配達
「ひとまず終わったよ。入っても大丈夫だ」
デジタルカメラを持ったクリスが、廊下に立っていた霧矢と美香に声をかけた。中に入ると、塩沢がSDカードをプリンターに挿入していた。
「まったく、信じられない。何てことをするのかなあ……」
呆れた様子でセイスは西村の拘束を解いていた。西村は気を失ったままで、顔は傷だらけで殴られた箇所は腫れ上がっていた。それでも、西村龍太本人であるということはわかるレベルの変形に留まっていた。
「霧矢、カード」
「ほらよ」
プリンターの駆動音が事務所に響く中、霧矢はカードをセイスに投げ渡した。セイスは器用にキャッチすると、西村の顔にカードをかざした。
「印刷が終わった。君たちも写真を見てみるか?」
「結構だ。血に染まった友人の顔を進んで見たいと思うほど、僕の趣味は荒んでない!」
声を荒げて霧矢は塩沢の申し出を拒絶した。その一方で、美香は写真をのぞきこんだ。
「傷だらけの龍太さんに、拳銃を向けている写真……これなら……」
美香は一人でぶつぶつ言っているが、霧矢は何も聞こえないふりをした。視線をセイスの方へ移すと、西村の傷は癒え、普段の顔に戻っていた。
「うう……」
セイスが西村の頬を軽く平手で叩くと、うめき声をあげてまぶたを開いた。しばらく西村はまばたきしていたが、やがて、はっと自分の状態に気付き、鏡を見た。
「あれ、俺の顔、別に何にも変わってない…?」
「どうなったのか知りたければ、写真を見せてもらえ」
西村はそのまま椅子から立ちあがった。そのまま平然とした様子で事務所の中を歩き、写真を見ている美香を、横から覗き込んだ。
「うわあ……派手にやってくれたな、おい……」
げんなりした顔で、西村は派手に傷つけられた自分の顔の記録を眺めた。その一方で、彼の契約魔族は意外そうな表情を浮かべていた。
「ねえ、龍太。どうして、杖なしでそんなスムーズに歩けるのさ」
セイスの指摘に反応したのは、西村ではなくクリスだった。彼の表情には、しまったという焦りの色が浮かんでいた。
「龍太君。すぐに座って休んでくれ。今の君は痛みを感じていない。だから、どんな無理な動きでもできてしまう。そうなると、傷が開くことがある」
「…そういえば、歩いても痛みがないな……」
西村は慎重な動きでソファーに戻ると、ゆっくりと腰を下ろした。セイスも彼を支える。
「痛みというのは、体が発する危険信号でもあるからね。痛みを感じなければ、どんな無理でもできるかもしれないけど、無理を続ければ、体は動かなくなってしまう」
クリスは諭すような口調で話しながら、机の引き出しから封筒を取り出し、印刷した写真をその中に入れた。
「さて、いつ、どこに呼び出すかな? 龍太君」
「…早い方がいいです。場所と言われても、俺は、東京をよく知らないし……」
「だったら、僕にお任せってことでいいね?」
「よろしくお願いします」
クリスはワープロで手紙の内容を入力し、それを印刷した。
「…本日、午後八時、鶴見の廃工場にて待つ。西村龍太の解放を望むなら、中里時雨一人で来ること。余計なことをすれば、人質の命はない」
セイスは印刷された紙を読み上げた。その後、問題点はないか、何度も黙読していた。
「……まあ、これでいいか……」
クリスは手紙を封筒に入れ、糊付けを済ませた。
「で、その手紙どうするんだ。今日の午後八時なら、郵便局じゃ間に合わないのでは?」
「問題ない。塩沢に届けてもらう」
クリスは封筒を塩沢に突きつけた。塩沢はしばらく手紙とクリスを交互ににらむつけていたが、観念したのか、渋々封筒を受け取った。
「…確かにこの手紙は預かった。では、俺はここで失礼する」
「こいつに配達させたら、連中に喧嘩を売って抗争を引き起こしそうな気がするんだが」
霧矢は不信の目で塩沢を見た。クリスは薄笑いを浮かべた。
「だってさ。君って、信頼されてないんだねえ……」
「何とでも言え。だが、安心しろ。極力、連中との接触は避けるが、必ず受け取らせる」
きっぱりとした口調で言い切ると、塩沢は封筒を持ってクリスの事務所から出て行った。残されたクリスは窓から下の道路を眺め、塩沢が車に乗り込んで走り去るのを見届けると、大きくため息をついて、デスクの椅子に腰を下ろした。
「…鶴見の工場の場所の地図を渡しておくから、八時にそこに行ってくれ。僕はマリーを追う仕事があるから、君たちには付き合えないけれど、会えるといいね」
「クリスさん。あなたは、本当に、マリーを消す気なんですか?」
丁寧な口調で話しかけた霧矢に、クリスは少し驚いた様子を見せた。
「まあ、ね。君は本当に殺しを嫌っているみたいだから、気に食わないのかい?」
全員の視線が霧矢に注目した。霧矢は壁に寄りかかって天井を眺めた。
「気に食わないと言えばその通り。でも、殺さずに済ませるとしたら、中里を生け捕りにしてどこか裏社会の元締めのところに引き渡すしかない。だけど、そうなったら、中里はどこかの施設に一生軟禁されてしまうのでしょう?」
「そうだね。危険人物の身柄が確保された場合、基本的には幽閉される。ごくたまに、危険性が低いと判断された場合、どこか信頼のおける裏組織にお預けということはあるけれど、彼女の場合、その確率はゼロといっていい。危険すぎるからね。さらに、捕縛の際、彼女が抵抗するようなら、殺害もやむを得ないだろう」
「だったら、僕はもう何も言いません。僕も、どうしたらよいのかわからないから」
霧矢は薄暗い表情を浮かべると、残っていたお茶を口に含んだ。含んだお茶を飲み下し、顔を上げると、正面にはセイスの顔があった。
「…そう言えば、何か、僕と話したいことがあると言ってなかったか?」




