発想
「逆転の発想ですわ。こちらから会いに行くのが難しいのならば、むこうの方から会いに来ていただけばよいのです」
美香は猫被りのお嬢様口調で得意そうに語った。その表情は自信にあふれている。
「お前……今までの話、聞いてたのか? それができれば苦労しないだろうが!」
事情も知らないくせにやたらと首を突っ込みたがる美香に、霧矢は憤慨して声を荒げた。
「今から、具体的な方法についてお話しします。それなりに名案だという自信もあります。却下するのは、私の話を聞いてからでも遅くはないはずですわ」
「いや、遅いね。お前が関わるとろくなことにならないからな」
にべもなく霧矢は冷たく返したが、クリスが間に割って入った。
「話してくれ。もしかしたら、君は僕らよりも冴えているかもしれないからね」
クリスは優しげな口調で美香に話を促した。誰の意見でも聞こうとするその態度に、霧矢は彼が本当に裏社会の人間なのだろうかと疑いそうにもなった。
「まず、『中里時雨は龍太さんを大事に思っている』この命題は真ですか?」
西村は首を縦に振った。霧矢もセイスもその通りだと答えた。美香はその答えを受けて、よしよしといった風にうなずくと、さらに続けた。
「では、龍太さんを使って、彼女を呼び出せばよいのです」
美香は説明を続けようとしたが、そこで塩沢が話に割って入った。
「まさか、君は、西村龍太名義で彼女を呼び出す手紙を書けばよい、とでも言うのか?」
「ええ、彼女がどこにいるのかはわかっているのですから。手紙を届けるだけならば、危険に身をさらすことはありませんし」
しかし、塩沢は首を横に振った。クリスも同様の反応を示した。
「向こうには罠だと思われるね。手紙なんて誰でも書ける。西村龍太の名を騙っておびきだそうとしている、と。普通に偽手紙として握りつぶされて終わりになるだろう」
「そうですか……困りましたね……」
美香は手をあごに当て、しばらく考えこんでいた。しかし、ここで彼女の考えが途切れてしまうことはなかった。何かを閃いたかのように手をポンと叩いた。
「もし、龍太さんの命が危機に陥ったら、彼女は助けに来ると思いますか?」
「…まあ、多分。こいつの仇を潰すために、学校を焼き払う女だしな……」
霧矢の答えに、西村はうつむいてしまう。美香は満足そうな笑みを浮かべるとソファーから立ち上がった。
「クリスさん。ちょっと、この部屋にあるものをお借りしますね。皆さん、私の指示通りに動いてもらえますか?」
そう言うと、美香はクリスの机の上にあったロープを取り上げた。そして、西村に対して壁際の椅子に座るように指示した。
「霧矢さん。確か、外傷程度ならすぐに治せるカードを持っていましたよね?」
「こいつのことか? 打撲とか裂傷くらいなら痕も残らず治せるが、人体内部の損傷とか、あまりにも大きな傷には効き目は薄いぞ」
霧矢はポケットから回復のマジックカードを取り出すと、美香の前でひらひらさせた。
「問題ありません。軽度の損傷ですから」
そう言うと、美香はいきなりロープで西村を縛り上げはじめた。全員が呆気にとられる中、美香はロープで完全に西村の体と椅子を固定してしまった。
「あ、あの……何が、したいんですか?」
「本当にごめんなさい。痛いでしょうが耐えてください。後でカードできちんと治します」
平然ととんでもないことを口にした美香に、セイスは抗議しようとしたが、塩沢がそれを制した。彼の顔には納得と興味津々という二つの色が浮かんでいた。
「なるほど。確かに、この方法なら効果的かもしれんな」
「ちょっと、ちょっと、何を……イテッ!」
次の瞬間、美香は剃刀で西村の頬に傷をつけた。
「大丈夫です。新品の剃刀ですから、ウィルス血液感染の心配はありません」
「おい、美香! いったい何をしてる! それよりもまず趣旨を説明しろ!」
西村の頬を滲んだ血が垂れる中、霧矢は美香の理解不能な行動に声を荒げた。美香が説明する前に、先に塩沢が口を開いた。
