撤退
適当な場所に停車し、塩沢はガラス越しに、廃工場の入り口を眺めた。
「で、人の出入りの記録はどうなってる?」
クリスは手元のノートパソコンを操作して、監視カメラの映像にアクセスした。
「君が手紙を届けてから、三十分ほど後に、二人ほどが外に出てきたけど、それ以外の人間が出入りした形跡はないよ」
「その二人組の特徴は?」
塩沢の問いに、クリスは監視カメラの映像をズームアップさせた。
「見たところ、少年二人組だね。片方は中学生くらいで、もう片方は高学年の小学生かな。両方とも男の子だ。服装は両方とも目立たない地味な格好をしている」
クリスは塩沢にディスプレイを向けると、カメラに映った二人の姿を見せた。
「……ここの連中は、こんな小さな子供まで使っていたのか」
「使える人間なら使う。それが教団の連中だってことは、君もよく知っているはずだろう。カメラ越しの映像じゃ、この二人が、魔族や契約主かまではわからないけどね」
「確かに、セイス・ヒューストンとか、ユリア・アイゼンベルグとか、年端もいかない子供を使っているという点では、例を挙げたらきりがないが……」
「昔は僕らだってそうだっただろう。この子たちほど幼くはなかったけど、高校生の時点で、実戦に投入されていたじゃないか」
思い出話をするような口調で、クリスはつぶやいた。塩沢はため息をついた。
「それは、水葉が俺達を無理矢理引っ張りまわしていただけだろう。相川さんは基本的に、内勤以外の仕事はさせなかった。本当の緊急事態を除いてな」
「…その本物の緊急事態が、僕と君が組んで失敗した事件だろう。例のガス事件さ」
クリスの返答に塩沢は黙り込んでしまう。クリスは首を振ると、ノートパソコンのディスプレイに視線を戻した。キーボードを操作しながら、話を続ける。
「子供を使うっていうのは、戦いでなければ、怪しまれない方法の一つだ。口が軽いのは少し問題だが、周囲からの警戒心は薄らぐ。偵察や情報収集には向いているよ」
「お前……」
「やるわけないだろ。僕がそんなことするとでも思っているのか」
憤慨した口調でクリスは返事をした。塩沢は少し安心したように息を吐くと、シートに背中を預けた。
「最近、裏社会の十代の人口がどんどん増えているような気がするんだが……」
「まあね。中里時雨にしても、十六歳で第一級危険人物なんて記録更新ものだろうね」
「十六歳か、俺も、そんな歳だったな……この業界に足を踏み入れたのは……」
しみじみした口調で塩沢はつぶやいた。クリスは自嘲的な笑みを浮かべた。
「僕は物心ついた時には裏社会にいたけどね。ネイティブクリミナルとでも言えばいいのかな、イミグラントの君とは違うんだよ」
クリスは自嘲的につぶやくと、ノートパソコンを閉じた。ケースから薬物のアンプルの入った瓶を取り出すと、中身をチェックし始める。
「毒で殺るつもりか?」
「そうだね。昨日は銃を使おうとして失敗したし、銃殺や斬殺は好みじゃない。万が一、目撃されてしまったら厄介だ。かといって、交通事故を装って轢殺するのも避けたい」
「交通警察が駆けつけてくるからな。内野に揉み消してもらうのも面倒だ」
「珍しく意見が合うな。でも、それは後者だけだろう。君にとって銃や刃物は恋人みたいなものだし、君が今まで銃で事件を解決してきたこともよく知っているよ」
クリスはアンプルのラベルを確認すると、上着のポケットに入れた。
「どんな毒だ。あまり強力すぎると、周囲を危険に巻き込むことにもなるぞ」
「そんなに強力なものじゃない。皮下注射か、気化ガスの吸入で効果を発揮するが、吸入の場合、アンプルを直接噛み砕くくらいじゃないと死なない。ここで漏れてそれを吸ったとしても、気分が悪くなるくらいで済むはずだ」
クリスは説明を終えると、道を歩いている買い物帰りの主婦に視線を向けた。
「じゃあ、その毒をどうやってターゲットに投与するんだ?」
塩沢の問いにクリスは答えに詰まってしまう。塩沢は呆れ顔を浮かべた。
「だから、お前はいつまでたっても、マリーを消せないんだ。綺麗な手段にこだわるあまり、対象を消すという一番大切な目的を忘れている」
「……どうせ、僕は暗殺者としては三流ですよ。普段やっている仕事と言えば、情報収集と交渉、それと人材の紹介くらいですしね。扱っている情報が裏社会のものも含まれていることを除けば、別に表社会の何の変哲もない探偵と変わりはないですよ」
いじけたように口を尖らせるクリスに塩沢はため息をついた。
「じゃあ、本職の俺がやってもいいな。三流の暗殺者よりは腕がいいはずだ」
「はいはい。一流の『葬儀屋』ならきっと一発でしょうよ。でも、彼女が出てきても、ここですぐにやるのは無理だと思う。ここは人目がある。いくらサプレッサー付きの君の愛用銃でも、実際にこんなところで殺っちゃったら、大騒ぎになると思うけどね」
「仮に人に見つからなかったとしても、飛び散った血痕の処理もある。当然だな。だから、追跡して、人目のないところで仕留める。その後は、死体を車に積んで痕跡も隠滅する。そのための道具は後ろに積んである。最後に、証拠写真を撮って危険人物の管理局に送り付けて、死体の処理はいつもの連中に依頼する。これで行こう」
シンプルながら、押さえるべきところをきちんと押さえた塩沢の見事な作戦に、クリスは舌を巻いた。
「そんなことよりも、お前はパソコンを閉じるな。人の出入りを見逃したらどうする」
塩沢の指摘にクリスは慌ててパソコンを開けると、スリープモードから復帰させた。
「……ビンゴ、東側の車庫からマリーが車で出てきた。今すぐ追えば、間に合う」
「危ないな。また、お前と組んで失敗するところだった」
塩沢はエンジンをかけると、大急ぎで車を発進させた。




