいおい、お嬢様が暴力を振るう、振るわれるなんて聞いたら、片平社長が泣くぞ。それに、僕と晴代の関係は腐れ縁みたいなものだ。僕とお前の関係がそうなってしまったら、お前の望む関係とはまた別の何かになってしまうぞ」
「それは困ります。でも、あなたは、私が望む関係が何か知っているということですね」
霧矢は顔をしかめて美香から視線を逸らした。そして、晴代が楽しそうに割って入る。
「そのためには、霜華ちゃんに勝たないとね。そこは、お嬢様の腕の見せ所だよ!」
「このポンコツ女ときたら、本当に他人の色恋沙汰にしか興味がないのか?」
霧矢は吐き捨てるように言い放つと、そのまま席を立った。
「あら、どこに行かれるのですか?」
「少し疲れたから仮眠を取らせてもらう。夕食時まで体を休める。いざという時は、僕が動かなきゃならないからな。奴のボディーガードとして」
ポケットの中の剣のカードの重さを感じながら、霧矢は自分の部屋に向かった。
原稿ストックが尽きてしまったため、しばらく休載させていただきます。再開は、十月下旬から十一月にかけてとなる見込みです。誠に申し訳ございませんが、ご了承ください。