「龍太君が痛めつけられている写真を撮って送ろうとしている。そして、彼を無事に解放してほしければ、指定された場所まで来いと……そういう手紙を送るというやり方だ」
霧矢とセイスはわけのわからないまま、この異常な光景を見ているほかなかった。美香は、いくつか傷をつけると、今度は握り拳で頬を殴りつけた。
「グエッ! ちょっと、やめろ! それは洒落にならない!」
剃刀での切り傷は鋭い刃物なので痛みはあまり感じないが、殴られた場合の痛みは鈍い分強く感じる。さらに、切り傷のできた箇所にも容赦なく拳が打ち込まれるので、痛みはさらに強いものとなる。傷が開き、さらに血が流れ出していく。
「ちょっと待ってくれ。僕ならば、もう少しスマートなやり方ができる」
さすがに見ていられないと思ったのか、クリスが美香を押しのけた。美香に小言を言うのかと思いきや、クリスは西村の喉を指で突いた。
「グハァッ…ゲホッ……ゲホッ……」
西村は激しく咳き込むが、数秒経つと、平然とした顔つきになった。
「あれ……痛みが、まるで感じない……」
美香に殴られた箇所は腫れ、剃刀でつけられた切り傷からは血が滲んでいるが、西村はまるで痛みを感じなかった。
「僕は魔族のクォーターなんだ。派手に発火させたり風を起こしたりはできないが、直接触れた相手の神経の感度を操作できる。今は、彼の痛覚神経の感度を大幅に低下させた」
「それなりに便利だ。拷問の時に相手の痛覚感度を限界まで過敏にさせることで……」
塩沢は残酷な笑みを浮かべると、クリスを一瞥した。クリスは不愉快そうな表情を浮かべると、塩沢から視線を逸らせた。
「だが、万能ではない。連続で使用すれば、段々と効かなくなっていく。効果時間もあまり長くはない。今君に掛けたのは、持続時間一時間ほどの軽い術だ」
不思議に思う表情を浮かべている西村に、クリスは背を向けた。そのまま、椅子の前から離れると、後は死なない程度にご自由に、とだけ答えた。
「いくら、痛みは感じないといっても、良心が咎めます。塩沢さん、お願いできますか?」
「だったら、最初からそんなことやるなよ」
呆れる霧矢を無視して、塩沢は了解した。腕まくりをして西村の前に立つ。
「安心するといい。痛みを感じないのだから。それと、プロの拷問がどんなやり方か、知るいい機会だ。裏社会に関わりたいと思うのなら、刮目しておけ」
「おい、君は知っていると思うが、僕の術はあくまで痛みを麻痺させるだけであって、傷のダメージには影響しないんだぞ。手加減しないと、後遺症が残る。それに、あくまで写真を送るんだから、顔が腫れあがって、誰なのかわからなくなるのも困る」
クリスは慌てて塩沢に忠告する。塩沢は百も承知とばかりにうなずくと、西村の椅子を鏡の方へ向けた。頬に血の滲んだ顔が、鏡面に映し出される。
「拷問の時は、対象者が自分の状態をはっきりと認識できるようにするとベターだ」
「聞きたくもない。おい、美香。終わるまで外で待つぞ。セイスもだ。出よう」
いくら西村が痛みを感じていないからと言って、年端もいかない女の子に見せられるものではないということは、霧矢ははっきりと理解していた。何よりも、自分自身が見たいとも思わなかった。精神衛生上よろしくないことははっきりとわかる。
「と、言うことらしい。だから、君の出番はないよ。残念だったね」
クリスは乱暴に塩沢を押しのけた。その表情は呆れと不満を含んでいる。
「必要もないのに拷問をするのは時間と労力の無駄だ。今はただ、彼が痛めつけられているように見せかければいいだけだ。本当は特殊メイクがあればそれでいいけれど、ここにはないから、こうやって痛みを消したんだ。君は引っ込んでろ。僕がやる」
クリスはそう言うと、手刀を振り上げると、そのまま西村の首の後ろ側に勢いよく叩き込んだ。きれいに決まり、鈍い音も響かなかった。
「ぐふっ……」
そのまま、西村は気を失い、顔がだらりと下を向いた。
「さてと。まあ、傷をつけていきますか……ダメージができるだけ少ないやり方で……」
霧矢は美香の腕をつかむと、無理やり部屋の外へ連れ出した。




